第20話 多対一

「よっしゃ稼ぐぞぉ!!」

「元気……だね……」

「元気ださなきゃやってられねえよ」


 まさかオークでそれなりに稼いだ次の日に金貨5枚の借金を抱えることになるとは思ってもいなかった。ということで今日、俺が受けたのは昨日と同じオークの討伐。何でも昨日俺がオークを殺したことで森の中にいたオークが仇討をするように森の浅い場所にやってきているのだという。


「オークを狩るついでにスキルの効果を調べたい」

「…………。言っていたね……。『忍びの呼吸』だっけ……?」

「そうだ。ついでに『先制攻撃』もだな」

「良いと、思うよ……」


 というわけでステラと共にオークを探すために森の中に入る。今日も今日とて森の中は鬱蒼うっそうとしていたが、よく見るといくつか木が乱雑に倒されていた。


「これ、人間が倒した木じゃないな」

「…………どうして?」

「木の切れ口が荒すぎる。普通、人間が斬るなら斧を使うだろ?」

「……。なるほどね」


 ステラはぶるぶると震えて、驚いているようだった。つまり、これを斬ったのは人並みの大きさと知能を持った動物、この森ならオークということになる。こう言う時は足跡を見れば良い。俺はしゃがんで木の周辺にある足跡をいくつか見た。


 そこにあったのは幾つもの足跡。だが、どれも古い。出来てから1日はたっている。これじゃあオークを探すのに、役には立たない。


「これじゃだめだ。もっと分かるものを見つけないと……」

「……1つ、聞いてもいいかい?」

「どした?」

「ユツキは……“向こう”で、何を……していたんだ……?」

「急にどうした」

「……“稀人まれびと”の世界……は、豊か……と聞いたことがある……」

「うん」

「狩りを、しなくても……食べ物が手に入る……とも……」

「うん」

「……僕が、あった……“稀人まれびと”……は、言っていた……。何だっけ……。そう、『さばいばる』……だ。ユツキは……『さばいばる』が……得意だったの?」

「サバイバル? いや、やったこと無いけど」

「それにしては……やけに……慣れてる……じゃ、ないか……。生き物を殺す、のにも……躊躇ちゅうちょをして、いなかった…………」

「あん? そりゃ殺さなきゃ殺されるからな。生きるためには仕方ないだろ?」

「……そう、割り切りれる……ものじゃ、ないよ…………」


 ステラはそれだけ言って、黙った。急にどうしたのよ。本当にさ。


 さて、追跡者チェイサーとなった俺たちが森の中を歩き回ること1時間。ついにオークの姿を森の中で捉えた。


「……3体か」

「…………けっこう、多いね」

「だな……」


 オークたちは3人とも向かい合うように地面に座り込んで、談笑していた。よし、やるぞ。息を吸う。息を吐く。覚悟を決める。


 ずずっと世界に溶け込む感覚と共に『隠密』スキルを発動した。『隠密Lv1』から『隠密Lv2』になったことでどこまで見つかりづらくなったのか分からないが、いつもと同じようにやって見よう。


 そう思って足を踏み出した時、レベルの上昇がどれだけ凄いのかが分かった。


 


 まじかこれ。ヤバいな。マジで見つからないじゃん。


 気を抜いちゃダメよ――――。たしなめる様に天使ちゃんが俺のまわりをくるくると舞った。


 そうだな。その通りだ。


 俺は木々の隙間を縫ってまっすぐ立って歩いた。新緑の季節とはいえ、森の中には気の枝などが落ちており、その枝を踏んでパキっとなってもおかしく無いのだがその音もならない。俺の身体から音がなくなったのかと思うほど、俺が立てる音が鳴らないのだ。


 じゃあ、これはどうだろうと地面に落ちていた石を拾ってオークたちが談笑している場所の近くに向かって石を投げた。パスっ、と音がして石が木の幹にあたった音が鳴る。


 ……これは鳴るのか。


 これは検証が必要だな。


 オークたちは一瞬だけ、音のなった方向を向いたが、すぐに談笑へと戻った。チャンスだ。俺は一番近くに座っているオークの延髄。そこをめがけて一直線にナイフを振り降ろした。


 深い緑色のナイフはオークの皮を裂き、筋肉を断ち、そして骨で止まると思っていた俺の想像を覆すかのように首の骨をスパッ! と断ち切った。


「こふッ」


 オークが異常な声をあげてふらりと震えると、地面にどすんと横たわるとわずかにぴくぴくと動いて……死んだ。2体のオーク――オークAとオークBと呼ぼう――オークAの方が急に近くに落ちていたこん棒を拾い上げると、ブウン!! と振り回したッ!!


