第22話 カチコミ

 心に正直に。どこまでも正直に。


「どんな奴らだったか、特徴を覚えてるか?」

「うん……。1人凄く、身長が高かったの」

「どれくらい?」


 俺が聞くとユノは立ち上がって一生懸命身体を伸ばした。


「ここくらい」

「結構大きいな」


 ざっと2m近い。それくらい大きい人はこの街でもそんなにいないので、探せば見つかるだろう。


「それに、頭が禿げてたわ」

「全部?」

「うん。それで頭にタトゥー入れたの。赤い、竜のタトゥーを」


 そこまで分かっているならすぐに分かるだろう。

 何しろそんな人間、めったにいないのだ。だが、逆にそこまではっきりしているなら、本当に反社会勢力の可能性が高くなってきた。もしくは目立ちたがりの冒険者か。どちらにせよ、まともな人間ではない。


 はっきりと目立つ恰好は相手にビビらせる、あるいは自分の存在を分からせることが目的だろう。それに加えて、彼が強ければ強いほど、が効く。だが、ユノはこの街に来たばかりだからそれを知らなかったのだろう。


「……俺たちで、探そう」


 ということでまずは情報収集である。ユノを連れて狩人ギルドに。今まさに狩人ギルドを閉めようとしていたコレットちゃんを捕まえた。


「そちらは恋人さんですか?」


 開口一番そう聞かれた。


「いや、違います」

「そんな真顔で返さなくても……。それで、どうしたんですか?」

「背が高くて禿げてて頭に赤い竜のタトゥーを入れた人を知ってますか?」

「…………どこでそれを?」


 コレットちゃんは俺がそう問いかけた瞬間に、急に声を潜めた。それこそ、どこかでそれを聞かれるのを恐れるかのように。


「……彼女が売り物を全部盗られたんですよ」


 そう言うと、コレットちゃんは「あちゃー」という顔をして、


「南門の近くで露店をやってたでしょう? あそこはマフィアの縄張りなんですよ……。よくそんな命知らずなことをしましたね……」

「ああ、やっぱりでしたか」


 良かった。読みが当たったみたいだ。


「……はい。この街に来られたばかりのユツキさんはご存知ないでしょう。そちらの方も『ファウテル』は初めてですか?」


 そうコレットちゃんがユノに聞くと、彼女はこくりと頷いた。


「……駄目ですよ。この街は商会ギルドの力が弱くてお店がマフィアに頼ってるんです。勿論、そうじゃないお店もありますけど……。そういうのは基本的に大商店なので、後ろ盾が別にあるようなところなんです。……マフィアに頼る店の中でも南門のあたりは特にひどい。あそこはマフィアのお膝元ですから……」

「じゃあその赤い竜のタトゥーの男は?」

「……皮剥ぎのアルミロ」

「有名なんですか?」

「ええ……。あそこを牛耳ってるマフィア……『ム・ルー』が抱える男です。商人の中にだって、当然マフィアが入ってくることを良しとする人ばかりじゃありませんでした。だから、マフィアがどんどんと力をつけ始めた時に、過激な人たちがマフィアを追い出そうと徒党を組んで、闘争になったんです……」

「……どうなったんですか?」

「……今の状態を見れば分かるでしょう。マフィアを追い出そうとした人たちは、みんな頭の皮をはがされた無残な死体で見つかりました。それをしていたのが、アルミロです……。だから、皮剥ぎのアルミロ」

「なるほど。普段どこにいるか分かりますか?」

「南門の酒場にいると思います。けど、どうするんですか?」

「奪い返してきます」

「ちょっ、話聞いてましたか!!?」

「聞いてましたよ」


 なるほど、確かにバックボーンは凄いのかも知れない。

 だが、それが何だというのか。


「もしかしてオークを倒したからって、勢いづいてませんか!? 悪い事は言いません! 辞めてください! 今まで何人歯向かって、何人勝てなかったと思ってるんですか!!」

「……俺は、正直に生きることにしてるんです」

「……何を」

「自分の心がしたいと思っていることをしようと思ってるんです」

「それは……危険です。危ないですよ! ユツキさん!!」


 そういうコレットちゃんに踵を返す。ユノは何かを言いたげにしていたが、それでも俺の後ろについて来てくれた。コレットちゃんは何度か止めようとしていたのだけれど、俺が聞く耳を持っていないことを知って諦めた。


