第2-02話 魔術国家
「なあ、あの空に浮かんでる島って何なんだ?」
産業都市インダスタルに入るときに門番に俺がそう尋ねると、彼は片眉を上げた。
「うん? マギアロンドを知らないのか?」
「マギアロンド?」
「ああ、『魔術国家マギアロンド』。3年に1回、ここに立ち寄るんだよ」
「う、浮いてるのか? ずっと?? どうやって???」
「ずっと浮いてるって噂だな。そんなに気になるならマギアロンドの魔術師に聞くと良いんじゃないか? 大きい帽子に黒いローブを羽織ってるのがマギアロンドの住民だよ」
門番がそう言った瞬間、空に巨大な花火がいくつも上がった。月がない夜空に色とりどりの花を
それは花火が彩った空をキャンバスに、さらに豪華に着飾っていく。
「あれは?」
「ああ、歓迎の花火だよ。マギアロンドが来た時の恒例なんだ」
「へぇー」
俺が素直に歓迎していると、箒に乗った魔女が空に虹色の文字を書いていく。この街の人間は文字が読めるんかい。と思ったが、よく考えればここは産業都市。読み書き計算ができなければ生きていけない世界だ。
「人が飛んでる……」
ユノが驚いてそう言った。
「マギアロンドの独自魔法だよ。誰にも理解できないんだそうだ」
空には歓迎ありがとう。みたいな感じで感謝の言葉が書かれていた。
「マギアロンドの連中は魔法の研究ばっかりやっているが、どいつもこいつも太客だ。売ってくれる魔道具はどの国にもない一流の物だし、逆に面白そうなものなら何でも買ってくれる。そのセンスは
門番はそれだけ言って、俺達を通してくれた。中に入ると、街全体が唸るような歓迎ムードに包まれていた。
「楽しそうね」
メルが荷台から顔を出した。
「3年に1度のお祭りなんだろうな」
「面白いものが見れるってこのことだったのね」
「聞いてたのか」
「聞こえてたわよ」
俺達はしばらく馬車を進めて、路肩に馬車を止めた。
「馬車を管理してくれる宿を見つけないと」
ユノがぽつり、とそう言った。
「この街にはたくさんありそうだけどな」
何しろ『産業都市』だ。多くの商会が物を運ぶときに使うのは馬車。あるいは、馬だ。この街にはそう言った人間が多く集まる。需要に目ざとい商人たちがまさかただの宿なんて作らないだろう。
ということでしばらく馬車を進めていると、すぐに多くの客引きに出会った。
「ウチの宿はどうだい!? 安くしておくよ!!」
「そっちの店は駄目だよ! ウチにしな!! 馬の世話もするよ!」
「こっちは馬車の管理はタダだよ!!!」
わらわらと馬車の周りに集まってくるのだから、馬が困って進めなくなってしまった。
「すげえ数だな」
「……馬車に、乗ってるのは……お金持ち、だから。良い、客……だよ……」
「なるほど。賢いな」
「まあね……」
褒められて嬉しいのか、身体をぶるぶると震わせるステラ。
「ど、どうしよ! どこにすればいいと思う!?」
こんなに多くの人に囲まれたことが無いのか、テンパリながら慌てるユノ。
「適当に指させば良いんじゃない」
「あ。なるほど。じゃあ、そこで」
「ありがとうございます!!!」
俺の適当なアドバイスで適当に客引きを指さしたユノ。本当にやるのか……。
さて、客引きに連れられて宿に移動。2部屋を取って、俺達は夕食を食べるために街に繰り出した。良い食堂はないものかと、物色していると急に歓声が上がった。
何だ何だと思って空を見上げると、マギアロンドから多くの人間が箒に乗ったまま降りてきたではないかっ!!
「す、すごっ!!」
箒に乗っている魔法使いのほとんどは女性だった。彼女らは歓声を受けながら、手をふって街の声にこたえていた。
飛びたい――?
ぼけーっと空を見ていた俺に天使ちゃんがそう語りかけてきた。
いや、良いかな……。
ステラにオリオンからワイバーンに撃ちだされたことを思い返して、顔をしかめた。不死のスキルがある以上、落ちても死なないとは思うが痛いものは痛いのだ。
「人さらいは今回こそやるのかな」
「さぁ? 前来た時はやんなかったし、どうだろ」
……人さらい?
近くを歩いていた男たちがそんな話をしていたので、俺は慌てて彼らを呼び止めた。
「わ、悪い。人さらいって何だ?」
「おん? 兄ちゃん、マギアロンドのことは知らないのか?」
「あ、ああ。全く知らないんだ」
「マギアロンドの連中は9割が女なんだ。……割合は分かるか?」
「大丈夫だ。続けてくれ」
そうか。四則演算すら怪しい人間がいる世界だと、割合の概念が分からないこともあるのか。
「だから、男がいない。それに、マギアロンドはマギアロンドの人間とは子供を作らないんだとさ」
「へー」
遺伝子が濃くなるからかな? それとも魔法的な考えに基づいているんだろうか。
「だから、マギアロンドは15になったら下の街におりて結婚相手を見つけるとマギアロンドに連れ帰るんだとさ。だから、人さらいって呼ばれてんの」
「教えてくれてありがとう」
「良いってことよ。にしても、兄ちゃん。割合が分かるのか。どうだい? ウチに来ないかい?」
「……ええ?」
「最近、若いのを雇うんだが計算も出来ねえのが大半なんだよ。一から教えてやってんだが、ほとんどが使いものにならねえ」
「おっ。お前のとこもか。ウチもなんだよ」
隣にいた男も会話に入ってきた。
…………なんか始まったぞ?
「ところで兄ちゃん。計算はどれくらいできる?」
「ひ、人並みに……」
「銀貨100枚のものを2割引きで売ったらいくらだ」
「80枚……」
「人が700人来て、そのうちの6割が男。男の半分が子供だったら子供は何人だ?」
「210人……」
「ぜひうちに来てくれ」
なんでそうなる?
「月に金貨10枚出す。どうだ?」
「ウチなら11枚だ」
「残念だが、彼はもうウチで働いているんだ」
勝手に俺でセリを始めた二人をたしなめる様にユノが顔を出した。これ幸いと俺がユノの後ろに急いで隠れた。
「いくら出しているんだ? そいつの3倍は出すぞ」
「えっと……あの……」
だが商売人のおっちゃんはそれで許してくれなかった。ユノは怯えたように俺の顔を見てくる。
「金貨20枚っす」
「……貰ってんなァ」
嘘も嘘だが、おっちゃんはそれで信じてくれた。2人は「またな」と言うと夜の街へと消えて行く。
「よ、良かったぁ」
「何でユノがそんなに喜ぶんだよ」
「取られたらどうしようと思って……」
「大丈夫だって」
けどあんな簡単な計算が出来れば良いの? この世界ぬるすぎない??
前の世界でも、出来ない子はいるわよ――。
……嘘だぁ。
地獄のような天使ちゃんの突っ込みを、俺はドン引きで返した。
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