第2-17話 殺意
脳の中が沸騰しそうなくらいに熱い。わなわなと震える手が今にもナイフを掴もうとしている。だが、それをバレないように必死に抑える。
アイ。
覚えたぞ、お前の名前は……ッ!!
「アイ、さんですか。まるで“
「はい! 私は“
……知っている。
という俺の心のうちなど露ほども知らないのだろう。アイは喜々として自分の出身地を喋ってくれた。
「アイさんは、“聖女”と呼ばれていますが『奇跡』でも使えるのですか?」
「奇跡……。そうですね。そう呼ぶのは少しおこがましいのですけど、私は2つの術を使えます。1つは、これ」
ぽう、とアイの手元に光が集まる。そして、その光は次第に形を変えると1振りの剣となった。
「この通り、願った物を形に出来るのです」
「…………ッ!!」
それは、
「そして、2つ目は【無効化】」
「……【無効化】ですか?」
乾ききった喉の奥から、絞り出すようにして尋ねた。せっかく喋ってくれているのだ。情報は聞きだせるだけ聞きだしておいた方が良い。
「はい! 私の半径30m以内に入ったスキルや魔法は【無効化】されるんです。ええっと説明が難しいですね。あの、ステラさん。魔法を使えますか?」
「まあ、使えますけど」
そう言って俺は簡単な光源魔法を発動。豆電球のような小さな光が部屋の中で煌めいた。
「ではそれを消しますね」
そっとアイが微笑んで――光が、消えた。
「……なるほど」
俺の『暗殺術』がコイツに効かなかったのはそういうことか。どいつもこいつも無茶苦茶なスキルを持ちやがって……。
でも、ここでなら殺せるわ――。
天使ちゃんがそっと俺の耳元でささやく。そうだ。その通りだ。アイの持っているスキルは2つとも攻撃に特化したスキルじゃない。殺せる。ここで。ユウの介入がある前にッ!
「アイさんはどこでその能力を身に付けたんですか?」
俺は半分笑いながら、歩いてアイに近づく。彼我の距離は5m。敵意の無い笑顔を顔に貼り付ける。上手く出来ている保証はない。こんな状況で普通に笑える方がどうかしている。
だが、やらなければいけない。
ここだけは、譲れない。
「身に付けた、というのは間違っているんです」
「?」
歩いて近づく。まだだ。まだ、遠い。
彼我の距離は3m。
人は想定していないことが起きた時、脳の処理が追い付かなくなる。そんなことは今までの体験で幾度となく体感してきた。だから、ここで俺が急に殺せばお前は対処できないだろう。“聖女”アイッ!!
「この能力は人から
「そうですか」
ひどく無機質な返事。俺の顔から表情がすり抜けていく。ああ、笑顔を保とうとしたのに。これじゃあ駄目だ。怒りで顔が作れない。
だから、その代わりの無表情。
彼我の距離は1m。
幾度となく身体を動かしてきた。幾度となく脳内で繰り返してきた。この瞬間を、このタイミングを。
だから、俺はミスらない。
「シッ!」
腰から抜き放ったナイフが俺の右手に収まると同時に、凄まじい速度でアイに迫る。心臓を一突き。間違いない。ミスるはずもない。絶対にここで殺すッ!
ガキン!!
だが響いたのはアイの柔らかい身体にナイフが刺さる音ではない。俺のナイフが
最初は理解出来なかった。俺とアイの間に入ってきた両手剣の存在が。
まさに想定していなかったこと。一瞬、俺の脳がフリーズする。次の瞬間、両手剣はふわりと浮かび上がるとアイの周りを人工衛星のように飛び始めた。
「……それはッ!」
「ステラ、さん? 急にどうされたんですか……?」
目に明らかな怯えを揺蕩わせて、アイが俺を見る。
「その、剣は……なんだ」
見た目は【創造魔法】の説明の時にアイが召喚した剣だ。だが、あれは普通の剣だった……と思う。
「……機剣エクス、の模造品です。持ち主の周りを浮遊し自動で持ち主を、守ります」
【創造魔法】はそんなものまで作れるのか……ッ!
よく考えてみれば、元々俺のものとは言え持っている期間で言えば
「人から奪った物で使うスキルは、楽しいか。アイ」
もう、殺意は隠せない。
だから、突きつける。こいつに。俺の恨みと、怒りを。
「……ステラさん。それを……どこで…………っ!?」
喋っている途中でアイの眼がどんどん見開かれていく。気が付いたか。俺のことに。
「あなたはッ!」
「ここで死ね」
俺は地面を蹴ってアイに飛び込んだ。そこに剣が飛んでくる。俺はそれに左腕を喰い込ませると、骨で食い止める。ガッ!! と目の奥がスパークするような痛みと共に機剣エクスの模造品が俺の左腕……を切り裂いて肩に半分食い込む。
だが、止まらない。
ここで殺す。自分にそう誓ったのだ。
「はァッ!!!」
俺のナイフがアイの胸に刺さる……だが、届かない。同時に真後ろに飛んだアイの身体に深く刺さらなかった。
「……怒っている、のですか。
「ああ」
「何を、怒っているのですか」
「はぁ?」
アイの左胸からこぼれた血が白い服を赤く染めていく。まだ致命傷じゃない。こいつは動く。
「あなたのスキルを奪ったことは謝罪しましょう」
アイの顔には笑顔が張り付いていたまま。
「ですが、結果的に見てそれは良かったことじゃないですか?」
「……何を言いたい」
「あなたが持っていたところで、そのスキルは多くの人のために使われていたでしょうか?」
「…………?」
「我々は英雄に恋い焦がれた者。あなたが
それは、確かにそうだろう。
「それで?」
だが、それの何が俺に関係あるのだ。
「そういえば許されるとでも?」
俺は肩に刺さっていた剣を引き抜く。血がぼたぼたと
「多くの人のためにスキルを使えば、俺からスキルを奪ったことは許されるとでも。そう言いたいのか?」
「怒りのために大局を見誤ってはいけないのです」
「……ああ。俺はお前が羨ましいよ」
足が地面を踏み抜く。
「そこまで、自分が正義だと信じられるお前が羨ましい」
アイの懐に飛び込む。
「俺はそこまで、馬鹿にはなれない」
そして、ナイフでアイの心臓を穿った。
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