第15話 ユノ
レイもついてきたがっていたが、狩人としての仕事を振られたのは俺なのでそこは丁寧に断ってステラと2人で沼地に向かった。
「スライムって斬れるのか?」
「…………やって、みれば……」
「出来ないのか」
「斬っても……すぐに…………くっつく……」
「えぇ……」
粘液性の生き物という時点でこちらの常識が通じないことは知っていたが、まさか斬ってもくっつくとは。
「じゃあ潰せば死ぬのか?」
「……“魔核”を……抜き取れば……死ぬさ……」
「ふうん」
なるほど。確かにスライムは目で見える位置に“魔核”があるからそれを引き抜けば良いだけか。
「モンスターって何でもそうなのか?」
「“魔核”……は、人の心臓や……脳、みたいなものだ……」
「なるほどね」
この世界には
今まで凝り固まっていた知的好奇心が刺激されている。
あーあ、【創造魔法】があればもっと楽なのになぁ……。
「ユツキ……気が……緩んでる……」
「現地に着けば引き締めるよ」
「……そう」
ステラと一緒に南に向かっていくと、森の入り口が見えた。石畳で整備されている街道は森の中も突っ切っているようだったが、今の俺たちはあいにくとそちらに用事はない。森に入ったタイミングで進行方向を変えると、獣道のように森の中に小さな道が出来ていた。
「ここだな」
「……本当に…………?」
「ああ。よく見ろ。道にうっすらと足跡があるだろ? これよく見ると靴じゃないとつかない奴だ」
ステラは地面すれすれに身体を伸ばして、土の上に少しだけ残っていた靴の足跡を見て身体をくねらせた。
「……ユツキ。君が時々……“
「そうか?」
道が見つかったのでそこを進むことにした。まだ土に靴の後が残っていたし、それが特別古いようには見えなかった。つまり、ここの道は狩りか何かでよく使うのだろう。なら動物に仕掛けるような罠は仕掛けないはずだ。
そう思って森の中に足を踏み入れたのだが、その考えは当たっていたみたいだ。何も起きることなく進むこと10分。ふと道の左手側に大きな沼が見えてきたのだ。その周りではスライムたちがあちらこちらに固まってのびのびと暮らしていた。
「5体だっけ?」
「……ああ」
俺は『隠密』スキルを発動。ずずっと身体が背景に飲み込まれる不思議な感覚。自分がいることを忘れないようにぎゅっとナイフを強く握る。自分の身体にしっかり『隠密』スキルが掛かっていることを確認すると、まっすぐ歩いてスライムたちの前に身体を見せた。
しかし、俺に気が付いた様子はない。彼らは相も変わらず固まって、自分勝手に動いているだけだ。俺はスライムに近づいて、そっと“魔核”に手を添えた。
……可哀想だな。
ゴブリンは殺したのに――。
状況が違うよ。
そうかしら?――。
天使ちゃんは物憂げな顔を浮かべて肩に止まった。
生きるために殺す――。
そして、俺の顔をじぃっと覗き込んでくる。
何が違うの?――。
………………。
俺はそれに何も言わず、スライムの身体に手を突っ込んだ。スライムというだけあって、文字通り
パシャ、とスライムの身体が急に液体になって森の地面に染み込み始めた。なるほど、生きている魔物から“魔核”を取り除くとこんな感じになるのか。
俺は立ち上がって周囲を見下ろした。他のスライムたちは俺に気が付いた様子を見せない。それに加えて仲間が今しがた死んだばかりだというのにそれに気が付いた様子も見せない。
俺は次々とスライムの身体に手を入れると、“魔核”を引き抜くという動作を繰り返した。引き抜いて、引き抜いて、引き抜いて。気が付けば袋には“魔核”で溢れ返っていた。
「ヤバい。やりすぎた」
「……依頼は、5体……以上……。大丈夫……の、はず……」
「か、帰ろう」
あたりを見渡せば、先ほどまで沼地にいたスライムたちはその姿がほとんど見えず、遠くのほうに2、3体がちらちらとしているのが伺えた。
「…………ユツキって……殺すの、好き?」
「いや、全然」
急に何を言い出すんだコイツ。
「そう……。素質、あるよ…………」
「殺しの?」
「……。うん」
いらねえ……。
「俺、生まれて初めて才能あるなんて言われたけど……。それが殺しって……」
「……良い事、じゃない…………」
「なーんも良くねえよ」
「どうして……?」
「いや、どうしてって……。殺すのは良くないだろう。うん」
「それは……“
そういってステラはぶるぶると震えた。
こいつ笑っていやがる。
「この世界は殺しを許容してんのか? してねえだろ。どこも変わらねえよ」
「……してるさ」
「は?」
「いま、ユツキが……1番、楽しんでたじゃないか……」
「…………」
これには流石に俺は黙り込んだ。そんなに俺は殺しを楽しんでいただろうか? 誰かを殺したいと強く願ったことは今までに何度もあった。だが、どれもこれも自分の心に飲み込んだ。
殺してはいけない。当たり前のことだ。
「才能、あるよ」
