第27話 準備
「明日の夜に決行する」
俺はいったん館を後にすると、外で待っていたステラと合流した。
「……決断、早くない?」
「いや、これ以上は待てない」
「………。何か、あったんだね」
「ああ」
ステラは、武者震いでもするかのように身体をぶるりと震わせた。
「…………また、笑ってる」
「へ?」
気が付けばまた口角が吊り上がっていた。慌てて顔の力を抜くと、口の周りにおかしさを感じるものの、顔は元に戻った。
「とにかく、今日はもう帰ろう」
「そうだね……」
俺たちはそう言って、夜の闇の中に隠れる様にして宿へと帰った。宿の部屋に戻ると、俺は倒れ込むようにして眠りについた。
「人を恨んじゃあダメだ」
夢を見た。そこに居たのはもう10年も会っていない父親だった。
「ユツキは良い子だから、みんなを許してあげれるだろう?」
父はそう言ってほほ笑んで、そっと俺の頭をなでてくれた。俺はそんな父親が好きだった。
「何で、恨んじゃダメなの?」
「人を恨めば、天使が見えるんだ」
きゅ、と心臓から音がなった。
父親はそっと
「天使が見えたら、いけないの?」
「……自分を止められなくなる。だから、人を恨んじゃダメなんだ。ユツキ、お前なら出来るはずだから」
「お父さんは、天使が見えるの?」
俺の言葉に父親はそっと笑った。
「秘密だよ」
「えー」
そう言って俺は口をすぼめた。
「もし、もしも天使が見えて。自分が止められなくなったらどうなるの?」
俺はそれが知りたかった。何が起きるかを知りたかった。だから、父親にそう聞いた。
「人を殺してしまう」
その父親の目は、ひどく冷たかった。
「……っ!!」
思わずベッドから飛び起きた。窓から朝日がひどく強くさしている。眩しくて、思わず目を細めてしまう。寝巻が汗でびっちゃりだ。気持ちが悪いのですぐに服を脱いだ。
「……。随分な、寝起き……だね……」
「あァ……」
床で眠っていたステラが起き上がってそう言った。
「嫌な……夢でも、見たの……?」
「嫌なっつーか、変な夢だったよ……」
あの夢は、
だから、あの夢は夢なんだ。
それにしては嫌な
「緊張……してるんじゃ……ないか?」
「まさか」
俺はそう言うと、服を着替えた。ちょっと身体が汗臭いがこの世界では簡単にシャワーが浴びることが出来ないので、仕方がないだろう。
「街に出よう」
「そうだね……」
ステラはまだ眠そうだったが、俺について来てくれた。
「……昨日、ユツキが……館に入った時……オリオンの……気配が、あった」
「どっから?」
朝食を食べるために適当な店を探していると、ステラが突然そう話しかけてきた。
「館、から」
「うん?」
黒竜といえばあのノフェスとナノハが倒したというもっぱらの噂のはずだが。
「間違いない……。この、僕が……あいつの気配を……見落とすはずが……ない」
「なら、黒竜オリオンはあの館にいるってことか?」
「……正確には……オリオンの……気配だけど……」
「うーん? どういうこっちゃ」
「……ナノハの、2つ目の名前」
「“魔物の姫”か?」
まったく大仰な名前だと思う。そんなものが自分に付けられるかと思うと恥ずかしすぎて外に出られなくなる。絶対に黒歴史間違いなしだ。俺の2つ目の名がない事に感謝感謝。
「ユツキは、知ってるんじゃ……ないか。ナノハの、能力。“
「“
「僕の知っている……“
俺は数週間前の出来事を思い出して、口に出した。
「【
「……魔物を使役する、能力か。“
「同じスキルでも“
「変わる……場合も、あれば……変わらない、場合もあるけど……。才能を、持っているなら……。同じ、名前でも……スキルの効果は……違う」
「なるほど」
ナノハのスキルは、魔物を使役するだけじゃないってことか?
「黒竜は……倒されて、いない……かもしれない」
「
「可能性は……捨てられない……。“
朝っぱらから重たい話をしながら、歩いていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ユツキー!」
見ると、大通りの端っこで売り物を広げたユノが商売をやっていた。
「ユノか。売り物は戻ってきたのか?」
「うん。朝ここに来たら昨日のものが全部置いてあったの」
「良かったな」
俺が笑うと、
「ユツキのおかげだよ」
と、ユノが照れ臭そうに返してきた。
「どう? なんか買っていかない? 特別に安くしておくけど」
「じゃあ、ちょっと見ていくよ」
売り物とは言っても、ユノが扱うのは日用品じゃなく雑貨である。今は自分の部屋を持っていないので、あまりものを増やしたくないのだがフードの奥でキラキラとした瞳でこちらを見ているユノに申し訳が無いので何かを買おうと思っているとふと雑貨の中に紛れた仮面が目に入った。
特に変哲の無いただの仮面だ。だが、不思議とその面に引き寄せられる。
「この仮面なに?」
「えっとね、魔除けのお面だって」
「魔除け」
「うん。怖い顔しているでしょ? だから、それを付けて踊って魔を寄せ付けないんだって」
「……ふうん?」
そういう土着の話は有名なものがいくつかあるが、どれもこれも鬼の面をしていることが多い。それはやっぱり日本だから、というものもあるだろう。この面は鬼にも似ていたがどちらかというと
「じゃあ、これ貰うよ」
「ほんと!? それ買い手がつかなくて荷物だったの!!」
「そういうこと大声で言うなよ……」
買う気が無くなるじゃん……。
「んで、これ幾ら?」
「安くしておくよ。銀貨12枚でどう?」
「まあまあするな……。まあ、買うよ」
「まいどあり!」
俺は財布から銀貨を12枚取り出すと、ユノに手渡した。彼女はこれからも行商人として生きていくのだろうか。
当然、生きていくのだろう。
人を殺す、俺とは違う。心が優しい少女だから。
「元気でな」
「きゅ、急にどうしたの? 旅にでもでるの?」
「いや、言っておきたかっただけだよ」
そう言って、俺はユノの露店を後にした。これから、もう会うこともないだろうから。
「……明日、から……どうするの……?」
「この街から逃げだす。もう戻って来ない」
「……まあ、そうだよね」
当然だ。人を殺しておいて、同じ街でのうのうと暮らせるはずがない。
俺たちは朝食を取ると、
「毒薬を売って欲しいんです」
「毒薬? ネズミ殺しですか?」
眼鏡をかけた初老の男性は何でもないかのようにそう言った。
「いや、モンスターを殺せるようなものです。オークとか」
「オークを殺せるような毒薬ですか。そういうのは騎士さんとか、狩人さんとかじゃないと売れないように領主様より言われてましてね」
俺は胸元から狩人証を取り出した。
「これで、良いですか?」
「ああ。君は狩人さんでしたか。珍しいですね、若いのに」
……まあね。
「オークを殺せる毒薬と言ってましたが、どれくらいの毒性の物をお求めですかな?」
「この毒はすさまじい。オークの肌に一滴たらしただけで死に至ります。けれどその分、管理が大変。人ですと臭っただけであの世行きですな」
「じゃあ、それで」
「ひひっ。お買い上げありがとうございます。銀貨70枚ですよ」
「安いですね」
「誰も買いませんからな」
そういうものだろうか? むしろそれだけ貴重なものなら高くなりそうなものだが。
「では取り扱いには、くれぐれもご用心を」
そういって男は小瓶を包んで俺に手渡してきた。
「どうも」
「今後ともご贔屓に」
俺はそれをポーチにしまった。
準備は全て整った。
――――待ってろよ。ナノハ。
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