第2-15話 ”稀人”たち

「ユツキ、これを」

「これは?」


 夕方、放課後。俺はに降りて仲間たちと酒場で合流していた。その時、ユノから手渡されたのは1枚の紙片。この世界で紙とは珍しい。そんなことを考えながら受け取った。


「会場の見取り図よ。私の手書き」

「会場? 会見のか」

「そう」

「もう場所が割れてるのか」

「公開するんですって。だから、もう場所は分かってる」

「なるほど」


 俺はそれを見ながら、頭の中でシミュレーションする。

 ユウの動き、その導線を。


「ここは?」

「控室だってさ。“聖女”に会うまで、そこでユウは過ごすらしいよ」

「じゃあ、そこだな」

「うん。そう言うと思った」

「俺はスキルを使って、ユウにバレないように隠れ続けながら控室に入る。そして、殺す。後はそのままこの街を逃げよう。次は、王都だ」

「王都ね。分かったわ」


 メルの屋敷で聞いたのだ。王都に“稀人まれびと”がいると。それが俺の探している“稀人まれびと”かどうか分からないが、ナノハと会いたがっているというあの言葉から推測するに、4人の仲間だろう。


「今回は俺1人でやる。みんなは街外れで待っててくれ」

「1人で……。良いの……?」


 ステラが身体をゆらしながら俺に問う。だから俺はそれに頷いて。


「勿論だ。相手は“神の眼”。どこまでか分からないけど、俺のスキルなら、まず他の連中には見えない。だから、俺1人だ」

「ユツキがそこまで決めてるなら……」

「決行は3日後。その日、俺たちの学校は休みだ」

「学校? あんた学校行ってんの?」

「あれ? 言ってなかったっけ」

「初耳よ」

「その学校もそのまま抜ける。探すな、みたいなこと書いて残しておけば良いだろ」

「良いのかなぁ……」


 ユノは顔を曇らせたままである。ヘーキヘーキ。大丈夫だって。


「学校でどんなことを勉強してるの?」


 突然、メルが話を思いっきり変えた。


「どした? 気になるか?」

「うん。私、魔術師ギルドに行かせてもらえなかったから」


 あー……。そういえばそんな話もあったな。


「今は、自分の得意魔法を探す途中かな。なんか俺の魔法が特殊……というか珍しい魔法みたいで前例がないっぽいんだよね」

「え、凄いじゃない」

「まあ、珍しいって聞けばそう思うのかもしれないけど俺の魔法が何か分かってないわけだからなぁ……。これで俺の得意魔法が物を1cmだけ浮かせる魔法とかだと凄くもなんともないだろ?」

「まあ、確かに……」


 自分が特別だと思わなくなったのはいつからだろうか。

 自分が凄くないと思い始めたのはいつからだろうか。


 気が付けば、俺は俺に対する評価を厳しくするようになった。


「ごめん、ちょっと良いかな」


 外から入ってきた声に、俺はとっさに紙片を隠す。後ろを振り返ると、そこに居たのは金髪碧眼のイケメン。頭以外をすっぽりと甲冑で覆い、大きな盾と俺1人分くらいありそうな巨大な剣。


「……誰だ?」

「あの、君さ。にいたよね」

「…………?」


 まったくもって誰かが分からない。こんなイケメンに知り合いはいないし、あそこと言わずに具体的な名前を出せと思わないでもない。


 “転生の間”――。


 天使ちゃんが耳元でそっとささやいた。その瞬間、俺の頭の中で点と点がつながった。


「お前は……ッ!」


 すっかり顔を忘れていた。あの時、【創造魔法】を手に入れた俺がみんなの食べたい物を聞いた時にバウムクーヘンと答えた青年じゃないか。


「良かった。覚えててくれたんだね。僕の勘違いかと思ったよ」

「ユツキ、知り合い?」

「あ、ああ。まあ、そんなところだ」


 知り合い、というにはあまりに短い期間しか一緒に居なかったが。


「どう? ちょっと話でも」

「あぁ……」


 こいつには個人的な恨みはない。転移間際のあの状況で4人相手に静止できるとは思わないし、そもそもコイツと俺は生前まったく繋がりがない。あそこで見ず知らずの人間を助けようと思う奴はいないはずだ。


「僕の名前は秋月ヨウ。ヨウって呼んでくれ」

「ヨウ、ね。日本人の名前なんだな」

「ああ。僕はハーフなんだ」

「俺は二宮ユツキ。よろしく」


 しかしこいつ背ェ高いな。180cmくらいあるんじゃないか?


「すまなかった」


 そんなことを俺が考えていると、急にヨウが頭を下げた。


「おいおい。急にどうした」

「あの時、僕は襲われている君を見て何も出来なかった。本当にごめん」

「いや、別に良いって……」

「【創造魔法】は……使えないまま?」

「ああ。そうだな」


 だが、一応希望はある。ナノハの“魔核”。

 アレにヒントがあるんじゃないかと思って残しているのだ。


「じゃあ、君は何のギフトも持たずにここまで?」

「ギフト?」

「天使からもらったスキルのことを僕はそう呼んでるんだ」

「あー。そういうことね。そうだよ。俺は天使さんから貰ったスキルを持ってない」

「そうだったんだね。ごめん。見殺しにして」

「良いって。気にしてない」


 どうでも良い。


【創造魔法】はどれだけねだっても、今は無いのだ。

 今の俺がやりたいことは、ただ1つ。


 俺からスキルを奪った残りの3人を殺すことだ。


「それで、ヨウはどうしてここに?」

「帝国から依頼を受けたんだ」

「帝国? 帝国に出たのか」

「うん。聞いた話だと、“稀人まれびと”は貰ったスキルの強弱でどこに出るのかが決まるらしい。僕のスキルはだんだん強くなるタイプだったから、人のいるところに出たんだよ」

「へー。そんな理由だったんだ」

「ユツキはスキルが無かったから街に出たの?」

「いや、俺が出たのは最果てだった」

「さ、最果て!?」

「バカ! 声がデカい!!」


 往来を歩いている人たちからの視線が俺たちに集まる。


「ご、ごめん。最果てってモンスターの世界だって聞いてたからさ」

「まあ、モンスターの世界だよ。それで何も間違えてない」

「それで、相談なんけど」

「相談? 俺に?」

「うん。“稀人殺し”って知らない?」


 どくん、と心臓が脈打った。


「いや、知らねえ。なんかあったのか?」


 だが、知らぬ存ぜぬで通す。

 というか、通すしかない。


「帝国の依頼が“稀人まれびと殺し”を捕まえてこいっていう依頼なんだ」

「うん? “稀人まれびと”なのに、“稀人まれびと殺し”を追ってのるのか?」

「“稀人まれびと”を殺せるくらいの力を持った者なら、普通の人だと危ないからってさ」

「大変だな」

「うん。そうなんだ」

「気を付けろよ」

「ありがとう」


 話はこれで終わりだろう。俺は酒場に戻る。


「ああ、そうだ。ヨウ。なんのギフトを貰ったんだ?」

「僕? 僕のは【ガチャ】っていうやつだよ。武器とかスキルとか防具が1日に3回までランダムで手に入るんだ」

「良いスキルだな。

「当たりが出れば、それでも良いんだけどね」


 それだけのやり取り。


 俺たちはそれぞれ別方向に足を進めだす。


 大丈夫なの――?


 ……やるしかない。やるしかないんだ。

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