第2-19話 工房

「ステラ……さん? どうして、ここに」

「お前が見えたから」


 ユウは標的を変えたのか、ステラさんに向かって銃口を合わせた。そして、ひどく落ち着いて引き金を引いた。狙撃銃から弾丸が放たれるよりも、わずかに先にステラがその両手を目の前に突き出す。


 何をするのだろうか。その疑問の中で、ステラの両手が輝いた。不自然に生まれた光は、魔法の光。ステラさんはその光を手にもって、バットのように振り回して弾丸を弾く。後に残ったのは、槍を握ったステラだけ。


「……【創造魔法】…………!?」


 あれは、俺の能力じゃないのか。どうして、ステラさんが持っているんだ。


「【創造魔法】? そこまで便利なもんじゃねえよ。こいつは」


 俺の呟きが聞こえたのか、ステラさんがそう言った。

 それはまるで【創造魔法】を知っているかのような口ぶり。


「じゃ、じゃあその武器は」

「武器を創ったんだよ。“稀人まれびと”とやり合うなら武器くらいいるだろうさ」

「それは、【創造魔法】じゃなくて……?」

「しつこいやつだな。違うっつってんだろ」


 どうやら違うらしい。


 護衛たちは、突然武器を生み出したステラさんを警戒して近づいて来ない。ユウも射撃に意味がないと悟ったのか、武器をしまい込んだ。そして、ユウの両手が光で輝く。次の瞬間、そこに握られていたのはロケットランチャー。


「おいおい。あんなもんまで作れんのかよ」


 半笑いを浮かべたまま、ステラさんはそう呟いた。そして、ユウはステラさんに向かってロケット弾を発射。だが、それにステラさんは指を向けると下にくいっと下げる。刹那、ロケット弾の向きが不自然に変化すると地面に激突。爆発が起きる。


 その瞬間、ステラさんが俺を抱えると全力で逃げ出した。


「ちょっ、何すか!?」

「逃げるぞ。今のお前じゃあアイツらには勝てない。違うか」

「それは……。そうですけど…………」

「お前の本領は闇夜に乗じた暗殺にあるはずだ。バレた以上、そいつは期待できない」

「なんで、それを……」

「身のこなしが、な。昔に暗殺者アサシンとやり会ったことがあって、その動きとお前の動きがいやに似ていた」

「動き方で、分かる物……なんですか」

「分かる。とにかくいったんここは引くぞ。俺のアジトに来い」

「アジト?」

「魔術工房だ。元の世界に戻る研究やってるところだよ」

「わ、分かりました」

「お前が何のためにアイツらを狙ってるのか俺は知らないし、興味もない」


 ステラさんの足が地面を蹴る。


「ただ、お前には飯の礼があるからよ。命くらいは助けたいんだ」


 そういって降り立ったのは路地裏。


「自分で立てるか?」

「……はい」

「来い。こっちだ」


 路地裏の奥のほうにあるゴミ溜め。そこの壁に描かれた子供のいたずらのような赤い線にステラさんが触れると、その体が中に入っていく。


「着いてこい」


 そういって、一人で先に行ってしまった。


 行きましょう――。


 困った表情を浮かべていると、天使ちゃんがそう後押ししてくれた。別にこの人が信頼できるとか、そういうものがあるわけじゃない。ただ、暗殺に失敗して、俺はこの街の敵になった。だが、俺は逃げられない。


 俺に道は残されていないのだ。


 行くか。


 俺は赤い線に手を触れる。その先に空間があることがわかった。そのまま俺は部屋の中に入る。中はそれなりの大きさの玄関だった。嫌に和風な玄関だ。俺は靴を脱いで中に入ると知った声と知らない声が話をしていた。


「客だ」

「客ぅ!? ちょっと、急になにやってるんですか! 術の決行は今夜なんですよ!! 女ですか!? また女なんですか!!?」

「ちげーよ。男だよ。しかも『また』って何だよ」

「男? ついにそっちに目を覚ましたんですか?」

「ぶっ殺すぞ。俺は疲れたから悪いけど茶を入れてやってくれ」

「それは別に良いですけど……」


 話している感じを聞くと、どうやらステラさんのほかにもう1人いるようだ。女……いや、子供の声か。ということはステラさんには子供がいるのか。いや、妹の可能性もあるな。


「あなたがお客さんですか!?」


 ぬ、と和風な廊下の奥から顔出したのは不思議な少女。この世界でも見たことが無い、紫の髪と紫の目をした少女だった。


「……君は?」

「タルタロスって言います! どうぞ、お見知りおきを」


 ぺこり、と一礼。


「タルタルソース?」

「面白くないボケしないでください。今のはハ……ステラさんより面白くなかったですよ」


 ……さらっと心をえぐられた。

 毒舌だ。毒舌少女だ…………。


「タルタルスちゃんは、ここで何を?」

「色々あって、ステラさんの助手やってます。まあ、色々あって。色々」


 どうやらわけありみたいだ。


「こちらにどうぞ」

「君はこっちの世界の人なの?」


 ふと気になったことを聞いた。日本、というか向こうの世界で紫の髪の人間なんて見たことが無かったのでそう聞いたのだ。だが、その言葉にタルタロスちゃんは首を振った。


「うーん。それは説明の難しい話ですね」

「難しい?」

「まあ、特殊なんですよ。あなたの天使と一緒です」

「……ッ!」


 心臓を握りしめられたような恐怖を覚えた。


 ……この子には見えているのか? 天使ちゃんが??


「……見えるのか。天使ちゃんが」

「はい。それにしても、よくそんなものと一緒にいますね! びっくりですよ!! あなたは一応、人間ですよね!? 怖くは無いんですか??」

「怖い?」

「あ、ここで待っててください」


 話を続けようとしたのだが、とある和室に通されると、俺を放置してタルタロスちゃんはどこかに行ってしまった。話しぶりからして、どうやらお茶を入れに言ってくれたのだろう。それにしても立派な和室だ。


 畳も綺麗だし、なんか高そうな水墨画も飾ってある。部屋からは中庭……らしきものが見えた。久しぶりにみる日本庭園に、懐かしさを覚えて少しだけ泣いてしまいそうになる。


 だが、あっちの世界に戻りたいとは思えなかった。


「日本茶は飲めますよね?」


 突然、襖が開かれてタルタロスちゃんが現れた。


「ああ、はい。大丈夫……」


 考えてみればこうして誰かの家に招き入れられるというのは、もう十年も前の幼馴染以来じゃないのか。幼馴染が事故で亡くなってからは、彼女のお母さんが俺に対して辛く当たってくるようになって来て、行くことはなくなったが。


「しばらくすれば、ステラさんが戻ってくると思います! それまで、しばらく待っててください!」

「あ、ども……」


 そう言ってお茶を残して、どこかに行ってしまった。


 俺は和室に1人、取り残されたまま出されたお茶を手に取った。


「……何やってんだろ、俺」


 かぽん、とししおどしの音が響いた。

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