第2-18話 合流

 左胸に俺の放ったナイフが深く突き刺さる。間違いなく心臓を捉えた。ここでこいつは死ぬ。……そのはずだ。


 だがなんだこのは。


 人の肉を刃物で狙った時の感触は忘れようとしても忘れられるようなものじゃない。だが、俺の手に返ってたのは違う。まるでゴム毬でも弾いているのではないかと思うような独特の反発感。


「ユツキさん。私は言ったはずです」


 心臓を貫かれているというのに平然と喋るアイ。……なんだこいつは。


「私が天使から与えられたのは【無効化】。それはあなたのも【無効化】するのです」

「……ッ!」


 そんな馬鹿な話があってたまるか。


 俺の頭の中で誰かが叫んだ。


 どこかに弱点があるはずだ。


 再びそいつが叫ぶ。それは、現実を認めたくない俺。都合の良い結果を見たい俺。だが、俺の冷静な脳みそが優しく教えてくれる。弱点などあるはずがないと。“稀人まれびと”である俺たちに与えられたスキルにはそんなものありはしないのだと。


 ……殺せない。俺では、まだ…………ッ!


「ナノハが殺された時、私たちはあなたの存在を少しだけ考えました。この世界で“稀人まれびと”に手を出そうとする人はいません。“稀人まれびと”を殺そうとするのは同じ“稀人まれびと”だけ。だから、必然的にあなたのことを考えました」

「……そうかい」


 俺はアイの心臓からナイフを引き抜く。


 ぼん、と凹んだボールが戻るようにアイの身体が元に戻る。そこから血は、落ちない。滴らない。


「ですが、私たちの推測が正しければあなたは“最果て”に落ちたはず。スキルも持たない身で、人の世界に戻って来れないだろうと高をくくっていました」

「…………ああ」


 俺だってスキルが無ければあそこから脱出することなど出来なかったと思う。ゴブリンに襲われたあの場所で【隠密】スキルを手にしなければ、殺されていただろうから。


 だが、幸か不幸かそうはならなかった。俺はスキルを手にして、復讐者となった。


「けれど、あなたは成し遂げた。その高い精神力は敬意を表します」

「お前なんかに表されるものなんてねえよ」


 俺は地面を蹴る。無駄だ、と分かっている。だがどこかに穴があるんじゃないかと思ってしまう。俺の刃がアイの身体を削る。だが、それは全て彼女のスキルによって【無効化】される。


「そこで、私は考えたんです」

「…………」

「あなたはきっとここに来る。だから、2人で殺してしまおうと」

「………………っ」


 !?


 馬鹿な。俺はここまで情報を漏らさないように気を付けていたはずだ。ネットも新聞もないこの世界では、情報が拡散されるのはひどく遅い。そんな中でナノハの死が伝わったのはこの1週間以内だろう。


 しかも犯人すら分かっていない状況で、こいつらは読んでいた。俺がここに来ることを。俺が、殺しにくることを。


手に入れた2つ目の命。つまらない相手ですり減らすのは、もったいないでしょう?」

「……ッ!」


 引いて、ユツキ――。


 でも、天使ちゃん!!


 無駄よ。ここで時間を食う方が危険だわ――。


 天使ちゃんの正論は俺の胸の中に刺さる。確かにその通りだ。だが、こうして対象を目の前にして逃げ出すというのは……ッ!


「悪い。遅くなったな」


 教会の礼拝場所、そこに声が割り込んできた。


「ユウッ!」

「んあ? もうやってんのか」


 しまった。ここで2人に合流されてしまった。


「ねえ、ユツキさん。あなたの身体が治るそれ、スキルですよね?」

「だから、なんだッ」


 チャキ、と金属音が俺の後ろから響く。ちらりと視線を向けると、そこには黒い銃を構えたユウがいて。


 ……マズいッ!