「……ッ!!」


 咄嗟にジャンプすると、『身軽』の効果で思っていたよりも高く飛び上がって木の枝を掴めた。


「……あっぶねえな…………」


 オークAはまだ手当たり次第にこん棒を振り回している。錯乱しているのか? いや、違う。これは魔法を警戒しているんだ……。


 そこまでオークの情報を読み取った時、自分の呼吸が浅くなっていないことに気が付いた。前までは死にかけたらあり得ないほど心臓がバクバク言っていたのに、全然心臓が鳴っていない。


 その異常さに気が付いて、もっと自分の身体を注視すると呼吸がとても深いことに気が付いた。命の危機に迫っても横隔膜があがるような浅い呼吸はしない。だから過度の緊張状態に身体がならず、万全の態勢で物事にいどめる。


 そうか、これが『忍びの呼吸』か……。


 なら、さっきの骨が斬れたのは『先制攻撃』ってことか。……本当に『先制攻撃』の攻撃が強くなるって考え方で良いのかな。どれくらい強くなるかってのはこれもまた調べなきゃな。


 今はこの2体のオークを相手にしなきゃだ。暴れ続けているオークAとは打って変わってオークBはとても冷静だった。あたりを見回して、自分の仲間を殺した相手を探している。


 なるほど、オークBは危険だ。周りが見えている。『隠密』スキルはあくまでも、見つかりづらくなるだけのスキルであって、本当に姿を消すようなスキルじゃないのだ。隠れるスキルがあるなら、見破るスキルがあってもおかしくない。


 そう考えた時に、こっちの冷静なオークは危険だ。ステラに任せよう。


 俺はそう考えて、ぴょんぴょんと木の枝を飛び移るとオークAの直上にやってきた。オークAはこん棒を振り回し過ぎて疲れたのか、こん棒を杖替わりにして深呼吸を繰り返していた。


 俺は飛び降りてオークAの延髄に短剣を突き刺した。だが、ガヂン! と鈍い手ごたえで骨から衝撃が返ってきた。


 ……くそッ! やっぱりそうだ。このナイフじゃ骨は斬れない! 

『先制攻撃』と組み合わせることで骨が斬れるんだ!!


「ぐォっ!!」


 オークAが思いっきりスイングしたこん棒に左腕が触れた。


「……ッ!!」


 バァアン!!! 激しい痛みと鈍い衝撃。

 その瞬間、オークAの目が俺の目とあった。


 ……バレた!


「ステラぁ!!!」

「……。分かってるよ…………」


 気だるげな声。見るとステラはオークBの顔に張り付いて窒息死させていた。オークAは泡を吹いて死んでいるオークBの死体を見て、激昂。俺から狙いタゲを外すとステラの方に走って向かった。


「……駄目だよ。背中を……向けたらさ…………」


 俺は口にさんざん狩ったスライムの“魔核”を放り込む。フルーツの甘い香りが口のなか一杯に広がって、粉々に砕けた腕の骨が治り、痛みが瞬時に引いていく。


 そして、『身軽』な身体で全力疾走。前を走るオークに近づくと、


「後ろに…………いるんだから……」


 ドスッ、と心臓に短剣を叩き込んだ。オークAは後ろから追いかけてきた俺を信じられないと言った顔で見て、ステラをみて、そして倒れた。


「…………疲れたぁ」

「……まあ、1対1が……常識セオリー…………だから、ね……」


 俺が地面に座り込むと、ステラもぐでんと地面に広がった。


 へー、スライムってそうやってだらけるんだ…………。

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