第2-20話 天使
「待ったか?」
中庭をぼんやりと眺めていると、お茶がぬるくなったあたりでステラさんが部屋の中に入ってきた。
「いえ、そうでも……」
いつもかぶっていたフードを外したステラさんの顔をまじまじとみる。かなり若い。20代前半か、それとも10代後半と言ったところだろう。俺と少ししか変わらないと思う。
「外をちょっと見て来た」
「……どうなってましたか?」
「ユウと名乗った“
「そう、ですか」
ぬるいお茶を喉の奥に流し込んで、俺はそっと湯飲みを机の上に置いた。
「しばらく、ここに居させてもらえますか?」
「そりゃあ、別に構わないが……。俺たちは今日の夜、午前0時になったらここを出るぞ?」
「はい。大丈夫です。午後……。日が沈むころに出ようと思っています」
「ああ。それが良い。しばらくはゆっくりしていけ」
「ありがとうございます」
俺が一礼すると、ステラさんはそっと笑った。
「あの、ステラさん」
「ん?」
「ここって魔術工房なんですよね?」
「そうだ。魔法の研究をするための秘密基地だな」
「なんで、こんな和風な建物なんですか? 趣味ですか??」
「お前、魔法を学んだことは?」
俺の問いかけにステラさんの顔が引き締まる。魔法を学んだこと、という質問には首を縦に振りたいが、自分の魔法の特性すら分かっていない状況で魔法を学んだと言えるのだろうか。
「……かじったことは、あります」
だから、そう言うしかない。正確には学んでいる途中だったのだから。
「そうか。なら、工房のことは何も知らないのか」
「はい……」
「工房ってのはな、ソイツの
「と、トラウマを?」
俺だったら家……いや、学校だろうか? 多分、そのどっちかになるだろう。
「どうしてトラウマなんかを?」
「詳しいことは俺にも分からん。俺も別に魔法の研究者ってわけじゃないしな」
「そ、そうなんですね。ということはここってステラさんにとってのトラウマの場所ってことですか」
「……ああ。実家だよ」
ぽつり、とステラさんがそう言った。実家、ということはこの人も家族に嫌な思い出があるのだろうか。こういうのはあまり触れないほうが良いのだろう。俺は黙り込んだ。
ステラさんも黙り込む。沈黙が2人の間に降り立った。
……気まずいなぁ…………。
嫌な沈黙、というやつだ。かといって俺から何かを切り出せるほど、俺はコミュニケーションに特化してる人間じゃ無いしなぁ……。
「なぁ、お前さ。もう脚は良いのか?」
「は、はい。大丈夫です」
その沈黙は向こうも嫌がったのか、話しかけてきてくれた。【
「あの、ステラさん」
「ん?」
「銃弾、手で止めてたじゃないですか」
「ああ、そうだな」
ユウに襲われた時、確かにあそこはアイの【無効化】範囲内だった。だというのにも関わらず、ステラはあの場所で銃弾を素手で止めた。なら、あれはスキルの効果でも魔法の効果でも何でもなく、ステラさんの身体能力ということになる。
「あれ、どうやってやったんですか?」
「知りたいか?」
「……はい」
「悪いけどあれを教えるには1日、2日とかじゃあ無理だ。血反吐を吐く様な特訓を何年も何年も積み重ねて、ようやく使える『秘技』なんだよ」
「そ、そうですよね……。あんな技が数時間で使えるようにはなりませんよね」
だとしたら俺はどう立ち回るべきなのだろうか。【
なら、俺はどうやって“
「なあ、ユツキ」
「はい?」
熟考している時に、ふとステラさんが話しかけてきた。
「お前の天使は、何をくれた?」
「…………?」
上手く言葉が聞きとれなかった。
「……何の話ですか?」
「お前
「救いの、天使?」
ちらり、と俺の肩に乗っかっている天使ちゃんを見る。眠いのか大きな欠伸をしていた。自分の話をされているというのにまったくの無関心である。そこが天使ちゃんの可愛いところではあるのだが。
「運命という言葉を信じるかどうかは別として、そういうものがあるとしたらな。中にはいるんだよ。生まれた時から幸福であることが許されない奴らが。
ステラさんの言葉が嫌に俺の心にしみる。
「そんな奴らの元に現れるのが『天使』だ。運命を捻じ曲げる可能性の塊。お前の肩に乗ってる、ソイツだよ」
「……見えるん、ですか」
それにステラさんは頷いた。そういえばここまで案内してくれたタルタロスちゃんも俺の天使ちゃんが見えていた。
……一体この人たちは何なんだ…………?
「見える。お前は、見えないのか」
そう言って、ステラさんは自分の後ろを指さした。だが、そこには高そうな掛け軸が掛かっているだけ。何も無い。誰も、いない。
「……ステラさんの、ですか?」
「そうだ。お前には、見えないか」
「……はい」
「…………そうか。なら、仕方がない」
ステラさんは変わらない表情で息を吐いた。
……これは、ただのコミュニケーションなのだろうか? それとも、ステラさんに何かの意思があってこんなことを聞いてきているのだろうか。
「まあ、お前が“稀人”たちを殺そうというなら、何かをもらったんだろう? 天使から」
「はい。もらいました」
「そいつを、上手く使えよ。俺には俺の、お前にはお前の戦い方があるんだ」
「俺の、戦い方」
「隠れるってのも戦い方の1つだし、真正面から打ち合うのも戦い方だ。だが、1つに頼っているとそれを封じられた時に、手の打ちようがなくなる。そうだろ?」
俺はその言葉に黙って頷いた。下手なことを言うべきではないと思った。
「だから、ここを出るまで少し考えとくと良い。お前の戦い方を」
「…………」
黙り込む。
嫌にししおどしの音が大きく響いた。
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