第21話 弱者の救済

 オークを3体倒すよりも、3体のオークの死体を運ぶ方が大変だ。とりあえず“魔核”だけ取り外して、死体を見降ろす。


「どーする」


 俺の問いかけにステラはぶるぶると震えるだけ。なんか言えよ。


「…………引っ張ろう」

「マジで?」


 しかし他に手がないのも事実。俺達は泣く泣く値段が低いオークの内臓を捨てて、骨と筋肉だけにする。試しに手にもってみると随分軽くなっていた。これなら3つまとめて運べるだろう。


「まあ、これで持ち運べなくは無いか」

「……解体、初めて…………?」

「うん? うん。そうだよ。どうした?」

「……手際が……良かった……からね……」


 変なことを聞くなぁ。理科の教科書にのってる人体図とオークの身体って同じ作りなんだから教科書覚えてれば簡単に内臓剥がせるでしょ。


 というわけで俺たちはオークの死体を『ファウテルの街』まで引っ張って持って帰ることにした。


「なあ、何で“魔核”を外すんだ?」

「……そうしないと……生き返る……んだ……」

「モンスターがか?」


 俺がそう聞くと、ステラはぶるりと身体を震わせた。だから何か言えって。


「人は生き返らないのか?」

「…………そうだ」


 なんと不平等な。


「生き返るってのは、本当に生き返るのか?」

「…………信じ、られない……?」

「そりゃ、なあ……」


 死んだら終わり。それが当たり前の世界で生きていたし、いまでもそう思っている。


「……。死んだ魔物は……冥府の神……の眷属…………。もちろん……ただで……生き返らないさ……」

「どうなるんだ?」

「……太陽の……光で……死ぬように、なる……」

「あん? 生き返ったのに、太陽の光で死ぬのか? じゃあ別に“魔核”抜かなくても、放っておけば死ぬんじゃないの?」

「……冥府の、神の……眷属……だと、言ったじゃないか……。日の光……で、死ぬが……闇は……彼らをする……。1度目……よりも……2度目の……方が、強い……のさ」

「そういうことね」


 なるほどなるほど。完全に理解したわ。


 そんなこんなで昨日の商店に死体を持ち込んで査定してもらうと金貨4枚になった。窒息死の死体は、内臓がないものの全身が使えるということで高く買い取ってもらえたのだ。そして、その金貨を持って午前中に短剣を買った工房に金貨3枚を支払いにいった。


 これで残りの借金は金貨2枚である。


「そういえばステラさ。お前、人間の技術がどうのこうのっていってたけど街に来たのにずっと俺の側にいてもいいのか?」

「…………。この街に……参考に……なるような、人間が……いない。まだ、ユツキの側に……いたほうが……面白い……」

「ふうん?」


 良く分からないけど、こいつは基本的によく分からないのでこのままで良し、と。


「だいぶ稼ぎが安定してきたと思わないか?」

「……そうだな。の方は…………どう、するんだ……?」

「こう見えても色々手を打ってるんだよ」


 ナノハは現在1週間の遠征中。今日か明日当たりに帰ってくると噂されているが、どこまで本当か分からない。それに、今の俺でどこまで通じるかも…………。


 と、思って歩いていると露店の列の一番端で膝を抱えてしょげているフードの人影が見えた。


「…………」

「…………」


 俺とステラは顔を見合わせる。


「どうする?」

「気になる……なら……助けると……良いんじゃないか…………?」

「そうか、そうだな」


 俺は道の端っこの方でずっとふさぎ込んでいる少女に近づいて、声をかけた。


「おい? ユノ?」

「……ひぐっ」

「あん?」

「終わったよぅ……。みんなぁ、ごめんね……。お姉ちゃん……駄目だったよぉ……」

「おい? しっかりしろ? 何があった?」


 俺がそう声をかけると、ユノはまっすぐ顔をこちらに向けた。思っていたよりも可愛かったので、それに怯んでいると両目にどんどんと涙が溜まっていって。


「うわーんっ!!!」


 思いっきり泣き始めた。


「ちょっ! おい! しっかりしろって!! 何があったんだよ!!」


 俺がどれだけ声をかけてもユノは泣くばかりでどうしようもない。人目をはばからずにわんわん泣くユノにどうしたら良いか分からず、とにかく俺は必死に背中をさすった。そうしたら、もっと声をあげてわんわん泣くものだから、俺も必死になって一生懸命なだめるだけ……。