「…………。南門、付近か……」

「南門の酒場つってもたくさんあるからなぁ」

「ね、ねえ。本当に良いの?」

「何が?」


 俺とステラが酒場を探していると、心配そうにユノが声をかけてきた。


「だ、だって。聞いてたら、すごい危ない人みたいだったから……。その、心配で……。私のために、そこまでしてくれるのは嬉しいけど……。ユツキだって、危ないから……」

「大丈夫」

「で、でも……」

「まあ、見ててくれよ」


 しばらく酒場を色々と探っていると……いた。5軒目に覗き込んだ酒場の中で、そいつは多くの舎弟と共に酒を飲んでいた。


「……いた」


 中を覗いたユノは掠れるような声でそう言った。見ると、足がぶるぶると震えている。


「ステラ、ユノを連れて別の場所にいてくれ」

「りょーかい…………」


 ステラはそう言って、震えるユノの足を粘液ですくいあげると自分の身体をクッションにしてユノを身体の上に乗せて、俺から遠ざかっていった。


 楽しそうね――。


 天使ちゃんはそう言って、笑った。だから、俺も笑い返す。


 バレた?


 バレバレよ――――。


 そして、俺は衆人の中に溶け込むようにしてドロリと消えた。『隠密Lv2』のスキルはことに慣れていない人間なら、絶対に見つけることが出来ない。俺はしっかりとスキルが発動していることを確認すると、酒場に足を踏み入れた。


 一歩中に入ると、蔓延している酒の臭い。このアルコールの臭いが鼻の奥をかするたびにむかむかとしたものが腹にたまっていく。だが、その恨みは関係ないものだ。『忍びの呼吸』のおかげか、深く息を吐くと一瞬で頭の中がクリーンになった。


 『隠密』スキルは誰かに触れると解けてしまう。だから、それに気を付けながら深く深く酒場に潜っていくと、中心にいるアルミロの真後ろにたってそっとナイフを首に回して、骨に


「お前がアルミロだな」


 くぐもった声を、アルミロの耳元から流し込む。


「動くな。いつも通りにふるまえ」


 俺がそう言うと、アルミロはそっとジョッキに手を伸ばして一杯あおった。アルミロの額を冷や汗が垂れていくのが見えた。


「兄貴、どうかしたんすか?」


 その時、アルミロの舎弟の1人が異変に気が付いてそう声をかけたが。


「何でもないと答えろ」

「……何でもねェよ」


 酒に焼けた重い声。アルミロがそう言うと、舎弟はそのまま引き下がった。


「……何が目的だ」


 俺だけに聞こえる小さな声。思っていたよりも冷静な人物で助かった。ここで問答無用で暴れるような人間だったらすぐに『隠密』スキルが解けていただろう。


「7日前から今日まで、何人の行商人の荷物を取り上げた?」

「……6人だ」


 その時、アルミロの声のトーンがわずかに下がった。


 ああ、これは児相が入って来た時の義父アイツの声と同じ下がり方……。つまり、嘘をついた時の声の下がり方だ。


「嘘は良くない」

「……10人だ」


 おっと、やっぱり嘘をついていたか。こう言う時は、こちらの正体を悟らせないことが大切だ。こちらの正体が分からないこそ、相手は混乱し、勝手に恐怖に落ちてくれる。


「その全員分の荷物を、奪った場所に返せ。期日は明日のこの時間までだ」

「出来るわけねェ。やったとしても、俺が死ぬだけだ」

「じゃあ、ここで死ぬか?」


 俺の声に、びくりと僅かに禿頭を動かした。


 死ぬのを嫌がっている……? 


 俺はその反応が気になった。確かに死ぬのは誰でも嫌だが、マフィアといういつ死んでもおかしくないような男が、首にナイフを突きつけられても落ち着いている男が死ぬということにここまで明らかに反応を示すだろうか?


 何かしら、死ぬのを嫌がっている原因がある。それは間違いないが、それが何なのかはこれまでの情報では何かを掴めない。だから、これ以上ここを掘るのは危険だ。


「明日の、この時間までだ」


 だから、俺はそう言って喉からナイフを外す。


 だが、その瞬間。


「舐めんじゃねェ!!」


 アルミロは凄まじい勢いで俺の身体を掴むと、大きく放り投げた。『身軽』な俺は空中で体勢を立て直すと、空中に着地。


「テメェどこの差し金だッ! どっから来やがった!!」


 アルミロの怒声が酒場に響き渡る。アルミロにはこちらから触れたし、向こうも触れた。もう『隠密』スキルは使えない!


「あ、兄貴? 何が見えてるんです?」

「何かのスキルを持ってる奴がそこにいんだよッ!」


 アルミロが俺を指さす。酒場にあった全ての目が俺に注がれて、『隠密』スキルがわずかに揺らいだ。


「……ほんとだ。うっすら、何か見えますね」

「俺たちを舐めやがって! お前らっ!! ぶっ殺せ!!」


 冷や汗がほおを伝わる。


 ……困ったものだが、やるしかないな。


 困ってる――? 天使ちゃんが首を傾げる。


 そんなに楽しそうに嗤ってるのに――。

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