第23話 暴力

「この『ム・ルー』の酒場にこそこそと入ってきやがって! 生きて帰れると思うなよッ!!」


 まだ『隠密』スキルを切ってはないと言っても、アルミロには完全にバレている。それに彼の舎弟にも注視されて、『隠密』スキルの効果が切れつつある。


 逃げるか? そう思って店の唯一の入り口の方を見ると、アルミロの舎弟が既に扉を閉じつつあった。なるほど。どうやら完全に俺はこの中に閉じ込められたらしい。


 さて、どうしたものか。


 殺す――?


 物騒だね、天使ちゃん……。


 あいにくとその選択肢は取れない。ナノハを殺すまで、この街で目立つ行為は避けたいからだ。窓から逃げ出そうかと思ったが、窓枠が頑丈そうなのが気になった。運悪く窓枠にハマろうものなら目も当てられなくなる。


 なら、残された選択肢は1つ。ここの連中を、全員立ちあがれなくなるまでぼっこぼこにする。困った時は暴力で解決だ。嫌な社会だが、あいにくとこの世界ではそれが通用してしまう。そう考えると良い世界なのかもしれない。


 敵をオークレベルだと仮定する。酒場にいるのは30人。


 全員、突破出来るだろうか?


 自分に問いかける。もう、自分に嘘をつくのはやめたのだ。誰よりも、何よりも自分の心に正直になると誓ったのだから。


 全員、倒せるだろうか?


 再び自分に問いかける。2、3度その場で足を上げる。身体は軽い。この世界に来てから、自分でも驚くほど運動能力が上がったと思う。それに『身軽』が加わった。周りをマフィアに囲まれた状態だというのに、『忍びの呼吸』が


 だから、俺の心は笑った。


 出来る、と。


 こんな俺でも出来る。と、そう笑ったのだ。ならばやろう。ユノが困っていたのだ。俺の心が限界を見たがっているのだ。これで引くのは、あり得ない。


「シッ!」


 俺の脚が酒場の床を蹴り上げると、飛び出したハイキックが近くにいた男の側頭部に叩き込まれる。それが、開戦の合図。


「殺せッ! ぶっ殺せっ!!!」


 アルミロの叫び声で近くにいた男たちが2人、俺に向かって飛びかかってきた。一歩後ろに蹴って、突撃を避けると2人は激突。起き上がった瞬間、顎を俺の脚が蹴り飛ばす。さらに追撃にきた1人を鞘に入れた短剣で後頭部を強打。泡を吹いて気絶する。


「まず、3人」

「…………っ!」


 俺の言葉に、アルミロが明らかにひるんだ。それを見て、俺の心が歓喜する。アルミロが怯んだ、つまり俺でも彼をやれるということだ。


 暴力で人を制する。それはこんなにも心地良いことなのか。


 だから、俺は真後ろから椅子を振り上げていた男の鳩尾に拳を当てるとその男の右腕を掴んで、大きく振り回す。そしてアルミロに向かって投げ飛ばした。彼は自分の舎弟を片手で受け止める。


 しかし、その一瞬。舎弟を受け止めるために掲げた右腕がほんの一瞬だけ、俺とアルミロの視線をさえぎった。遮ったということは、見えなくなったということだ。


 そして、見えなかったのであれば――隠れられる。


 再び『隠密Lv2』が俺の身体を隠した。足音すら鳴らないまま、俺は酒場を一気に駆け抜けた。周りの連中は――俺が殴ったやつらを除けば――俺の姿を完全にとらえているわけじゃない。


 だから、走り回ればすぐにでも見失う。


 俺の読みは当たったようで、アルミロの舎弟たちはおろかアルミロでさえも俺の姿を見失って、明らかに周囲を警戒するような素振りを取り始めた。


 目が見えているのに、俺が見えない。先ほどまで、ぼんやりとでも見えていたものが決定的に見えなくなるというのは一体、どれだけの恐怖なのだろう。周囲を警戒するマフィアたちの中を踊るようにかいくぐると、アルミロの背中にそっと短剣を押し付けた。


「俺の勝ち、だな」


 後ろからの俺の声に、アルミロは大きな冷や汗を1つ垂らした。


「……何が目的だ」


 アルミロは振り向かず、唸るようにしてそう言った。


「それよりも、お前の部下たちを座らせろ。全員だ」


 俺の言葉を聞いたアルミロは、露骨に嫌そうな顔を浮かべたがこの場の有利を掴んでいるのは俺である。アルミロは俺の言うことを聞くしかない。


「全員、座れ! その場にだ!!」

「ど、どうしてですか!?」

「急にどうしたんですか! 兄貴!!」

「良いから座れって言ってんだろ!!」


 流石は舎弟、というべきだろうか。アルミロの怒声を聞いた男たちはしぶしぶ、と言った具合でその場に座り始めた。


「座らせたぞっ! お前の目的はなんだ!!」

「何だと思う?」

「て、テメエっ!!」


 怒ったアルミロの足元から、ミシィという音なった。これは相当キレてるな。もしかしたら、俺を殴ろうとしたのかもしれない。だが、


。死にたいのか?」


 俺の忠告に、アルミロは引かざるを得ない。アルミロが死にたくない理由を抱えたままじゃこの場を突破することは出来ない。俺がそんなことをさせない。


「くっ、くそぉ……」

「俺が誰だとか、何のためにこんなことしてるとか。まったくお前には関係ないんだ。そうだろう?」

「け、けどっ」

「良いか、お前には言ったはずだ。ここで死にたくなけりゃ、奪った行商人の荷物をその場に戻しておけ」

「ふ、ふざけるなっ! そんなことしたらボスに殺されちまう!!」

「じゃあ、ここで死ぬか?」


 ぴた、と抜き身の刀身がアルミロの首にあてられた。金属の冷たさに気が付いたアルミロが明らかに震えあがりだした。


 ……そうだ! 良いこと思いついた。


「俺は“稀人まれびと”」


 そっとアルミロの耳に声を注ぎ込む。俺の声を聞いた瞬間、アルミロは「あ、ああ……」と魂が抜けていくような声をだした。この世界で“稀人まれびと”の話を聞くたびにとんでもない化け物の話が出てくる。


 それをずっと聞きながら育ち、そして今もなお“稀人まれびと”を身近に感じながら生きているアルミロにとって、その言葉は絶望に陥るには十分なものだっただろう。そして、追い打ちをかけるように俺は続けた。


「そして、ナノハの仲間だ。今はこれだけ教えておこう」


 自分が殺すと決めた相手の名前を呟くと、明らかにアルミロの顔が絶望に染まった。

 

 もしかしたら、マフィアがナノハの戦力を潰してくれるんじゃないかと淡い期待も抱いつつ、そう言うと俺は再び自分の身体に『隠密』スキルを自分にかけた。


 踵を返して、酒場を後にする。


 その後ろでは、アルミロが膝から崩れ落ちる音が聞こえていた。

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