第2-10話 魔法色

 産まれてこの方、一度として学校というものに良い思い出がない。思い出がないが、目標がいるのであれば通うべきだろう。だが、相手は【鑑定】スキルを持っている。どこまでを“鑑定”するのかは分からない。だが、“神の眼”という2つ名を持っているのであればそれ相応の物を警戒しておくべきだろうな。


 そんなことを考えながら自室で登校の支度をしていた。


「準備は出来ましたか? ユツキさん」


 シェリーがそっと俺の部屋の前で聞いて来る。


「ああ。大丈夫だよ」


 制服、というものはないがとにかく黒いローブを羽織って大きな帽子をかぶっておくことが大事らしい。何故かと聞いたらそれが魔法使いとしての正装だからと返ってきた。


 それなら仕方がない。俺が魔法使いなんぞになれるとは思わないが、魔法使いの世界に足を踏み入れたのだ。郷に入っては郷に従えと言うではないか。


「おおー! カッコいいですよ!! かっこいいです。ユツキさん!!」

「そうか……? ちょっと恥ずかしいよ……」

「何言ってるんですか! もっと自信を持ってください」

「そう、かな」


 やっぱり、褒められるということになれない。どこまでも、自分への評価を信頼できない。やっぱりこれは屈折した自虐史観があるからだろうか。


「さ。行きましょう。初日にはテストですよ」

「テスト? え、俺聞いて無いんだけど」


 日本むこうに居た時の成績は上でも下でもない。真ん中の真ん中だった。特にこれといって得意科目があるわけでもなく、逆に不得意科目があるというわけもない。文句のつけようもないほどに普通の人間だったが、向こうでの知識がこっちで役に立つとは到底思えない。


「あ、テストって言っても別に試験じゃないですよ。どういう魔法系統が得意なのかっていうテストです」

「え? そんなテストがあんの?」


 俺たちは箒にのって移動しながら、シェリーから説明を受ける。


 大丈夫かなぁ。虐められないかなぁ……。学校…………。


 行く前から嫌な気持ちになってしまっては仕方がない。こうして弱気になるから虐められるんだ……。頑張れ俺……。頑張れ……。


「ちょ、ユツキさん? 顔色悪いですけど大丈夫ですか? 学校休みます?」

「いや、そういうわけにも……」


 流石に登校初日から学校を休むというのは心象が悪い。


「テストの話を続けてくれないか?」

「はい。ユツキさんがそう言うなら……」


 シェリーは心配そうにこちらを見ながら、学園の話を続けた。


「テスト、と言ってもユツキさんがすることはほとんどありません。自分の中に眠る資質……というか、魔力のを見るんです」

「向き?」

「得意不得意ですよ。人間も生き物ですから、全てに特化した才能……というのを持っている人がいることにはいますが、ほとんどいません。普通は何かが得意で、何かが不得意というのです。それが、何なのか。人生において魔法とは切っても切れないものですから、無駄なものを伸ばすこと無く適切なものを最短距離で伸ばせるようにテストをするんです」

「なるほど……」


 適正を見てくれるわけだ。素晴らしいものがあるものである。


「それって自分の限界とかも知れるのか?」

「うーん、限界というか伸びやすい物と伸びにくいものを判断してくれるので……。別に限界が分かるわけじゃ……」


 シェリーは絞りだすようにそう言った。


「シェリーは何が向いてたんだ?」

「わ、私ですか? 私はライムグリーン……。あ、えっと攻撃レッド支援グリーンの中間色……。なんですけど、完全に中間だと黄色じゃないですか。でもライムグリーンって支援グリーン寄りじゃないですか。だから、8割支援・2割攻撃の魔法使いです」

「ちょ、ちょい待って。なんで色の話になったの?」

「あ、そうですよね。そこからですよね……」


 シェリーは俺の方を向いてさらに続けた。


 ……前向いて飛ばないと危ないぞ。


「魔法の適正は色で表せるんです。例えば、攻撃魔法はレッド。赤ですね。支援魔法はグリーンブルーは精神に関する魔法です。人の得意魔法というのはそう言うのが複雑に絡み合っているので、色で表すのが一番簡単で一番やりやすいんですよ」

