第2-04話 ”稀人”と”稀人”

「すげー稼げたな……」

「うん……」


 未だにふらふらと焦点の合わない目をしているユノを連れて商会から俺は外に出た。ついでに馬車も俺が引く。馬は賢い。俺が御者になったら、ちゃんと進んでくれた。


「……は、白銀貨が……こ、こんなに稼げるなんて…………」

「とりあえず、これは隠しておこう。盗まれたらたまったもんじゃ無いし」

「そ、そうね……。で、でもこれだけ……あれば何だって買えるわね……」

「なんかステラみたいな喋り方になってるぞ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫よっ!!」


 ユノはそう言って気丈に振舞うが、目を放せばすぐにでもどっかに行ってしまいそうな感じの顔色をしている。


 ほんとに大丈夫かな。これ。


 そんなことを想いながら空を見上げる。


 まだ日は高い。

 取引がすぐに終わったおかげだ。


 これだけ金があれば折れたナイフを新調できるし、防具……というか隠密の道具だってそろえれるだろう。錬金術ギルドに行って、身体を強化する薬だって買える。


 ステラが倒した竜だが、ちょっとくらい使っても許してくれるだろう。


 彼もそこまでケチなわけではないはずだ。


 そう思って馬車を進めていると、ふと空が陰った。雲もないからおかしいな、と思って顔を上げるとちょうど『マギアロンド』が太陽をさえぎって飛んでいた。


「すげーなぁ」


 あんなものを空に浮かせたままに出来るのだ。この世界の魔法の力とは一体どれほどの物なのだろうか。


 なんてことを考えていると、『マギアロンド』から何かが飛び出した。


「あん?」


 昨日、歓迎のために空を飛んでいた魔女たちだろうか? それにしては、箒を持っていない。何かの布のように見えるが、明らかにこっちに向かって落ちて来てる。ということは、人か。


 馬車をとめて――――。


 天使ちゃんの言葉で、俺は慌てて馬車を急制動。すると、その人は目の前に落ちてきた。


 ズンンンン!!!


 ぐらぐらと小さな地震を響かせて、『マギアロンド』から人が


「お、おいおい。大丈夫かよ……これ」


 飛び降り自殺の死体はグロいとか聞くから見たくないんだよな……。


 と思って、半目を開けて死体を見ると、そこにはフードを被った人がまっすぐ立っていた。


「……嘘」


 ……生きてる!!


「くっそ。無茶苦茶しやがる……」


 唸るようにフードの人間から漏れたのは男の声。


「ありえねーだろ。あそこから突き落とすなんて。下に人がいたらどーすんだよ」


 ぶつぶつと文句を言う男。地面にはちょっとしたクレーターが出来ている。


「あの……。大丈夫なんすか?」


 と、俺が聞くと。


「うん? ああ、大丈夫だよ。おっと、ここは馬車の邪魔だな。ごめんごめん」


 そう言ってぴんぴんしながら馬車の前からどいた。


 えぇ……。あの高さから落ちたのになんでこの人こんなに元気なんだ??

 マギアロンドから落ちて来たから、魔法でも使えるのかな?


 と、思ったらそのまま男がふらりと前に倒れた。


「ちょ、ちょっと!」

「空腹だ……」

「はい?」

「腹が減ってまったく動けん」


 …………何なんだこの人。



 とは言え、関わってしまったものは仕方ない。ユノとフードの男を連れて、適当な食堂に入るとちょっと早めの昼食とした。ステラとメルにはちゃんとお金を渡しているので彼女たちもちゃんと食事を取るだろう。


「いやあ、助かったよ。お前らが来てくれなかったらあそこで飢え死にしてたわ。いやあ、困った困った」


 男、というよりは青年と言った方が似合う顔立ちの人は笑顔で丼ものを平らげる。何よりもその顔は、いかにも……と言った日本人だった。


 俺の隣でユノが凄まじい勢いで食事を食べていく。こんなに食べてよく身体に入るよな。


「あの、失礼なこと聞いてたら申し訳ないんですけど」

「ん?」

「“稀人まれびと”ですか?」

「そだよ」


 嫌にあっさり言う物だから、一瞬違うのではないかと思ってしまった。


「お前の名前は?」


 丼ものを一回机において、青年は聞いて来た。


「俺ですか? ユツキ……です」

「“稀人まれびと”か?」

「………………」


 青年はあっさり聞いてくるものだから、それをきちんと答えるか悩んだ瞬間に向こうの顔が「おっ?」というものに変化した。


 ……まずい。読まれた……!


「ん。まあ、言いたくなかったら言わなくてもいいよ」

「…………」

「いや、な。どっかで出会ったことないかなぁって思っただけだよ」

「ナンパですか?」

「男なんてナンパしねーよ」


 ごもっともだ。


 俺は目の前の青年の顔をよく見るが、あいにくと見覚えがない。


「人違いなら悪かったよ」


 男はそう言って、スプーンを置いた。


「ああ、そうだ。1つ聞いておくことがある」

「ん? なんすか??」

「お前、元の世界に戻りたいと思ったことは?」


 食堂の中で声を潜めて、男が聞いて来た。


「…………無いです」

「無い?」

「俺は……元の世界で、死んでるんです。だから、もう、戻りたいとは思いません」


 そう言い切った時、男の顔がひどく歪んだ。


「嫌な目をしやがる。お前、その目は恨み辛みの目だぜ」


 そして、水を飲み干した。


 ……恨み辛みの目。


 …………何なんだよ、こいつ。


「つっても。お前に何があったか、お前が何をしようとするのかなんて俺には分かんないからさ。あ、ごめん。支払いお願いしてもいい?」

「まあ、良いっすけど」


 別に金には困っていないから、それくらいは良い。


 久しぶりに恨みのない同郷の人間だ。それくらいはサービスしても良いと思える。金の余裕は心の余裕だ。


「ありがとな。ほんとに助かったよ」


 男はそう言って、ユノの食べっぷりを見た。


「友達か?」

「……ん。まあ、そんなとこです」

「大事にしろよ」

「ああ」

「それでだ。もし、お前が元の世界に戻りたいっていうなら俺に連絡してこい。元の世界に戻してやれる」

「……どういう?」


 俺の問いかけに、男はフードを眼深に被った。


「『マギアロンド』から技術を貰って来た。んで、完成した魔法が禁術だったんで落とされた」

「えぇ……」

「準備が整い次第、俺は元の世界に帰る。それまでは、この街にいるから困ったら俺のとこに来てくれ。飯を奢ってくれた恩があるからな。手伝えることなら手伝うぜ」

「そりゃありがたいですけど……。住所なんて分かんないですよ」

「この街には優秀な情報屋がたくさんいる。そこで聞いてくれればいい」


 そう言って男は立ち上がって、食堂を後にする。


「あ、名前! 名前が分かんないと探しようがないですって」

「ん? あ、そうか。名乗ってなかったな」


 男はこっちを振り向いて、


「ステラだ」


 ……なに?


 男の声が俺の耳に届く。


「この世界で、俺はステラって名乗ってる。よろしくな」

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