ステラはそうって笑った。天使ちゃんなら何かを言ってくれるかと思ったけど、天使ちゃんはあいにくと胸ポケットで眠りについていた。だから俺は“魔核”でいっぱいになった袋の重みを確かに感じながら、ステラの言葉を考えていた。
「あの……終わりました……」
「おお! 無事に帰ってきましたね!! 流石は期待のルーキー!!!」
ちょっと遅くなってしまったので申し訳ない感じで狩人ギルドに入ると、相変わらず
「あの、これが証拠です」
そう言って俺は袋をギルドのカウンターに置いた。
「……あれ? 薬草の採取でしたっけ?」
どさっ、と見た目よりも重たそうな音をたてた袋を見て、コレットちゃんは首を傾げた。
「いや、スライムの“魔核”です」
「ああ、よかった。私の勘違いじゃなかった……。で、なんで袋を出したんですか?」
「その、これが全部スライムの“魔核”なので……」
「またまたぁ~。スライムを
「へー」
そうだったんだ……。
知らなかった…………。
「でも、嘘はついてないですよ?」
俺はそう言って袋の口を開いた。その瞬間、笑っていたコレットさんの顔がそのまま固まって視線だけ真下に降りてきた。そして、そこにあることが“魔核”であることを知ると急に真顔になって、手元にあった虫眼鏡を拾いあげた。
そして、“魔核”を1つ1つ丁寧に見ると恐る恐る頷いた。
「ほ、本当だ……。全部本物だ……」
「あの、報酬ってどれくらいもらえますか?」
「こ、これ……」
そう言って銀貨2枚を貰った。
あ、これあれだ。日本円で大体2000円くらいのやつだ。
昨日泊った宿屋は全部こみこみで銀貨6枚である。つまりこれでは宿屋に泊ることすらも出来ない。あれだけかっこつけて自分で稼ぐとか言ったのに、まさか初日は宿にすら泊まれないってマジなのですか。
「……“魔核”を5つ、預かりますね」
「ああ、はい。どうぞ」
「残った“魔核”は、商店で売られてはいかがでしょう? 本当はウチで買い取りたいんですけど、現金が無くてデスネ……」
コレットちゃんがすっげー渋い顔をしてそう教えてくれた。あとから話を聞くと、狩人ギルドは
そのモンスターの素材が貴重過ぎて、貴族たちは今もオークションをしているらしくそれが終われば現金が用意できるのだと申し訳なさそうにコレットちゃんは教えてくれた。
「売ればそれなりになるんですか?」
「はい。なります」
それならということでコレットさんに別れを告げて、ステラと2人で街にでた。
「売るって言ってもどこで売れば良いんだろ」
「大きい……商店……なら、どこでも……いいらしいけど……」
「そうは言われてもなぁ」
そう言いながら歩いていると、露店を出している少女に話しかけられた。
「へい、そこのお兄さん」
「あん?」
「困ってる風だね」
「誰?」
フードを被っており、顔はうかがえないが声の高さから明らかに女性のものだと分かる。
「しがない行商人さ。どうだい、ちらりと見ていかないか?」
「俺は売るとこ探してるんだよ。買うとこ探してるんじゃないの」
「売る? 物によってはウチでも買い取らせてもらうよ」
「本当か? スライムの“魔核”。42個だが、これ全部買ってくれんの?」
「……42個? 本物かい?」
「本物だ。狩人ギルドのお墨付きだぞ」
「狩人? お兄さん、狩人なのかい?」
「ああ」
狩人と言った時、明らかに「マジかこいつ」みたいなリアクションが混じったな。俺、そういうのに
「ちょっと見せてくれ」
「持ち逃げすんなよ」
「するわけないでしょ」
おん?
ちょっとだけ声色が変わった様子で行商人の少女から怒られた。どっちかって言うとこっちの方が素っぽいな。
「凄い……。全部本物ね……」
「だろ? 買い取るか?」
「ぜひ売ってちょうだい……。こほん。ぜひウチに売ってくれるかな?」
「……無理して声変えなくても良いんだぞ」
「変えてないが」
「……………幾らになる?」
「そうだな。2個で銀貨1枚でどうだ?」
「なら21枚か。それで頼む」
「うん? お兄さん本当に狩人?」
「どした?」
「いや、計算が速いと思ってね」
「…………」
42÷2。日本にいれば簡単に分かることでも、この世界の一般庶民には分からないことなのかもしれない。メルは貴族の娘、ステラはスライムの突然変異で賢くなっているということで勘違いしていたがこの世界の教育レベルは低い。
そう考えれば改めて教育の大切さを知ることが出来る。まあ、教育のありがたみが分かっても、俺はもう死んじゃってるわけなんだけど。
「はい。しっかり42個貰ったよ」
「ああ。しっかり銀貨21枚だな」
良かった……。
これで3日は過ごせる……。
「私はユノ。あいにくと2つ名はなくて、ただのユノだ」
「よろしく。俺はユツキだ」
そう言って俺たちはしっかり契約を完了させた。
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