 どれくらいそうしていたか分からないが、しばらく俺が背中をさすっているとユノはぽつり、ぽつりと何があったのかを喋り始めた。


「……盗られたの。売り物……全部……」

「全部? どうして?」

「強そうな男たちが……やってきてね……」

「うん」

「ここで……売るのは許可がいるって言いだして……」

「うん」

「許可……いるって……知らなくて。許可は、金貨10枚いるって言うの……」

「金貨10枚?」


 馬鹿言え。そんなことがまかり通るのか?


 ……冷静に考えろ。金貨3枚あれば普通に生活できると言われてるんだ。それが10枚。


 …………いくら何でも


 だが、商会ギルドがあると仮定して、この街で他の商売人に商品を売らせないためにそういったことをするということは十分に考えられる。それこそまさに商売の独占。共同組合ギルドはそのために作られたのだから。


「ファウテルは許可が要らないって……誰でも商人になれるからって……私、それで、頑張ろうって思って。みんなが、私に、私にお金をくれたのっ。だから、頑張ろうって、思ったのに……。こんな、こんなことって……」


 ユノは喋りながら、再び泣き始めた。


 許可が要らない……。


 ユノの言葉を信じるなら商会ギルドのような互助組織が品物を巻き上げるようなことはほぼあり得ない。ギルドにはメンツがあるからだ。狩人ギルドのような貧困ギルドでさえも、その誇りを忘れないように経済的に苦しいながらもちゃんとした狩人証を手渡すのだ。


 なら、まさか商会ギルドのような大きな組織がそんなことはしないだろう。


 なら、考えられるのは。


「……マフィアか」


 この世界でもそういう名前で通っているのかは分からない。だが、人が集まるのであれば必ずそこにそう言った集団は形成されるだろう。


 マフィア、あるいはヤクザのような反社会的勢力はもめ事を仲介するための場所代を請求するというのは日本だけではなかったはずだ。安定的な稼ぎを確保しておく必要があるああいった集団において、場所代というのはどの国でも……どの世界でも共通の出来事なんだろう。


 つまり、ユノはこの街の反社会勢力に目を付けられたのだ。そして、犠牲になった。バックを持たない行商人。それもまだ年端のいかない少女なら狙うのも、そして脅すのも簡単だっただろう。


「……ムカつくな」


 だからこそ、腹が立つ。


 目立つわよ――――。


 天使ちゃんは俺をちょっとだけ警告するように目を細めた。


 分かってる。けど、ムカつくんだよ。

 弱いから目をつけて、寄ってたかって餌にする。それは、養父と同じだ。同級生と同じだ。そして、と一緒だ。


 だからこそ、よりいっそう腹が立つ。


 前の世界で、俺を助けてくれる人はいなかった。

 この世界に来るとき、俺を助けてくれる人はいなかった。


 なら、ユノを助けてくれる人はどこにいるのだ。

 俺達のような、食い物にされるような弱者を助けてくれる人はどこにいるのだ。


 俺の中でどす黒い何かが腹の底にたまっていく。ぐるぐると渦を巻く。そんなのとは反対に脳がすうっと冷静になっていく。


 随分、心に正直になったわね――――。


 天使ちゃんは楽しそうに哂う。


「行こう、ユノ」

「……え?」

「黙ってやられたままじゃ、居られないだろ?」


 俺の言葉を、信じられないものでも見るかのようにユノは見て。


 そして、こくり、と頷いた。

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