第33話 始動

 ガタン!! 


 という激しい振動で目が覚めた。


「……起きた?」

「ここは……? ……その恰好は、ユノか」


 声のする方を見れば、ユノが御者台に座って馬車を運転しているではないか。周囲は明るい。自分はどこにいるのだろうか?


「2日間も寝てたのよ。もう起きないんじゃないかと思ったわ」

「……そっか…………。ごめん」

「良いって」


 周りを見ると俺の他にも色々と荷物が置いてある。そして、その荷物に紛れ込むようにして1人の少女が座っていた。


「……メル」

「おはよ。ユツキ。良く寝れたかしら?」

「あ、ああ……。……どうしてここに?」

「どうしてって、あそこに私の場所は無いから」


 そう言って笑うメルの顔はとても歳相応に見えた。


「どうしてもユツキと一緒に来たいっていうから連れて来たんでしょ」

「ちょっと! それは言わないって約束でしょ!!」

「あれ? そうだったっけ?」


 すっとぼけた顔で言うユノ。あの顔は絶対に覚えていた顔だ。


 おはよう――。


 おはよう。


 ようやく起きたのね、みたいな目で俺を見る天使ちゃん。


 そういえばステラは?


「……ん。起きたのか」


 ステラは御者台でユノの隣に座っているようだった。


「ステラ? いたのか……って、随分小さくなったな」

「色々、あったからね……」


 ステラは“魔核”とその周辺の身体だけを残したままの無残な姿になっていた。お前小さくなりすぎじゃね?


「レイは……?」


 俺の問いかけにステラが震えた。


「一般人を……巻き込み……たい?」

「……ああ」


 そう言われたら、どうしようもない。


 人を殺すとは、そういうことなのだから。


 この世界で出来た初めての人間の友人に感謝の念を込めて、ユツキはそっと目をつむった。


「右手で何かをずっと持ってるみたいだったけど、それあなたが強く握ってて全然取れなかったの。何もってるの?」


 馬車の御者台に座ったまま、そう言うユノ。俺はそう言われて、初めて自分が何かを必死に握りしめているということに気が付いた。


 右手? 何か持ってたっけ? 

 そう思って手を開くと、しわしわになった肉の塊が俺の手の中にあった。


 ……ナノハの心臓だ。


 今すぐ捨ててしまいたいくらい憎い相手だが、干からびた心臓の中に宝石のような結晶があるのが見えた。俺は肉をちぎりながら、その結晶を取り出す。僅かに紅色を帯びているが、よく見ないと色が付いているかどうかも分からないほどに透き通った結晶だった。


「……それは?」


 こちらをちらりと見たステラがそう尋ねてきた。俺も何か分からず肩をすくめる。


「分からん。俺が殺した“稀人まれびと”の心臓の中にあったやつだ」

「えっ!? “稀人まれびと”殺したの!!?」


 その時初めてユノがこちらを振り向いた。


「ちょ、前向け! 前!!」

「だ、大丈夫よ。この子は賢いから……。って、本当に“稀人まれびと”を殺したの!?」

「あ、ああ……」

「あんたヤバいわよ! “稀人まれびと”殺しはどの国でも大罪なの!! 捕まれば即死刑よ!!」

「俺が“稀人まれびと”でもか?」

「へ!?」


 ユノは次から次に出てくる情報でフリーズ。完全に沈黙した。


「メル、俺が“稀人まれびと”だってコイツに言ってないのか?」

「あ、そういえば言うの忘れてたわ」

「ちょっと!!」


 咎めるようにユノが叫んだ。


「……。ユツキ、それが……本当に、“稀人まれびと”の中に……あったのか?」

「ああ。間違いなく、これはナノハの心臓だ」

「うぇ……。見なきゃよかった……」


 ユノはそう言って前を向く。


「ユツキ……。気が付いてるか……?」

「なにが?」

「…………。それは……“魔核”……だ」

「は?」

「はっ!?」


 前を向いたユノがこっちに振り向いた。


 運転中だろ? 危ないぞ……。


「す、ステラちゃん! それ本当なの!?」

「…………。その、呼び方は……好きじゃないけど……。でも、ユツキが……持ってるこの結晶は……超高位の魔物が、持ってる……“魔核”と……似てる。例えば……これ……」


 そう言ってステラが荷物の影から取り出したのは、俺の腕くらいはある結構大きな結晶だった。しかし、かなり紅色が強い。透明な結晶というよりも、紅い結晶と呼ぶべき代物だった。


「何それ」

「オリオンの……、“魔核”だ……」


 俺の返答にステラが答えた。


「オリオンの? じゃあ、これが竜の“魔核”か!?」


 思わずテンションが上がる俺。


「そ。これを売れば私たちはお金持ちなのよ!! 伝説の黒竜の“魔核”。売れば金貨30000枚は行くわよっ!! も、もしかしたら大金貨とか……噂の白銀貨とかも出てくるかも……!!」


 知らない単位が出てきた……。あとで誰かに聞いておこう。


 というか、“稀人まれびと”の中に“魔核”があるってどういうこと……?


