第2-06話 依頼

「ひ、一目惚れってどういう……?」


 意味が分からず首を傾げる、俺。生まれてこの方好意なんて寄せられたことの無い俺としては嬉しいというよりも、不気味……という方が勝ってしまう。悲しいなあ。


「そ、そのまんまの意味ですっ! 私と結婚してください!」

「んん!?」


 何一つ理解が追い付かんッ!


「も、もっと説明を……」

「人さらい、だろう…………」

「スライムが喋った!?」


 目の前の女の子が素っ頓狂に驚いた。人さらい……という単語は知っている。この街に来たばかりの時、たまたま近くを歩いていた商人から聞いた言葉だ。


 魔術国家マギアロンドの連中はほとんどが女、だが数少ない男とは絶対に子供を産まない。だから、街に降り人を選んで持ち帰る。故に、人さらい。


 ……え、俺?


「あ、あの……。来て、くれますか?」

「……辞めた方が良いんじゃないかな…………」


 ろくでもない男ランキングをやると相当上位に来る自信があるぞ……俺には……!


「い、いえ……。その、あの……あなたが、良いんです。あなたじゃないと嫌なんですっ!」


 と、顔を真っ赤にした少女がそう言うと屋根に立っていた少女たちがひゅーひゅーとはやし立てる。くそっ、完全にアウェーだッ!


 良いじゃない。選ばれれば――。


 だ、駄目でしょ。俺は人殺してるんだよ!?


 隠しながらやりなさいよ――。


「ほ、本当に。ずっと見てきたんです。だから、ユツキさんの名前も、知ってます。あなたが、何をしてきたのかも、知ってますっ! それでも、あなたが、良いんです!」

「…………ユツキ」

「ああ」


 ステラの忠告に、ユツキは短く応えた。その言葉を使う奴は警戒対象になる。目の前の少女の言葉、それを鑑みるに『ファウテル』で何が起きたのかを知っている節がある。それは、危険だ。


 少なくとも魔術国家マギアロンドには“稀人”がいる。この子がそのことを喋っている時点で、俺はぐっと不利になる。


 殺したら、バレるわよ――。


 分かってる……ッ。


 もし、この子が魔術国家マギアロンドにいる“稀人”に俺の殺人のことを喋っていた場合、俺がこの子を殺せばその“稀人”にも伝わるだろう。だが、もし喋っていなかった場合、この子が漏らす可能性があるということだ。


 そうなると、黙ってはいられない。残しては、居られない。


 目の前の少女は俺のところにまっすぐ歩いてきて、


(お願い、したいことがあるんです)


 そっと、俺だけに聞こえる様に言った。


(ずっと、見てきました。ユツキさんのことを。あなたが、別の世界に居た時から)

(…………何だと?)

(あなたに、どうしても殺して欲しい人が居るんです)

(誰だ)

魔術国家マギアロンドの“稀人”。“神の眼”のユウ)


 ぞわっと、全身の毛が逆立った。心臓を掴まれたような気がした。忘れもしない、あの男。


 『転生の間』にて、俺のスキルを鑑定した男だ。


(俺に声をかけたのは、それが目的か)

(そ、それもありますけど……。その、好きになったのは……ほんとです)


 俺はしばらく頭の中で色々と考え込んで、そして結論を出した。


「分かった。行こう」

「えっ、ほ、ほんとですかっ!?」

「ああ。本当だ。ステラ、悪いけどあの2人そう伝えておいてくれ」

「……人さらいに…………さらわれたって…………?」

「まあ、そんなとこだ」

「そりゃあ……構わないけど…………」

「じゃあ、俺を連れていってくれ」


 ステラが身体を震わせて答える。それを見て、俺は目の前の少女に向き直った。


「じゃ、俺を連れていってくれ」

「は、はい! それでは箒に乗ってください!」

「こう?」

「は、はい。腰に手を回してください。しっかりつかんでてくださいね」


 俺の目の前には少女の大きな帽子。どうするんだろう……と、思っていると全身が浮遊感に包まれた。


「んん!?」

「行きますよっ!」


 少女がそう言うと、俺達を乗せたまま箒が一瞬にして飛び上がった!!


