第32話 狩人

「なっ、なんでここに居るんだ! 速く逃げろ!!」

「お、音がして……。怖くて、逃げれなくて……」


 俺が怒鳴るようにユノに言ったが、ユノはぶるぶると身体を震わせて返してきた。


「良いから早く逃げろッ!!」

「わ、分かった……」


 ユノはかかっていたフード付きのコートを取ると、頭の猫耳を隠して素早く逃げだそうとした。だが、それよりも先にナノハが宿に飛び込んできた。


「その子が君の大切な人?」

「ちげーよ」


 息を吐くように嘘をつくと、『暗殺術』を発動。世界に溶け込む。ナノハはとっさに短剣を取り出すと構えた。どこから来るか分からないため、全方向に警戒しなければいけない。その緊張感は到底、言葉では言い表せれないものだろう。


 だが、それは彼女が狩られる者だからだ。


 そう。


 どれだけ彼女が自分に自信をもっていようとも。

 例え彼女がどれだけ強くとも。


 この場では、俺がだ。


 俺は地面に転がった瓦礫のうちの1つを手に取ると、それをナノハの足元に投げた。コツ、と音を立てて地面に瓦礫が転がる。びくっ、とナノハがその身体を反射的に震わせて驚く。


 そこに、飛び込んだ。どぷん、と音を立ててナノハの身体の中に腕が入る。必ず殺すと誓った相手。ここで絶対に殺す。確実に殺せると思える心臓に手を伸ばす。既に彼女の治癒担当ヒーラーである『原初の古狼オリジン・フェンリル』は殺している。


 だから、あとはこいつだけ――――ッ!!!


「モルちゃん! 砕いてッ!!!」


 地面に黒い魔法陣が走った。そこから闇が溢れると、出現した巨大な骨の腕がまっすぐ俺に向かってくる。潰れたって、俺が死ぬわけがッ!!


 触れては、駄目よ――。


 短い天使ちゃんの忠告。俺は反射的にナノハの身体から腕を引くと、後ろに飛んだ。骸骨の腕が宿を粉々に壊滅させる。俺は地面に飛び降りた。追撃の腕が伸びてくる。駄目だ。走って逃げても相手がデカすぎるッ!


 逃げ切れないっ!! 


 骸骨の腕が俺へと伸びる。そして今まさに掴まれると言った瞬間、天使ちゃんが前に飛び出た。


「天使ちゃん!」


 骸骨の腕が天使ちゃんに触れるか触れないかといったところで完全に静止。そして次の瞬間、凄まじい速度で魔法陣の中へと戻っていった。


「モルちゃん!?」


 ナノハが驚いた声を上げる。天使ちゃんは人には見えない。だから、何が起きたかナノハには分からないのだろう。……俺にも何が起きたか分からないが。


 私は天使。あなたの天使――。


 唄うように、天使ちゃんがさえずる。


 あなたの恨みは私の恨み――。


 俺はもう何も考えていなかった。ただ、走って、走って、走って。


 そして、ナノハの胸に向かって手を伸ばすと心臓を掴んで。


「俺のッ」


 一気に引き抜いた。


「勝ちだァ!!」






 弱いスライムは夢を見る。それも昔の夢を見る。

 見れば仲間が死んでいた。そんな昔の夢を見る。

 そこいたのは黒竜だった。だから、忘れもしない夢を見る。


『スライム如きが、鬱陶しいッ!!』

「……あんたは、これから……そのスライム如きに……殺されるんだ」


 オリオンは吠える。彼が吠えるために甘い覇息ブレスが口かられ、街に降り注ぐ。降り注いだ覇息ブレスは街を焼く、人を熔かす。オリオンはステラを嫌がって地面に舞い降りて、ステラがくっついていた首を地面に叩きつけた。


 何度も、何度も何度も叩きつける。強靭な黒竜の鱗によって守られたオリオンはそれだけやっても身体に傷一つつかない。だが、地震のない土地に建てられた他の建物はその振動に耐えられない。


 黒竜の叩きつけによって倒壊した建物にいた人たちが生き埋めにされる。だが、その中においてステラは竜の背中に移動していた。


 ユツキが“稀人まれびと”を殺したがっていたように、ステラも黒竜討伐をい願っていた。それも、自分の手で果たされることを。


 彼は特異体だった。スライムに生まれたのにも関わらず、ありえないほど高い知能を持っていた。だから、仲間たちを導いた。自分がやらなければと思っていた。いつかはスライムが狩られないような。一方的に殺されないような、そんな世界にしたかった。


 しかし、それはたった1度の災厄によって打ち砕かれた。


 “黒竜”という絶対強者が、その地に舞い降りた。


『有象無象が群れるな』


 その1言によって、ステラが率いていたスライムの群れは壊滅した。オリオンにしてみれば特に意味のない、強者の暇つぶしだったのだろう。だが、それによってステラは全てを失った。


 その後、1人の“稀人まれびと”と出会った。もう5年以上も前になる。人とモンスターの戦争。互いが互いに生き残ることを賭け、勝つためなら何でも許されたあの時代。北にある『皇国』は兵器として異世界より“稀人まれびと”を呼び出し、戦争に投入した。


