恨みはらさでおくべきか

第2-01話 新しい街へ!

 かっぽかっぽと馬が歩く音だけが俺達の耳に届く。周りに広がっているのは田園風景だ。何でも大きな貴族の荘園らしい。道が石でしっかりと整備されていて馬車は進みやすいのだが、あまり速度を出し過ぎると馬の蹄が割れるとかなんとかで速度は出せなかった。


「……ユノぉ。道は本当にあってんのか?」

「あってる……はずだよ」


 彼女はどうにも自信がなさげである。『産業都市』というくらいだからそれなりに大きな街だと思うのだが、看板の1つも立っていない。行商人なら道を知っとけよとツッコミの一つでも入れたい気分だが、ユノ曰く本当に大きな街だから一人前になるまでは街を見ないようにしたかったと。


 その気持ちは分からないでもないが、2週間近くも馬の歩く音ばかりが聞かされるのどかな気持ちにもなって欲しい。人を殺したという罪悪感がちょっとでも首を出してきそうじゃないか。


「……んなわけないか」

「なんか言った?」

「なーんにも」


 ユノは俺の返答に納得して、再び前を向いた。


 そうだ。ナノハを殺したところで罪悪感が沸いてくるはずがないのだ。俺の中にあるのは当然のことをしただけという強い達成感。それだけだ。


 そんなこんなで荘園を抜けた。道は石ではないものの整備されており、進みやすい事このうえない。だが、自動車という文明の利器を知っている身からするとこの遅さにはなんとも言い難い。


 ということをステラに伝えたら、


「ユツキは……急ぎすぎ…………」


 だと責められてしまった。確かに言われてみればこの世界には時間、という概念が少ないように感じる。それはきっと、時計が無いせいだろう。太陽の傾きで時間を知る。それがこの世界での時間の知り方なのだから。


「それにしたって何にもないな」

「あ、検問あるわよ」


 ちらり、とユノが先を指さして俺に知らせてきた。


「多いな」

「ここら辺の道は王都にもつながってるからね。仕方ないの」

「へー。『インダスタル』と『王都』は近いのか?」

「ううん。ただ、この道はやっぱり通りやすいからね。色んな人が通るからちゃんとしないといけないの」

「ふうん?」


 日本でも江戸時代には藩の間に関所があったと聞くし、この時代には検問こういう場所っていうのは当たり前に存在するんだろう。何しろ犯罪を起こしたって防犯カメラも何もないわけである。目撃者がいなければ捕まるはずがない。


「ギルドの証明を見せろ」


 近づくなり、門兵がそう言った。


「フリーの行商人だ。商人ギルドにはあいにくと入っていなくてね」


 ユノが外モードの状態で対応する。普通に喋ればいいのに。と、そう言ったら「女とバレれば舐められる」と言っていた。世知辛い世の中である。


「フリーか……。じゃあ女神の証を見せてくれるか?」

「これだ」


 女神の証とはこの国の生まれ、そして戸籍を証明するための身分証のことだ。日本で言うならマイナンバーカードのようなものである。


「あんたら、夫婦かい?」

「ん゛っ!」


 門番の言葉でユノがせき込んだ。


 あ、そっか。『女神の証』に性別書いてあるじゃん。

 ユノって……。ちょっと抜けてる?


「違う。こっちは私の客人だ」

「なら、女神の証を見せてくれ」

「これだ」


 俺はそれっぽく偽装した女神の証を見せる。“稀人まれびと”だと告げれば問答無用で通れるガバガバシステムを取っているこの国だが、それをやると王都まで俺の情報が伝わってしまう。ただでさえ『ファウテルの街』で“稀人まれびと”殺しという大ニュースが流れたのである。


