幕間 ”神の眼”のユウ

 エルフ、という種族がいる。


 魔法を得意とし、森にすむ賢者たち。寿命は300年~500年と長く、見眼麗しい者たちが多いのであらゆる種族から好まれている大人しい人種である。


 人とエルフは5年前に終戦した戦争で1つの協定を結んだ。それは互いの生存領域を守るという協定である。彼らは長い間行っていた人種間の戦争を取りやめ、『魔神』という脅威に向かって共に挑んだ。


 最終的に『勇者』という怪物が『魔神』をほふったとは言え、それでもエルフの尽力は人間にとっては欠かせないものだった。そのため、彼らは5年経った今でもエルフの森に人が入ることを固く禁じ、長らくなしえなかった人とエルフの共存が可能になったのである。


 そのエルフの森に1人、黒いコートに身を包んだ男が立っていた。


「これからどうしますか?」

「どうもこうも無い。行くしかねえだろ」


 1人ではない。黒いコートを身にまとって青年の近くには兵士が立っている。そこに刻まれている家紋は王家の家紋。すなわち彼は王家の兵士であり、王家の使者を護衛する者である。


「だ、大丈夫なんですかね」

「何が?」

「いや、いきなり攻撃されるかも知れないって思って」

「アンタ、兵士の癖に小心者だな」


 青年が鼻で嗤う。兵士は、初老のでっぷりとした男だった。それが明らかに年下の生意気な青年に馬鹿にされている。それでも彼の腹が立たないのは。それでも彼が苛つかないのは。


 それは、青年が“稀人”だからである。


「行くしかねえだろ」

「エルフの魔法……ほんとに教えてくれるんですかね」

「さてな。そのために俺が来たってわけだが」


 青年は肩をすくめて森の中に入った。その後ろをおっかなびっくりしながら初老の兵士が追いかける。


「ま、待ってください。ユウ殿!」

「早く来ねえと置いてくぞ」


 なんてことを言いながら森の外で待っているのは彼なりの優しさだろうか。ユウは兵士がやって来るのをまって、森の中に入った。


 一気に大気の温度が下がる。


 涼しいな、なんてことを少しだけ考えて……ユウはスキルを発動した。


「へぇ。もう見られてんぜ」

「だ、誰にですか……!?」

「言わなくても分かんだろ」


 ユウは吐き捨てる様に言って、奥に進んで行く。


 こちらを見ているのはまだ俺たちを見定めているからか。彼らエルフが俺たちを敵だと判断した瞬間、見えない位置からズドンと行くのだろうか。


 なんてことを考えながらユウはどんどん先に進んで行く。


「ゆ、ユウ殿! 前にも言った通り、エルフの森で生きている木を傷つける行為はご法度ですよ!」

「分かってんよ。子供じゃねえんだから1度言えば十分だって」


 しかし、エルフが全くもって姿を見せない時にはそれも最後の手段として取っておくべきだろう。


 それくらいは考えておくべきだ。


 ここに来た目的はエルフの魔法を習得すること。敵対するとは言え、魔法さえ習得出来れば目的は達成される。


 なんてことをユウが考えているとは露知らず、兵士の男はヒイヒイ言いながら森の中を進んで行く。


「なぁ……。アンタ森の中を歩いているだけでそんな息をあげてるけど、ホントにいざって時は俺を守ってくれんのかよ」

「な、何を言っているのですか。ユウ殿。この私の命に代えてもお守りしますぞ……!」


 なんてことを言う兵士をユウは心の中でため息をついて見た。


 が守ってくれるのではない。彼のが自分を守るのである。デカデカと書かれた王家の家紋をエルフたちが知らないわけがない。ということは彼と、それに付いているユウを攻撃するということは王国に向かって牙を向くということ。


 そうなれば、せっかく手に入れた5年間の平穏が水の泡となる。


 エルフは賢者。そんな愚かなことを選択するような若輩者はいないと踏んで彼がユウに付けられたというわけである。


 そして、彼は王国からのユウへのけん制でもある。


「おっ、見えてきたぜ」


 最短ルートでエルフの里にやって来たユウがそう言った。、


「す、すごいです! ユウ殿!! 普通は森の中で彷徨うほどに歩き回らないと見つけられないと言われているのにっ!!」

「あー、まあ、そうかもな」


 確かに里の周囲には偽装魔法かけられていた。運良く里へと足を入れないと分からないような作り。だがそれは、彼にとっては何の意味も持たない。


「これはこれは、人間のお客さんではありませんか」


 里に入った瞬間、ユウにかけられていた監視が消えた。もうちょっと上手にやれよ、と思わないでもない。だが、まあ、どれだけ上手にやったとしても自分の前では無駄なんだが。


