第25話 策略
「…………。落ち着け」
「分かってる」
俺が動くと思ったのか鋭くステラが釘を刺してきた。けど、別に俺だって何も考えずに動くわけがない。今すぐ殺しに動くはずがない。
今の俺では、
「知り合い?」
「まさか」
ユノの問いかけをはぐらかして、俺は視線を戻した。食堂にいる人たちはそこにナノハがいるとは気が付いていないようで、いつも通りに飯を食っている。もしかして、この食堂の常連なのか……?
というか、
「もしかしてお前、ナノハか!?」
突然、酒場の1人がナノハの存在に気が付いた。彼は手に持っていたジョッキをこぼしそうになって、慌てて掴み直す。だが、その男の声が響き渡った後、酒場の中はシンと静まり帰った。
「そだよー。おじさん私のこと知ってるの?」
「あ、あんたは娘の命の恩人なんだ!」
「うん? ああ、黒竜ね」
その時、ステラの身体がぶるりと震える。
「そ、そうだよ。礼を言いたかったのに、見つからねぇでよ」
「ちょっとこの街にいなかったからねー」
「何か恩返しさせてくれねえか?」
「恩返し? じゃ、ここのご飯奢ってよ」
「も、もちろんだ!」
大声のやり取りを見守っていた男たちがそれを聞いて、わらわらとナノハのテーブルに集まり始めた。
「誰と一緒にいるのかと思えばノフェス様じゃねえですか!」
「ノフェス様!? こんな所で何されてるんですか!」
「いや、食事に付き合わされてるだけ……」
小さい声でノフェスが反論する。しかし、男たちはそんな声は聴かずにさらに続ける。
「ほぇー。ノフェス様はもしかしてナノハに気があるのか?」
「無いが……」
「へへ。ノフェス様とナノハが一緒にいてくれるならこの街は安心だなぁ!」
「ああ。何てったってあの“輝ける”オリオンを倒したんだもんな」
「人族で5人目の
「ノフェス様が自分の領地を持つかもなぁ」
酒場にいた奴らが好き勝手に集まって喋っているうちが、ナノハに気が付かれずに帰れるチャンスだろう。俺はそう思ってテーブルにお代をおいて食堂を後にした。
「今日はありがとう」
「良いって」
「ううん。やっぱりちゃんと言っておきたいから」
そういってユノは笑った。
「そいや、ユノ。今日泊る宿はあんのか?」
「え゛っ……」
「考えてなかったのか……」
仕方がないのでポケットから銀貨10枚を取り出して握らせた。
「女の子なんだから、ちゃんとしたところで寝ないとだめだろ?」
「あ、ありがとう……」
「じゃあな」
「ま、またね!」
「ああ、また」
俺はそう言ってユノと別れた。そして、路地裏に入るとそっと息を吐く。そして、ステラを見た。
「先に帰ってても良いんだぜ」
「……。手伝うよ」
「じゃあ、バレないようにしなきゃだな」
そう言って、俺は『隠密』スキルを使った。街灯もなければ、街の中に松明が置かれているわけでもない。闇の中、うっすらと
「見えるか?」
「……。場所が分かってるから……注視すれば……うっすらとだけ……」
「目の前で使っても、そこまで隠れられるのか。凄いな」
「声が……小さい……。聞き取りづらい」
「マジ? 結構デカい声で喋ってんだけど」
「それも……。『隠密』スキルの……力……。凄い、ね」
「ああ。やるぞ」
「今……から……?」
「馬鹿言え。こういうのは準備が大切なんだ。殺すための準備がな」
「ふうん……。何か……考えが……あるん、だね……」
「そりゃ」
というわけで、俺達は路地裏でひたすらに時間を潰した。正確な時は分からないが、そこで待っていたのは30分くらいだろうか? ナノハとノフェスが、食堂にいた男たちに囲まれるようにして大通りに出て来たのだ。
「みんな、ありがとねーっ!」
「……うう。飲み過ぎた…………」
「また会おうなぁ!」「俺たちの希望!!」
「頑張って!!」
こんな夜中なのに、ここまで騒げるものだ。それが酒の力というやつだろうか?
