第2-07話 二度目の成功

「今はメイドが邪魔になるから帰してるんですけど、明日の朝からはご飯とかを作ってくれます」

「なるほど」


 俺達がいる部屋は明るい。ランプ……ではなく、魔道具を使って部屋全体が明るく照らされている。何でも魔力を光に変換する素材が使われているそうだ。電気が魔力に変わっただけで、やっていることは電球と一緒である。


 明らかな文明の光。


 それは、懐かしさすらも覚えるもので。


「あの、ユツキさん」

「ん?」

「明日から少しずつ浮遊魔法の勉強をしていきましょうね」

「ああ。空飛ぶ奴?」

「はい! “稀人”でも魔力があるので空を飛べます!! 魔術国家マギアロンドは、空を飛べることが前提に作ってある街なので、空を飛べないと自由に行き来できないんです!」

「なるほど……。確かにそうだな。店とかも空中に出てたりしてたし」

「はい! そういうことです! 明日から、頑張りましょうね!」

「そだな。今日は……もう、寝るのか?」

「はい。ユツキさんの部屋はこっちですよ」


 シェリーに案内されるまま、廊下を歩いて奥に進んで行く。見れば見るほど、内装は高級マンションの中に見えてくる。そのセンスはとても、現代的だ。ということは、魔術国家マギアロンドの成り立ちには“稀人まれびと”が関わっているのだろうか?


「あ、トイレがここ。お風呂がここです」

「ん? 風呂もあんの?」

「はい。水道管が引いてあって、お湯も出てくるようになってます」

「すげーな。魔術国家マギアロンド……」


 昨日まで自分たちが止まっていた宿が同じ世界だと思えないほどに、文明の差があった。


魔術国家マギアロンドはなんでこんなに発展してるんだ?」

「んー。理由は色々あるんですけど、一つはモンスターに襲われる心配がない……というのがあげられますね」

「モンスターに襲われない?」

「はい。空中に浮いているからスライムとかゴブリンとかが攻めてこないんです。ハーピーやワイバーンのように空を飛ぶモンスターもいますけど……あれは自分より大きな浮遊物には近づきませんから。だから、安心してこういう建築が出来るんです」

「なるほどね……」


 “稀人まれびと”が重用される世界で、文明のレベルが低いというのはおかしいと思ったのだ。確かに俺は何のとりえもない高校生だ。何にも詳しくないから、この世界に貢献出来ることは無い。


 だが、全ての人間がそうであるはずがない。


 職人、技術者、博士。そう言った人たちもこの世界に呼ばれているはずだ。“稀人まれびと”の知識は今の世界の文明よりもはるかに進んだものである。それが導入されているのだ。あんな中世みたいな生活をする必要なんてないだろう。


 だが、現実として彼らは中世レベルの生活を築いている。ということは、そう言った生活をしなければならなく理由があったということ。


 なるほど。その要因の一つがモンスターってわけか。


 んで、その心配がない魔術国家マギアロンドはこれだけの文明を享受していると。


「こっちがトイレです。水洗式の使い方は……説明しなくても分かりますよね?」

「あ、ああ」


 え? トイレも水洗なの??


 良かったわね――。


 俺の驚きに天使ちゃんが呆れたように返す。いや、トイレはガチで重要なんだよなぁ……。


「それで、ここがユツキさんの部屋です。自由に使ってくださいね」

「ありがとう」


 そう言って扉を開ける。そこには、机とベッド。それだけが置かれた簡易な部屋があった。生活するにはあまりに十分すぎる部屋だ。


「では、また明日」


 そういったが、シェリーは中々部屋から立ち去ろうとしない。


「……?」

「あ、あの……」

「どした?」


 その時、俺の頬にシェリーの唇が触れた。


「お、おやすみなさい!!」


 そう言って慌てて走って帰っていくシェリーを見ながら、俺は黙ってその後ろ姿を眺めていた。


 惚れた――?


 ……まさか。


 その程度で惚れるほどチョロくはない……はずだ。うん。


 どう、ここで諦めるってのは――。


 天使ちゃんが俺の周りをまわる。俺は首を傾げた。


 どういうこと?


 あの子と、結婚するの――。天使ちゃんは俺の肩にそっと降り立った。


 そして、子供を残す。あなたは復讐から離れて、残りの余生を過ごしていく。どう、幸せじゃあない――――?


 唄うような提案に、俺は息を吐いた。


 そりゃあ、幸せだと思うよ。間違いない。


 シェリーは良い子だ。俺を好いているというところを除けば、本当に良い子だと思う。顔だって可愛い。家だってこの通り、お金持ちだ。


 でも、それじゃあダメなんだよ。それじゃあ、俺は救われないんだ。


 天使ちゃんはそっと笑う。天使ちゃんは、俺だけの天使だから。


「寝るか」


 今頃、ステラ達はどうしているだろうか。


 ちなみに俺はこのまま魔術国家マギアロンドに永住する気はない。魔術国家マギアロンドにいるという“稀人”、それを殺した後、残る2人を殺しにいかなければならないからだ。


「寝よう」


 眠りにつく。



 夢は、見なかった。



「じゃあ、まずは簡単な練習からしましょうか」

「うい」

「そう、硬くならなくても大丈夫ですよ。もっと落ち着いてください」

「お、おう……」


 俺達がいるのは魔術国家マギアロンドの一角、都市公園と言われるものだった。芝生が植えてあり、落ちても痛くはなさそうだ。いや、多分あれは痛いんだろうけど。


「まずは箒をまたぎます」

「こうか?」

「はい。そうです」


 俺の隣にはシェリーが付いて教えてくれる。


「そこで魔法を使うんです。出来ますか?」

「失敗したら上に吹っ飛ぶとかはないよな?」

「失敗したらそもそも飛べませんよ」


 なるほど。そう言う物らしい。

 公園には俺たち以外にも似たようなカップルが何組か練習していた。彼らも俺と同じように攫われてきた連中だろう。


「良いですか、コツは空中に自分の身体を固定するようにすることで……」


 力を込める。頭の中で魔法を繰り返す。ずっと、身体の中から何かが消えて行く感覚。それはまるで『隠密』スキルの真反対の用で。


「始めのうちは魔力を使いすぎて失敗するんですけど……って、ユツキさん! 浮いてる!! 浮いてる!!」

「ちょ、ちょっと集中させてくれ」


 だが、俺の身体は確かに上に浮いていた。


 わずかに、けれど確かに。


「え? 俺もしかして才能あり??」

「ありかもです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る