 俺は反射的に身体を捻った。それは、狩人としての習性。射線に晒す身体の面積を、出来るだけ減らそうとした本能的な行為。


 だが、ユウはそれを見切っていた。ぱぁん、と空気の破裂する音と共に俺の腕に鈍い痛みが走った。


「……っ」


 穿たれた肉から血がぼたぼたと落ちる。腕が痛い。手にもっているナイフを取り落としてしまいそうになる。


 ……あの銃は、【創造魔法】で作ったものだ。俺の、能力で作られたものだ。


「かえせ、よ」

「あん?」

「それは、俺の物だッ!!」

「うるせえよ」


 ユウが俺を撃つ。避けれない。避けれるはずがない。銃弾なのだ。人の反射神経ではどうしようもないものだ。


 俺の腹に銃弾が一発入る。俺の体勢が崩れる。痛い。熱い。苦しい。


 だが、時間が経てばこれも治る。そう、思っていたはずなのに何も起きない。身体が、治らない。


 ……やられた。


 アイの能力は【無効化】。スキルの効果や魔法の効果を【】するっ! だから、俺の【理を外れた者アウター】のスキルも無効化されてしまったのだ。


 ……なんてことだ。


「さて、王手チェックだ。ユツキ。ここで、死ね」

「……詰んでねえんだよ」

「あん?」

「詰んでねえっつってんだ!」


 俺は残る死力を尽くして、地面を蹴る。ユウの銃弾が俺の肩を削った。俺の鼻腔の底で血のような鉄の匂いとともに、痛みが無くなっていく。アドレナリンだろう。


 俺はそのまま廊下に飛び込むと、一目散に逃げ出した。


 2人は同時に相手出来ない。特にあの【無効化】。あれはひどく厄介だ。


「……チクショウ。やられた」


 大丈夫――?


 珍しく天使ちゃんがとても不安そうな顔をして、俺をみる。だから、俺は気丈に笑う。


 ……大丈夫だ。大丈夫。


 あいつらを殺すまで、俺は倒れない。俺は廊下から外に出る。その瞬間、俺の体内にあった銃弾が肉に弾き飛ばされると怪我が治り始めた。だが、治りがおそい。まだ、【無効化】スキルの範囲内にいるのだろうか。


 範囲が広すぎるだろうが。


「……くそ。作戦を立て直さねえと」


 悪態をついた俺の視線に入ってきたのは、俺の行く手を阻む4人の警備たち。


「投降しろ」


 全員、武器を構えて俺を見ている。俺は“稀人まれびと”2人を殺そうとした大罪人。捕まってしまえばどんな言い訳も通用しないだろう。


「……これはまずったな」


 俺は周囲を見る。この会場のどこかに使える物が無いかと見渡して……あった。会場の外観をつくるためにうえられた木。その枝が使える。俺は警備たちにじりじりと距離を詰められながらその枝に手を伸ばすと、体重をかけてへし折った。


 それと同時に枝にまたがると飛行魔法を発動。


 重力から身体が切り離されると、俺の身体が空に舞う。


「……捕まってたまるかよ」


 タァン!! そう言葉を漏らした瞬間、俺の心臓を銃弾が貫いた。


「…………くそ、が!」


 真後ろにはユウ。その手には狙撃銃が握られていた。木の枝は細い。箒のように安定性があるものじゃない。だから、俺の身体は木の枝から落ちる様にして地面に吸い寄せられる。


 どん! と地面に叩きつけられて、わずかにバウンド。歯が欠けて、肋骨が折れる。だが、それもすぐに治っていく。だが、後ろから警備員たちが追いかけてくる。


「逃げ、ないと」


 俺が立ち上がった瞬間、ユウが狙撃銃で俺の足を撃った。右足が爆ぜて、バランスが取れずに転げる。


「…………ふざけんな」


 俺が後ろを振り向く。ユウの顔に張り付いていたのは笑み。絶対的強者の、笑い。


「……ふざけるなッ!」


 その能力は俺のものだ。どうして自分もののように扱える。どうして、奪っておいて正当化できる。ふざけている。余りにも全てがふざけている。


 幾ら身体が治るからと言って、足を撃たれたら歩けない。警備員に捕まる。


 どうする。どうすれば良い。どうすれば……ッ!


 ユウの狙撃銃が俺の頭を狙っているのが分かった。だから何だというのだ。分かったところで何が出来るというのか。


「ふざけるなぁああああああああっ!!!」


 ぱあん、と空気の破裂する音がした。だが、弾丸は俺に向かって飛んでこなかった。その代わりに、1人の男が俺と弾丸の間に身体を割り込ませてきたからだ。


「あっち……。やっぱ銃弾は手で持つものじゃねえな」


 その人はと同じように、飄々とした態度で手にもっていたライフル弾を捨てた。まるでそれが普段通りだというように、フードをかぶり顔は見えない。


「よお、ユツキ。久しぶりだな」

「……ステラ、さん」


 それはかつて魔術国家マギアロンドから落ちて、無傷だった“稀人まれびと”。


 ステラと名乗った男がそこにいた。

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