「な、聞いていい?」


 赤、青、緑。美術でならった色の三原色だ。RGBというやつである。


「はい。私に答えられることであれば何でも聞いてください」

「白とか黒ってないの?」

「ありますよ。でも、そういうのは特殊な色です」

「特殊」

「はい。ユツキさん、無効魔法って聞いたことありますか?」

「聞いたことは無いけど、意味は分かる。魔法を消す魔法のこと?」

「そうです。そういうのとか、あとは召喚魔法もそうですね。3つの色では表現できない特殊な魔法はここに入ります」

「……創造魔法は?」

「はい?」


 シェリーは聞き取れなかったのか、聞き返してきた。


「創造魔法は、どこに入る?」

「創造魔法……と言う魔法を聞いたことが無いので分からないです。ごめんなさい」

「い、いや。良いんだ。気にしなくて」


 ということはアレは神か、天使さんが作ったスキルだったのだろう。


「さ。ユツキさん、つきましたよ。こっちです」


 俺たちがついた“学園”は巨大な塔だった。上から下まで相当の高さを誇り、外には箒で降り立てる場所がいくつもついている。空を飛べる魔法使いなら、階段を作る必要がないので家の構造も違うのだろうか。


 そんなことを考えながら塔の中に入ると、そこには巨大な吹き抜けがあった。


 ……あー、なるほど。これで移動すんのか。


「あ、そういえばさ」

「はい」

「箒にのってて、風とかで箒から落ちたらどうなるの?」

「地面に慣性制御魔法がかかってるので死にませんよ」

「そ、そうなんだ……」


 ひょっとしたら日本に居た時よりも発展してないか、魔術国家ここ……。


「なんか……。あんまり学校ぽくないね」


 俺はシェリーに案内されて、塔の中を箒で降りながらそう呟いた。


 学校、というよりは道場かしら――――。


 天使ちゃんもそういって首を傾げた。そう、天使ちゃんの言う通り学校と言うよりも魔法の道場と言った感じなのだ。教師1人に対して、複数人の生徒がついて魔法を教えてもらう。日本のように30人が1クラスで……ということが無い。


 まあ、あのやり方は色々言われているし魔法に関しては日本に住んでた俺ですら驚くことがある魔術国家マギアロンドなら、魔法の教育も通常の物とは違うのだろう。


「せんせー! 連れてきました!!」


 そう言って塔の中に無数にある部屋の一つに箒を滑らせて入った。俺もその後ろを続く。


「あら、早かったですね。こちらが、なの?」

「はい! 先生」


 どうも先生、と言われた女性も俺のことを知っているみたいである。というか、この子シェリーはどうして俺のことをしってるの……。


「シェリーから話は聞いてますね? さっそく適正テストをします」

「あ、はい。……え、もう?」

「ええ、結果もすぐに出ますよ。それからこちらで貴方に合う教師を選びます。では手を出してください」

「はい」


 そう言って手を指しだすと、プレパラートみたいな透明な板と小刀を先生が取り出した。


「血を少し貰いますね」

「どうぞ」


 どういう形式なのかと思ったらそう言う形式なのか。魔法使いらしいな……。なんてことを考えて、皮膚を先生がさっと切った。ぽたり、と血が一滴落ちる。


「結構、ではこれを調べますね」


 指の切り傷がすさまじい速度で再生していく。


「血をきますか?」

「いや、要らないです」

「そうですか」


 あっさり返して、先生は大きな水晶の下にそのプレパラートを入れた。


「しばらくすれば、色が変化して……」


 どろり、と水晶の中に黒い霧のようなものが現れて。


「……変化していくわ。それが、あなたの特性」


 色が変化していく。黒から白へ、白から灰へ。


 そして、変化が止まった。


「シルバー」


 ぽつり、と先生が呟いた。


 それが、俺の得意魔法。


「……え? それって」


 3つに属さない特殊な魔法。


 ……それが、俺の得意魔法?

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