第14話 依頼

「いったぁあああっ!!」

「だ、大丈夫……?」

「あ、大丈夫です。慣れているので」


 少女はそういったものの、やっぱり痛い物は痛いのか涙目でぴょんぴょんしながら受付へと戻った。


「じゃあ、こっちで受付しますんで名前を教えてください」

「ユツキです」

「はい。ユツキさんですね」


 そう言って、少女は木板に金属のペンで削って名前を入れた。


「まるで“稀人まれびと”みたいな名前ですね」


 少女はにこっと俺に微笑んだ。


「ええ、父が出会った“稀人まれびと”から名前を貰ったと」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 目の前の少女は俺の嘘を疑う様子もなく受け入れると、新しく金属のプレートを手渡してきた。そして、それにそっと人差し指を触れさせると俺では聞き取れないほどに小さな声で何かを呟いた瞬間、すさまじい速度で金属のプレートに文字が刻み込まれていく。


 おおー、これって魔法かな……?


「はい、これをどうぞ!」

「これは?」

「狩人ギルド所属の証です!」


 貰った金属の板は首にかけるように紐が結び付けられていたので、俺はそれをそっと首に回した。


 金属って貴重じゃないのかな……?

 それとも、これはよく出てくる金属で出来てるとか……?


 と、俺が一人で色々考えているとレイが少女に尋ねてくれた。


「あの、金属って貴重なものだと思うんですけど……狩人ギルドは、金属のプレートが証なの?」

「はい! いついかなる時でも狩人の誇りを忘れないようにということです!!」

「ははははっ!」


 目の前の少女が胸を張ってそう言うと、後ろから笑い声がそれの邪魔をした。


「俺たち狩人に誇りなんてねえよ」

「あ、ジャッジさん!」


 後ろを向くと、いかついおっさんが立っていた。片目は眼帯で、禿頭とくとうで、背中には大きな斧を背負っている。そして、その周りにはそのおっさんの仲間だと思えるようなおっさんたちが立っていた。


「俺たちは依頼を完遂するために何でもやる。どんな卑劣な手だって使う。それが、狩人だ」

「ちょっとー! 新人君を虐めないでくださいよぉ!」

「え? 新人? マジで?」


 少女が新人と言うと、おっさんは急に笑顔になって俺の方にやってきた。


「マジで新人? なんで狩人ギルドに? ナノハに憧れたか?」

「いや、普通に……金を稼ぐために……」


 そう言うと、おっさんはさらに笑顔になった。


「うん。良いな。狩人ってのは。お前の目の付け所が良いぜ」

「そうそう。冒険者なんてものに流れないだけ現実が見えてる」

「ああ。やっぱり名をあげるには狩人だよな」


 後ろにいたおっさんたちも幾度となくうなずいている。……後輩が欲しかったのかな。


「よし、俺が狩人ギルドの仕事の受け方について教えてやろう」

「ねえ、それ私の仕事なんですけど!」

「まず、そこの嬢ちゃん……コレットに仕事を聞く」

「普通のギルドは依頼板に貼ってあるんですけどね」

「んで、嬢ちゃんから仕事を貰ったらその依頼を達成する」

「そうです。そしたら達成した証を持ってきてください」

「証?」


 と、俺がいったらジャッジさんは袋から紅い石を取り出した。


「こういうのだ」

「……“魔核”」

「おお。流石に知ってるよな。だが、こいつは猛毒だ。間違っても食うんじゃねえぜ」


 え? 嘘でしょ?

 俺、食べちゃってるよ??


 だが、饒舌じょうぜつに語るジャッジさんには俺の顔は目に入らなかったらしい。さらに続けた。


「こいつを嬢ちゃんに渡せば依頼完了、無事に金がもらえるってわけだ」

「おー、分かりやすいです」


 ぱちぱちと乾いた拍手を俺が贈ると、気分を良くしたのかジャッジさんは照れたように鼻の下をこすった。なんか、見た目に反して可愛いおっさんだな……。


「で、どうです!? ユツキさん!! 依頼、受けてみませんか!?」

「試しに受けてみたいです。何がありますか?」

「そうですね……。簡単なものだと、犬の散歩とか錬金術に使う花の採取とか……」

「おいおい、男の狩人たるものモンスターと戦ってなんぼだろ!」

「えぇ!? 新人さんにやらせて大丈夫ですかね!?」

「大丈夫だろ、なぁ?」


 そう言ってジャッジさんは俺の方をみた。


 え、ここで俺にくんの?


「ぜんぜん大丈夫ですけど」

「じゃ、じゃあこれどうですか? 沼地に出たスライムの討伐。5体以上で報酬がもらえますけど」


 ステラがわずかにぶるぶると震えた。この震え方は笑ってるんじゃなくて、文句をつけたがってる震え方だな。


「ああ、じゃあそれで」

「はい。南門から出たらまっすぐ街道にそって降りてください。途中で森に入るんですけど、そこから右に曲がってまっすぐ行けば沼地があります。そこにスライムがいるので適当に減らしておいてください」

「って、このお嬢ちゃんはまだ登録してないみたいだけど?」


 ジャッジさんの仲間のおっさんがそう言ってレイを指した。


「ボクは違うんです。友達の付き添いで……」

「ああ、そう……」


 ちょっとしょんぼりした顔を浮かべるおっさん。

 感情表現豊かな人たちだなぁ……。


「……適当に減らすくらいで良いんですか?」

「はい。どうせ放っておいても勝手に増えるんで、増えすぎないようにするのが狩人ギルドの仕事です」

「分かりました」


 ……そこだけ聞くと本当に雑用なんだな。狩人って…………。


「武器ありますか? 持ってないなら貸し出しますけど」

「持ってるんで大丈夫ですよ」


 そういって俺は腰に付けていたナイフを見せた。


「おおー。独特のがらですねー、ユツキさんの村ではナイフの鞘にこういうマークいれるんですか?」

「いや、これゴブリンから盗んだものなんで」

「へ?」


 コレットさんは「なんつった」という顔でこっちを見てきたので、もう一回言った。


「ゴブリンから、盗んだものです」

「ご、ゴブリン……ってあのゴブリン?」

「……何をそんなに驚いているんですか?」

「いや、ゴブリンって欲深いので盗んだものは絶対に取り返しに来ると思うんですけど、何も無いんですか?」

「全部殺したんで」


 俺がそう言うとジャッジさんとコレットちゃんの目が合って、そしてコレットちゃんが飛び上がった。


「い、逸材ですよ!! ユツキさん!! 狩人ギルドに来てくれてありがとうございます!!!」

「最近はよく出来た後輩が入ってくるなぁ」

「これはしっかりとアピールしなきゃですね!! ゆくゆくはユツキさんに憧れて狩人になる人も増えるかも知れません!!!」

「ああ、ナノハはぶっ飛んでたからな」


 しみじみとした顔で呟くジャッジさん。


「その、ナノハ……さん? に憧れて狩人ギルドに入る人とかいないですか?」


 俺がそう言うと、ジャッジさんとコレットさんは露骨にがっかりした顔をした。


「そりゃ、お前……。“稀人まれびと”に憧れる奴なんて……子供だけだよ……」

「そうですよ……。しかも、良い歳して“稀人まれびと”に憧れるような人たちは冒険者になりますから……」

「“稀人まれびと”ってのは規格外なんだよ……。お前だって、知ってるだろ……?」

「は、はい」


 俺は規格外じゃないので実感はないが、確かに他の“稀人まれびと”は化け物ぞろいなんだろう。


 俺は悪くなった空気を払拭するように、


「い、行ってきます」


 と、言った。

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