 その中で『ファウテルの街』方面からタイミングよく“稀人まれびと”が来ようものなら絶対に疑われること間違いなしである。


「荷物を見ても?」

「良いが、絶対に触るなよ」

「分かってる」


 ユノが首をさす。ちなみにステラはくっそ高そうに見える壺の中に入っており、メルは竜の鱗を入れている箱の中に隠れている。


「この壺、何が入っているんだ?」

「何も入っていない。壺が商品だ」


 ステラの入っている壺をじろじろ見ながら門番がそう言う。


「へぇ。世の中、変わり者もいるんだな」

「それ金貨50枚だぞ」

「ひッ!」


 今まさに中身を確認しようとしていた男が俺の言葉で慌てて壺から離れた。


「こ、こここ、この壺が金貨50枚? 本当に言ってるのか!?」

「それを所望した金持ちに聞いてくれ。俺だってそんな高そうに見えねえよ」


 俺がそういうと、門番はおっかなびっくり壺から離れた。ちなみにその壺は途中で立ち寄った街で、銅貨20枚という金額で買った壺だが、知らなければそれっぽく見えるお買得品だ。


「そっちの箱には?」

「竜の鱗を模した装飾品だよ。貴族に売るんだ」

「ああ」

「中を見るかい?」

「一応な」


 ユノがもう1人の門番を相手にする。ちなみにメルは箱の下半分に隠れている。そのため、竜の鱗が一杯に敷き詰められた箱では中に手を入れなければ底が浅いことにも気が付かないだろう。


「うん。確かにそうだ。通って良い」

「どうも」


 俺とユノは一礼して検問を通り抜けようとした瞬間、後ろから声がかかった。


「ああ、そうだ。アンタ達、これから『インダスタル』に向かうんだろ?」

「うん? ああ、確かにそうだがよくわかったな」


 ユノが馬をいったん止めて答えた。


「行けばちょうどが見れるぜ」

「面白いもの?」

「それはついてからのお楽しみ、ってな」

「……?」

「商売、頑張れよ」


 しかし、門番はそれだけ言って持ち場に戻ってしまった。


「面白いものって何だ?」

「さぁ?」


 俺の問いにユノは首を傾げた。どうやら彼女にも分からないらしい。行ったことが無いから分かるはずもないといえば無いのだが……。


「……通り、抜けた……?」

「ああ。なんとかな」

「…………金貨50枚、は……流石に、嘘くさい……」

「そうかぁ? 今のところ全部上手く行っているが」

「あまりに嘘くさいと、一周まわって本当に見えてくるの」


 メルが箱の中から出て来て、そう言った。


「そういうものか?」

「そういうものよ」


 胸を張って応えるメル。これは褒めて欲しい時の合図だから頭を撫でておこう。


「今日中には『インダスタル』につくのか?」

「夜までにはつきたいわね」

「もうそんな近くに来てるのか?」

「私が聞いた限りだと『ファウテルの街』から馬車なら14日でつくって聞いてるわよ。それで、私たちはかなり急いで進んでるから頑張れば今日中につくかも……ってだけ」

「駄目ならどうするんだ?」

「野宿よ」

「のっ……は?」

「だってさっきの検問を通り過ぎたらもう先にある街は『インダスタル』だけだもの」

「えぇ……」


 ならもう後は運良くたどり着けるか天に祈るだけである。野宿と行っても夜になれば、眷属のモンスター――いわゆるアンデッド系のモンスター――がわらわらと湧いてくる。だから、見張りをやらなきゃいけないのだがこれが神経的に疲れるのなんの。


「というわけで飛ばすわよっ!」


 ユノは張り切って馬を急がせた。


 『王都』に向かう道を通り過ぎ川で馬を1休みさせ、進みに進むこと数時間。夕闇に太陽が沈みこもうとしているまさにその瞬間、地平線の向こう側に巨大な街が見えてきた。


「……建物でかくね?」

「噂によると10階建ての建物もあるらしいわよ」

「マジ?」

「マジよ」


 はぇ……。通りで街並みがデカいわけだ。


「……あん? なんだあれ?」


 だが、俺は『インダスタル』に見惚れる間にあるものに気が付いた。


「あれ? って、どれ?」

「ほら、街の上にぼんやりと浮いてるあの島……」

「島……? あっ。ほんとだ。島が、浮いてるっ……!」

「え、どこどこ!? ほ、ほんとだっ!!」

「……………!!」


 俺達は浮遊島の衝撃に飲まれながら、『インダスタル』に入ったのである。

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