 あまりの強さに、元の世界から弾かれた者たちを呼び出して戦争へと投入したのだ。


 ステラが出会ったのはその1人。彼はいつも笑い、故郷に残してきた彼の仲間のことをいつも案じていた。弱いステラは、彼の側にいて彼から全てを学んだ。


 人の身でドラゴンを倒す術を。

 人の身でおおとりを殺す術を。

 人の身で“魔”を祓う術を。


 そして、最後に彼はステラをおいて最後の戦いにおもむいた。魔の神たる『魔神』。ソレを殺せば元の世界に戻れると信じて。


 結局、彼がになったのか、ステラには知る術はない。


 もう何年も前の話だ。その“稀人まれびと”が生きているのか、死んでいるのか。元の世界に戻れたのか、それともまだこの世界にいるのかどうかも知らない。ただ、ステラが知っているのは彼の技だけ。


 魔法を使わず、人の身にして極められた格闘術だけ。


「“輝ける”オリオン……。“”は……良いか」

『笑わせるなっ! 地に伏せる最弱種が、最強種たる我に覚悟を問うかッ!!』


 ステラは頭に乗り移る。


「……もちろん」


 ステラは身体を震わせて、


「だって、お前はここで…………」


 スライムの身体を動かしている念動性の液体は、魔法を使う時の燃料たる魔力への変換効率が非常に高い。ならば、“核”の周囲を魔法によって硬め、身体に存在する大量の粘液を一瞬にして魔力へと変換すれば。


「死ぬ」


 それに魔法を使い、指向性を与え、純粋なエネルギーを衝撃インパクトに変換すれば。


 螺旋の動きを与え、円錐状に成型し、それを撃ちだせば。


 ――――“魔核”は万象一切を穿つ魔弾となる。


「脳に刻め」


 彼からもらったこの名前ステラ


 それに恥じぬその技は、


「『星穿ホシウガチ』ッ!!!」


 キュドッッッツツツツツツ!!!!!


 円錐状に指向性を与えられた魔力の槍がオリオンの頭部に侵入。鎧たる竜鱗を砕き、脳漿をぐちゃぐちゃに破壊する。だが、止まらない。止まるはずがない。己の身体が散ることすら厭わないこの技がその程度で防がれるはずがない。


 そして、ステラは竜の頭を貫いた。


「……スライムでも、竜は、殺せる…………」


 残った魔力で最低限の身体を作って“核”の周りを覆うステラ。


「……ユツキ、頑張れ」


 その日、の竜殺しが生まれた。



「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 俺の叫び声が路上に響く。ナノハの腕が、俺の手を強く握る。声にならない声で、放せと叫んでいる。その静止の声は、俺の耳には届かない。俺の心には、届かない。


 その時、空から激しい音が破裂した。何が起きたか見えなくても分かる。ステラがオリオンを討ったのだ!!


 次の瞬間、明らかにナノハの力が弱まった。だから俺はもう、ためらわなかった。ナノハの手が俺の腕を放す。一気に俺の腕が彼女の身体から離れる。


 俺の手に収まる小さな心臓。それが引き抜かれ、俺の手のひらでわずかに脈動した。


「な、んで……。私が、こんな……ところで…………」


 その心臓にくっつき、煌めいている石がある。


「…………俺は、許さねえ」


 俺は心臓を失って地面に倒れているナノハを見下ろした。


「これからも殺すんだね」

「ああ。そうだ」

「……あなたには、無理だよ」

「やってみなきゃ分かんねえよ」


 煌めいている石は、まるで心臓そのものが石を隠しているように、大事に心臓に座っていた。


「……むり、だよ。あなたは、マコトに、勝てない。アイ、にも、勝てない。ユウに、だって、勝てや……しない」


 その名は4人組の名前だろう。俺から【創造魔法きぼう】を奪った奴らの名前だ。


「私は、王都に、呼ばれていた……。私は、この国の……英雄に……なれる、はず。だった」

「……なれなかったけどな」

「“稀人まれびと”殺しは…………。この国、が、あなたの、敵」

「…………」

「後悔、すれば……良い。“稀人まれびと”、だけが……強い、わけじゃあない。この国、には1人で戦争を変えた、“聖騎士”がいる。魔法の、時代を切り開いた、“賢者”、がいる。神の、加護を受けた、“聖女”が……いる。そして、何より『魔神』を、殺した……“勇者”が、いる。それが、あなたの……敵になる……」

「…………」

「一足先に、地獄で……待ってる……よ」


 死んだ。


 俺が、殺した。


「……強い、やつだ」


 まずは、1人。


 ようやく、成し遂げた…………!


 残るは3人。


「絶対に、見つけ出す」


 息を吐く。


「絶対に、殺してやる」


 俺は月の無い空を見上げて、血に染めた手を見下ろした。


 そして、もうナノハが動かないことを知った瞬間、


 ゆっくり、眠りなさい――。


 宙を舞う天使ちゃんを見ながら、俺は気を失った。

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