「おおおっ! すげー!!」

「よ、良かった。上手く行った」

「……ん? 2人は乗せないものなのか?」

「はい! 普通は1人です。それに浮遊魔法は魔術国家マギアロンドのオリジナルですから、“下”に使える人が居ないので恋人を連れて帰ろうと思ったら、自分の力で2人を持ち上げないといけないんです。良かった。練習した甲斐があった……」


 ぽつり、とそう言う少女はとても年頃の少女に見えた。


「シェリー! まさかアンタに先を越されるとはね!!」

「私たちはこれから探しにいくわ!」

「また明日ね!!」


 そんな少女の周りを屋根の上に乗っていた少女たちが、後ろから追いかけて祝福のダンスを踊って散っていった。


「シェリーっていうのか?」

「んっ!? す、すみません! 名乗ってませんでしたね! 私はシェリー・メルソン。シェリーって呼んでください。ユツキさん!」

「……それだ」

「はい?」

「なんで俺の名前を知ってる? 別の世界ってのはなんだ?」

「何だって、言われましても……。だってユツキさん、“稀人”ですよね?」


 空には2人きり、そう思っているのかシェリーは平然とそんな話を振ってきた。


「ああ、そりゃそうだけど……」

「ずっと、ずっとずっと見てきたんです。ユツキさんの一生を。何度も何度も見てきたんです。ユツキさんが生まれてから、死ぬまでの間をずっと……」


 そういって恍惚の表情を浮かべるシェリー。


 ……この子、怖くない??


「ユツキさんが死んだとき、ずっと神様に祈ってたんです。どうかこの世界に転生させてくださいって。ずっとずっと祈ってたら、その願いが叶ったんです!」

「そ、そっか……」

「だから、“アレ”とこれは全くの別です。安心してくださいね」


 安心してくださいねって……。


 そんなことを言われながら俺達は魔術国家マギアロンドの上に到達した。到着したというのに、シェリーは箒から降りること無く先に進んで行く。


 上からみた魔術国家マギアロンドは、他の都市と大きな違いがあった。外周には人がおちないように柵……がない。えぇ……。落ちたらどうするんだ。


 街並みは基本的に。空中にいるから、地震の警戒をしなくても良いからだろうか?


 どれもこれも10階建て以上の建物ばかりだ。そのどれもがゴシック建築である。うわっ、これはテンション上がる。


 その高層ビル群の間を、俺達は箒で抜けていく。そんな俺達を見ると、周りの人間がはやし立てて来る。


 それを聞くたびにシェリーの顔が真っ赤になる。


 そして彼女は大きなビルの最上階に到着すると、そのベランダで降り立った。


「さ、ここです。ここが私たちの新しい家ですよっ!」


 俺は中を見る。馬鹿みたいに広い部屋だ。しかも、この建物を上から見た時から推測するとこの部屋はまだ全体の3割もない。


 つまり、まだ奥に部屋があるということだ。


「……他の、人は誰が住んでるの?」

「他? 私たちと……ああ、あとメイドが住んでますよ」

「メイド?」

「は、はい。私、貴族なんです」

「貴族」

「結婚相手を見つけると、1人暮らし……いえ、2人暮らしをするように父から言われてたんです。それで、このフロアを買ってもらいました」

「買ってもらったって……」


 この部屋? じゃないよな。この階層フロアつったよな。いま。


「そこのソファで少し休んでてください! すぐにお茶をいれますから」

「は、はぇ……」


 思っていたよりも、ヤバいところに来たのかも知れない。


 そんなことを考えながら、俺は高級ソファに腰を降ろした。


 …………気まず。

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