第24話 食堂――対敵

「ど、どうだった……?」


 大通りの端っこのほうでじっと待っていたユノと合流した。


「分からん。向こうにもメンツがあるから、すぐにでもってのは難しいだろうけど……。ただ、おいた。まだ待ってみよう」

「……ありがとう。私のために、ここまでしてくれて」

「良いって。俺がしたかったことだし」


 でも、解決してないわ――。


 分かってる。


 どうするの――。


 何とかするんだ。


 何とかって――――。


 呆れたように天使ちゃんは肩をすくめると、ふわりと浮かびあがって頭から肩へ乗り移った。


「これからどうする?」


 俺がそう聞くと、ユノは大きくお腹を鳴らした。ちらり、とそちらを見ると恥ずかしそうにお腹を抑えて顔を真っ赤にしたユノ。


「ご、ごめんなさい。昼から何も食べてなくて」

「お金は持ってるの?」

「ううん。全部盗られちゃったから……」

「じゃあ、奢るよ」

「そんな! 悪いわよ。こんなにしてもらって……」

「困った時はお互いさまってね」


 俺はそう言うと、3人で食堂に向かった。……ん? ステラって1人なの? 1体なの?


 細かい男ね――――。天使ちゃんはがそう言いたげに俺の方を見つめてきたので、俺はそれを考えるのは辞めた。


「ここは俺がおごるから、好きなだけ食べてくれ」


 人生で一度は行ってみたい台詞ベスト3に入るセリフを言ってどや顔をしていると、ユノは申し訳なさそうにしながらも店の壁にかかっているメニューを頼んでいく。


 1つ、2つ、3つ、4つ……。


「……結構、食べるね」

「え、ご、ごめん」

「いや、良いんだ。金はあるから好きなだけ頼んでくれ」


 5つ、6つ……。と、そこでようやく注文が終わったので俺がいつも頼んでる肉料理を頼み、ステラも同じ物を頼む。


「よく食べるの?」


 注文が来るまで1杯銅貨10枚の水を飲んで待つ。それだけでは暇だったので、俺はユノにそう聞いた。


「そ、そうね……。私がいた村では、結構食べる方だったわ」

「そっかぁ」


 俺たちがいるのは大衆食堂。つまり、安い・速い・多いをひたすらに追及した店である。その分、味は相当にアレだ……。つまり、食えりゃあなんでもいいんだよって連中がたむろするのがここなのだ。


 しかも、こんなところで出てくる料理と言えばあり得ないほど多い。なんと言っても肉体労働やってる男向けの店なんだから当たり前っちゃ当たり前で。


 そんなとこに女の子連れてくんなと言われればそれまでなのだが、この街は街の中心にある中心街にレストランが集中しており、そこのレストランの食事はアホみたいに高い。だが、逆に安い店を探すとこういう大衆店しかないのである。


 食事が上と下に振り切っており、その中間がこの街にはないのだ。以上、気の利かない男の言い訳終わり。


「なんでユノは行商人になろうと思ったんだ?」

「……いろんなところを見てみたかったの」

「いろんなとこ?」

「うん。私の村は……すごい、辺境にあってね」

「『最果て』の近くか」

「……うん」

「なるほど」


 水を1口飲む。田舎と都会。日本にもあったが、ここにもあるか。


「それでね、ある時思ったの。ああ、私はこの村以外を知らずに死ぬんだって。なんだか、思ったらすごい勿体ないと思ったのよ」

「それで、行商人に?」

「うん。最初は村を相手にする行商人だったの。私は村出身だから村人が好きそうなものって大体分かるのよ。なんか外っぽいもの、その村にはないものを持っていけば良く売れるの」

「へー。商売人だな」

「えへへ。ありがと。でも、村人ってお金は持って無いの。だから物々交換で品物を手に入れていって、街で売れそうなものを持って街で売るのよ」

「売れるのか?」

「それなりに、ね」


 その時、そっとユノの視線が下がった。これは悪いことを聞いたな、と思ってバツが悪い気分になった。困った俺は話題転換のために、頭の中で色々考えて口を開いた。


「荷物が返ってこなかったら俺と一緒に狩人やろうぜ。それで、稼いで、また行商人やればいい」

「……そういえばユツキって強いの?」

「オーク狩れるぞ」

「え!? 凄いっ!!!」


 おー、受けた。今度からこれ持ちネタにしようかな。と思ったのだが、


 男の自慢ほどつまらないものは無いわ――――。と、珍しく天使ちゃんが俺のほっぺをつねってくると程に激しくツッコミを入れてきたので自制することにした。


「ね、なんでユツキってそんなに私に優しくしてくれるの?」

「……昔の、俺みたいだからかな」

「なにそれ」


 そういってユノは微笑んだ。


「おまたせ!」


 その時、ユノが頼んだ料理が運ばれてきた。


若鶏の丸焼き、赤豚のクルミ焼き、ロウロン草のソテーにアユの炭火焼に鮭っぽい魚の塩焼きレモン添え、そして最後にホルモン焼きである。俺も人のこと言えないけど、もうちょっと野菜取った方が良いんじゃないか。


なーんてことを思ったものの、俺もステラも本当に人のことを言えないので黙って飯を食う。


 ちなみにだが、ステラはお皿を掴んでそのまま口っぽいところに飯を流し込むという食べ方で食事をとる。お前はカオナシか何かなの?


「おいしー!」


 こんな男だらけのむさくるしいところに連れて来たのはちょっと失敗だったかなーと思ってたけど、ユノはフードの下ですっげえ笑顔を浮かべてバンバン食ってるし、逆にこっちの方が良かったのかもしれん。


「こんなにいっぱい食べれて夢みたい!」

「そりゃよかった」


 俺は自分が食べるのも忘れて、ただユノが食べる姿をじぃっと見ていた。まるで早送りの映像を見ているかのようにどんどんとユノの腹の中に食べ物が飲み込まれていくのをみるのは圧巻である。というか、これはこれで何か良く分からない心地よさがある。


「あれ? ユツキもステラも食べないの?」

「い、いや。食べるよ」


 見るとステラも驚いた様子でユノの大食いを見ていた。


「…………」

「……すごいね」

「……そうだな」


 なるほど。これが良い食べっぷりってやつか。


 俺は今の今まで大食いを見るという行為に何も楽しさを見いだせなかった……というか、そんな大食い見るくらいなら俺にも食わせろという気分で生きてきたが、こうして目の前で実際にやられるとその面白さが分かった。


 あれだけの量をすごい勢いで飲み込むというところに1つの気持ちよさが発生するんだな。すげーや。


「はー、なるほど」

「どしたの?」


 俺が頷いていると、ユノがちらりと俺の方を見た。


「いや、次も飯を奢ってもいい?」

「えっ!? 良いの!!?」

「うん。その食べっぷりを見せて欲しい」

「そ、そっか」


 ちょっと微妙な顔して俺の言葉を受け取るユノ。


 乙女心を考えなさい――――。


 天使ちゃんから再びの説教。おとなしく聞いておこう。


「ねね。ここ開いてる!?」


 その時、酒場全体に響き渡るような大声が後ろの方から響いてきた。ちらり、と後ろを見ると小さな背丈の少女が店員に案内されて開いたテーブルに腰かけているところだった。その対面にいるのは……ノフェスだ。なら、そこにいるのは。


「うーん。何にしよっかなぁ」

「ナノハ。もう少し声を小さくしたらどうだ」


 ……ナノハ。


「大将ー、器が小さいよぉ」


 後ろ姿しか見えないが、間違いない。


 そこにいるのは――――必ず殺すと決めた復讐相手の1人であった。

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