俺には全く縁のない話だが。
「んじゃ、大将。帰ろっか」
「ま、待ってくれ。君が3人に見える……」
「えぇ……? 幻覚見えてるって相当だよ?? 酔い覚ましてあげようか?」
「いや……。まさか酔いを覚ますためだけに『
「えー。くーちゃん大将のこと気に入っているから大丈夫だってぇ」
俺とステラは色々廃材を駆使して、建物の屋上に登っていた。無理に後ろをついていくと、バレると思ったからだ。
2人は適当に話し合いながら中心街に向かって歩いていく。だが、その後ろ姿は異様なまでに隙だらけだ。隙だらけだというのに、俺にはナノハを殺せるビジョンが思い浮かばない。
何をやっても、どうやっても、ここでナノハは殺せない。そう、思ってしまう。
だが、相手は人間だ。人間であるなら、殺せるはずなのだ。
「ちょっかい、出してみるか?」
「…………。やめて、おいた……ら」
2人の後ろをついていくと、ふとナノハが立ち止まった。
「……どうした?」
「うーん? なんか見られてる気がして……。ね、くーちゃんはどう思う?」
ナノハは地面に向かってそう聞くと。
「うん。うん? ああ。そう」
「……なんだって?」
「後ろ見てって」
そういってナノハが後ろを振り向くと、俺達とは別にナノハの後ろを歩いていた酒場の男たちがいた。
「どしたの? みんな?」
ナノハがそういうと、男たちは照れ臭そうに笑った。
「い、いや。ウチの娘と歳が近くてよ……」
「ほら、夜道だし……危ないから……」
「ノフェス様も酔いつぶれちゃってるし……」
「もしかして守ってくれてたの!?」
「俺たちより強いって分かってるんだけどな……」
「どうしてもよ……」
そういう男たちに感極まったのかナノハは飛び上がった。
「ありがとね! 本当にありがとね!!」
あっぶね……。
俺達の尾行がバレたのかと思ったぜ……。
「おいどけェっ!!」
だが、そんな男たちを後ろから複数人の男たちが無理やり間を空けて、入ってきた。
「お前が魔物の姫のナノハだな」
「誰? ド派手なタトゥーだね」
「俺はアルミロ。皮剥ぎのアルミロだ」
「知らない。大将知ってる?」
ナノハが手に持っていたノフェスを見ると、完全に眠ってしまっているようで。
「お、おい。なんでマフィアがここにいるんだよ!」
「そうだ! なんの用があってナノハに立てつくんだ!!」
「チッ、うるせえな。てめえらの顔の面、剥いでやろうか? あ?」
アルミロがそうガンを飛ばすと、男たちは完全にビビってしまって黙りこくった。
「俺のことを知らねえだと? とぼけるんじゃねえよ。今日の夕方、お前が俺に何をしたか。忘れちまったのか?」
「今日の夕方? なんかしたっけ??」
…………やっべ。
希望通りじゃない――――。
そうは言うけど天使ちゃん。まさか、こんなに早く激突するとは思わないって……。
「兄貴、こいつやっちゃっていいですか?」
「ああ。黒竜を退治したとか何とか言ってるが、どうせ嘘だ。俺達に勝てるわけがねえ!!」
「顔面ぐっちゃぐちゃにしてやるぜェ!!」
おお!? 凄いぞアイツ。
ナノハを前に全く
馬鹿だからよ――――。
し、
アルミロの舎弟は、拳に何かの魔法をかけて殴りかかった。だが、それをナノハはその拳を手で掴かむとぎゅっと握る。
ばしゃ、と音がなった。
「あぁぁぁあああああああああ!!!!」
それが、人の拳が潰れた音だと分かったのは地面に真っ赤な液体が拡がった後だった。
「テメェッ!!」
隣にいた男が蹴りを放つ。だが、ナノハはただ立って背中で受けた。次の瞬間、バキッと木の枝のような音がして蹴った男の足が折れた。
「か、硬すぎる……」
……なるほど。骨が折れるほどの強度か。
じゃあ、あの背中は鉄くらい硬いのかな?
仕掛け人が高見の見物といくのは性格が悪いかも知れないが、そもそも潰されてるのはマフィアである。彼らが潰れて困るのは商人とマフィアくらいだろう。ま、商人たちもこれに懲りてちゃんとした『商会』ギルドを作れば良いんじゃないかな。
「ざけんなッ!!」
今度は後ろに立っていた男が剣を抜いてナノハに斬りかかったが、彼女は斬りかかられる瞬間に刃を真横からグーで殴った。その時、ナノハが殴ったところから先の刃が地面と水平に吹っ飛ぶと建物のレンガにビイィン、と突き刺さった。
「えぇ……」
アイツが天使さんからもらったプレゼントって【
「もしかしてさ」
真正面から斬りかかった男の刃を素手で掴んで、そのまま金属部分をぐちゃぐちゃに握りつぶすとナノハは言った。
……だいぶ強いな。彼らが真正面から向かっても勝てない。なら、当然俺が真正面から向かっても勝てないだろう。ならば、どう殺す?
「“魔物の姫”だから、私が弱いと思ってる?」
「……ヒッ」
アルミロはそんなナノハに悲鳴をあげると、2歩3歩後ろに下がった。
「たしかに、私の友達はみーんな強いよ? けどね、私は“
「ば、化け物ッ!!」
「えー。こんな可愛いのに……」
そう言って、ナノハは手に持っていた剣を捨てた。刃を掴んだというのに、その手に一つも傷が入っていない。
「だいじょーぶ。みーんな見逃してあげる。殺しはしないよ」
「な、何で……」
アルミロは相当に威厳を失ったようで、半分泣きだしそうな声でそう言った。
「だって、ファウテルの街の人でしょ? 私が守る相手を、私が殺しちゃだめでしょ」
「そ、それは……」
「じゃあね」
ナノハはそれだけ言うと、眠ってしまったノフェスをちらりと見ると口を開いた。
「ゴーちゃん。来て」
その瞬間、地面に複雑怪奇な魔法陣が描かれると2m近くある白銀の人型が現れた。
「大将寝ちゃったから、運んであげて」
ナノハがそう言うと、人型はノフェスを担いで歩き始めた。そうか。あれが、【
「…………。流石、“
ステラはそういって、身体の向きを変えた。
「……ユツキ?」
「あん?」
「…………。何で……笑ってるの……?」
「え?」
ステラに言われて、初めて俺は自分嗤っていることに気が付いた。
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