「てか、オリオンを倒したのか。よくやったな」


 しかし誰も知らないようだったので、俺はステラにねぎらいの言葉をかけた。


「まあね……。それで……これが、竜の鱗と……。ちょっとだけ……取ってきた竜の、背骨だ」


 ステラが梱包された荷物の中から取り出したのは俺の腕半分くらいある煌めいている骨と、20枚くらいの鱗だった。


「随分取ったなぁ」

「ほんとは……竜の、血……も、欲しかった……けど……。『ファウテルの街』を……ボロボロに、しちゃった……から、残しておいた……。復興、費用に……当てれば……いいと、思った、から」

「竜の鱗は1枚で金貨500枚に行くって言われてるの。それ全部売ったらとんでもないことになるわ!! っていうか、あの街から逃げるときのお金にしようと思って冒険者ギルド持って行ったの! 随分と買いたたかれちゃったけど、それでも馬車を買えるくらいのお金にはなったのよ」

「……それで」


 馬車は高いと聞いていたが、通りで乗れているわけだ。


「私が口利きしたのよ」


 と、ちょっとドヤ顔のメル。褒めてほしそうだったから頭をなでてあげる。


「どうしたの? あんまりテンション上がってないみたいだけど」

「…………実感が、わかないんだ。1人、殺したってのに」

「まだ……。残っている、から、じゃない……? 殺す、相手が……」

「……ん。そうかもな」


 俺はそう言って、荷台から後ろの風景を見た。かろうじて平らにされている土の上を馬車は走っているが、周囲は草に覆われた草原だった。見ると地面がぬかるんでいる。これじゃそんなに速度が出ないだろう。


「どうして、ユノは俺を助けてくれたんだ?」

「……ユツキが、私を助けてくれたからよ」

「……そっか。ありがとな」


 俺はそう言って前を向いた。


「良いって。それに、私の耳を見ても何も言わない理由も分かったし」

「ん? ああ、あれか。猫みたいな……」


 俺がそう言うと、ユノはこちらを振り向いて静かにフードを取った。やはり、そこには猫のような耳が相変わらずついている。ステラもメルもそれを知っていたのか、驚いた様子を見せなかった。


「そ。私、獣人なの」

「何で隠してるんだ?」

「……数年前の、戦争でね」

「戦争? ああ、魔物と人の」

「その時、一部の獣人が人族に反旗を翻したの。それで、今もまだ獣人は嫌われてる。あの戦争は、やっぱり大きかったから」

「……嫌なこと聞いたな。悪かった」

「良いって。どうしようもないし、“稀人まれびと”ならそれこそ無関係だしね」

「良い奴だなぁ……。ユノは……」

「えっ!? 泣くほどのことなの!!?」


 人生で出会って来た中でトップクラスに良い奴過ぎて涙が出てきた。


「んで、これどこに向かってるんだ?」


 涙を流したまま、俺はユノに聞いた。


「ふふふっ。黒竜オリオンの“魔核”を売り飛ばせる場所……! 全ての商品と情報が交差する街!! 『商業都市インダスタル』よ!!」

「お、おお!?」

「そこなら絶対この“魔核”も売り飛ばせるわっ!! それに、ユツキの

 も揃うでしょ?」

「ユノぉぉおおお!! 俺お前のこと大好きだよぉおお!!!」

「はっ!? ちょ、ちょっと! なんてこと言うのよ!!!」


 大号泣する“稀人まれびと”を乗せたままユノの馬車は次の都市に向かう。



 “稀人まれびと殺し”。


 その情報は3人と1体が想像しているよりも速く世界に広がっていた。情報を手に入れた“稀人まれびと”たちは動き始める。


 『戦争』によって停まっていた世界が、これを皮切りに再び動き始めたのだ。


 ただ1人の少年を巡って――――。


 To be continued!!!






―――――――――

これにて1章終わりです!

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