「どうも。“稀人まれびと”のユウだ」


 ユウが一歩前に出てエルフに握手を求める。エルフは一瞬、それが何なのか考えて同じように手を差し出した。


「ああ。“稀人まれびと”はこのようにして挨拶をするのでしたね。それで、その“稀人”が王国の兵士と共にどのような要件でエルフの里に?」


 穏やかな表情の底、明らかな殺意を忍ばせてエルフがそう言った。


「エルフの魔法が知りたいんだ。教えてくれないか?」


 駆け引きなど無駄、そう言わんばかりにユウがそう切り出した。


「それは王国の意思ですか?」

「ああ」

「ではこちらにどうぞ」


 若そうに見えるエルフの男がそう言って、ユウたちを案内する。だが、ユウは一歩も動かずに口を開いた。


「そう言って何人殺してきたんだ? フェルフット」


 果たして自分は名前を告げただろうか、そんな疑問を頭の底に押し込んで笑顔でフェルフットはユウに振り向いた。


「何のことでしょう? 私がこれから案内するのはエルフの里の長老のところですよ。長老ならば人に魔法を教えたとしても若いエルフたちからは文句の声が上がることも無いでしょうから」

「へえ。じゃあ、さっきから俺たちを狙ってきている殺気は若い連中じゃあないのか?」


 里に入った瞬間、見張りが消えた。だが、その代わりに焼き付く様な殺気。それに飲み込まれた。


「え、殺気? ユウ殿、そんなものが感じ取れるのですか?」


 兵士が素っ頓狂な声を上げる。


 それにフェルフットが困ったように頭をかいた。


「いやはや、ユウさんが何を言っているのか分かりません。少し、我々を勘違いしすぎでは?」

「いや、どうだろうな」


 ユウはそう言って一歩前に踏み出す。次の瞬間、先ほどまでユウがいた場所に弓矢が刺さった。


「ひッ!」


 初老の兵士が悲鳴を上げる。


「どうやら、俺の勘違いってわけじゃ無いようだ」


 そう言ってロットフットを見るユウ。


「おっと、幻覚魔法を使うのはやめとけ。いくらアンタがつっても、種が割れてたら効果も半減だ」


 ロットフットはその時初めて顔に殺意を表した。


「お前は何だ」

「“稀人”だ」


 それだけ短く返すと、ユウは兵士を突き飛ばす。一瞬、遅れてそこに弓矢が突き刺さった。


「エルフってのは、魔法は使わねえのか?」

「お前らに使うわけがないだろう」

「そうか。じゃあ俺も弓を使わせてもらおうかな」


 そう言ってユウが右手を掲げると、そこに黒塗りの武器が生み出される。


「弓? そんな小さなものが弓矢だと? はは、気でも狂ったか。“稀」


 びとよ、と続けようとしたロットフットの耳に空気の破裂音が響いた。続いて、後ろでエルフの若者が倒れた音も。


「急に狙われる側になったら抵抗も出来ないか?」


 ユウが嗤う。4分割された【創造魔法】で生み出した武器。

 その名を、“銃”という。


「お、前ぇええええええ!!」


 同胞を殺された怒りにロットフットが攻撃魔法を起動した。それはユウの射撃よりも速く起動して、ユウの命を奪う。


「……へえ。そうやってんのか」


 だが、届かない。


 ユウの手前に張り巡らされた防御魔法によって、その攻撃は届かない。ロットフットはユウから向けられた黒い冷ややかな銃口を見て……絶命した。


 エルフたちの攻撃は彼には通用しない。まるで未来でも見えているかのように、全てが避けられ逆に彼の攻撃は100%の精度でエルフに当たる。


 彼らは敵に回す人間を間違えたことを胸に刻みこむこともなく、ただ一方的に狩られていく。使う魔法は奪われていく。


 誰が気が付いただろうか。彼の使っている銃は拳銃、すなわち超遠距離など攻撃出来ないことを。


 だが、それを彼は成し遂げている。


 それは【簒奪者】のように映るだろうか。

 それは【狙撃手】のように映るだろうか。


 違う。ユウのやっていることは最も根本的な行為。


 という行為である。


 未来を見て、魔法を見て、そして結果を見る。


 それは情報という絶大なアドバンテージ。そして、それを物にしているユウの頭脳と【創造魔法】が彼の強さを支える。


【鑑定】とはもっとも単純で、もっともありふれたスキルである。アイテムを見て、それを調べるというスキルは神から与えられたことによって変異する。


 すなわち、“見る”という行為に特化したスキルへと変質するのだ。ユウの目が煌めく。複雑な色模様を浮かべて全てを見続ける。

 

 彼が魔法を見ればその構成、威力、発動速度が手に取るように見えてくる。

 彼が攻撃を見ればその発動場所、威力、着弾地点が手に取るように見えてくる。


 だが、誰が気が付いたであろう。それは【因果の確定】。彼が未来を見ているのではない。彼が見た未来がのである。


 故に、彼の2つ目の名前は“眼”。


 “神の眼”のユウ。



 ――それは、ユツキの敵である。

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