第13話 ギルド

 ノフェスとナノハが領主の館へと消えて行くと、集まった人々はあちらこちらに散り始めた。


「ね、ねえ。ユツキ、今のって」

「ああ。俺が殺す相手だ」

「殺すって……。ど、どうして急にそんな物騒なことになったの?」

「まあ、色々あったんだよ」


 この世界の希望を奪われた。その上、そのせいで死にかけた。だから、殺す。

 それだけの簡単な話だ。


「で、でも相手は“稀人まれびと”だよ?」

「俺も、“稀人まれびと”だ」

「そりゃ、そうかも知れないけどさ……」


 レイは俺が人を殺すと言っていることが信じられないのだろう。少しだけ震える目でこちらを見て、そして屋敷を見て、再びこちらを見た。


「レイには迷惑かけないようにするからさ」

「そ、そういう問題なのかなぁ……?」

「そういう問題だよ」


 そう言って俺は笑った。


「さて、今日の寝るところを探すか」

「探すって……。ユツキ、お金持ってるの?」

「え?」


 気が付けばここまで全部お金を払わずに来た。レイの村じゃ“稀人まれびと”だからって好待遇で迎えられたし、途中で泊った村は全部メルがお金を出してくれていたように思う。


 そういえば、俺はこの世界の金を持っていないじゃないか。


「あー。じゃあ野宿するよ」

「いや。ボクが出すよ」

「え? いや、流石にそれは悪いよ」

「だって君は“稀人まれびと”だろう? この国の言い伝えにあるのさ。“稀人まれびと”を見ると助けてやれってね」

「ああ、だからみんな優しかったのか」

「そ。僕は君のすることには反対だけど、君が困っているのは見過ごせない。この街じゃ、普通の人として暮らすのなら僕がお金を出すべきだ」

「それってヒモみたいで気が引けるんだよなァ……」

「ヒモ?」

「女の人に養ってもらう男のことだよ」

「ああ、そういうことね。けど別に良いんじゃない? だって君は“稀人まれびと”なんだし」

「だから、それじゃあ俺の気が引けるんだって……」

「…………めんどくさい、やつだ……」


 呆れたように、ステラが言う。


「え、俺いまスライムに馬鹿にされた?」

「……稼ぎたいなら……稼げば、良い……だろ……」

「おいおい、ステラさんよぉ……。お前はスライムだから知らないと思うけど、人間の世界ってのは身分証が無いと働けないのよ」

「……“稀人まれびと”なのに……社会を……語る……?」


 お前ニートの癖に社会語ってんのかよ草生える。


 みたいな顔してこっちみるステラ。いや、確かに俺はこの世界のこと全然知らないけどさ? その馬鹿にするような目はどうなのよ。


「おぉん? まさか冒険者になれって言うのか? 俺は辺境に行く気はねえぞ?」

「……狩人に、なれば……いい」

「狩人?」


 なんじゃいそりゃ。


「そっか。その手があったね! ステラって賢い?」

「ユツキの……3倍は……」

「おん?」


 このスライム、やけに好戦的だな。


「狩人ってなに?」

「狩人ってのは、街の周りに現れた魔物を狩る人たちだよ! 普通は騎士団とか、領主様の私兵団とかがやるんだけど、ここみたいに大きな街で人手が足りなかったり、逆に田舎で騎士団とかがいないときに雇われる人のことだよ」

「へえ、そんな仕事があるのか」

「うん。あと、モンスターがたくさんいる場所にある薬草とかを取ってこいみたいなことを言われて取りに行くのも狩人の仕事だよ」

「はぇー。それは身分証が無くてもなれるのか」

「うん。けど、人気は無いけどね」

「人気ないの?」

「やっぱり花形職業は冒険者だよ。人の暮らせない魔境を自分の足で切り開いていくんだから! それに魔物を狩りたいなら、やっぱり騎士団とかに入るね。狩人ってのはやっぱり何でも屋の便利屋だから……」

「……むむむ」

「けど、“稀人まれびと”って名乗らないなら職についておくのは大事だよ。やっぱり、仕事について無いと不審に思われるからね」

「逆に“稀人まれびと”なら働かなくてもいいのか?」

「働かないっていうか、貴族が抱えることが多いんじゃないかな。みんな“向こう”の世界の話に興味深々だからね!」

「なるほど。段々、分かってきたぞ」


 つまり、この世界における“稀人まれびと”ってのは娯楽を提供する者なんだ。ネットもテレビもラジオもないこの世界にとって娯楽は貴重。みんなそれに飢えている。だから、別世界からやってくる“稀人まれびと”はテレビとかネット替わりなんだ。


 自分の知らない世界のことを語ってくれるのだから、そりゃあみんな寄ってたかって話を聞くってもんだ。その中に職人なんて居れば貴族はウハウハだろう。何しろ“元の世界”の技術を独占できる。貴族たちもそのことが分かっているから“稀人まれびと”を抱えたがるのだ。


「……行くなら、今はやめておいたほうが……いい……」

「何で」

「……さっきの、“稀人まれびと”と……鉢合わせるかも……知れない……」

「おお、ステラお前賢いな」

「……ユツキが……馬鹿……」

「何だと?」


 森の時は賢かったのに――。と、天使ちゃんは俺を憐れむように頭の上をぐるりと回った。


 生死にかかわる状況ならあれくらいになるからね!? という、俺の弁明を聞いてくれたのか、それとも鼻で笑ったのか分からないが天使ちゃんは肩に止まってため息をついた。


「なら今日は宿を探そう」

「…………それが良い」

「俺は2人に合わせるよ……。“稀人まれびと”だし……」


 ということで宿探しが始まった……が、すぐに終わった。流石はファウテルの街。街自体が大きいということもあって、宿が幾らでもあるのだ。その中からそれなりの宿を探して、そこに泊ることにした。


 レイが借りた部屋は2部屋。俺とステラが同じ部屋で、レイは別部屋である。当然か。そして、レイはなんと朝食付きと水浴び付きのプランまで選んでくれた!


 朝食付きと水浴びがないプランからすると金額が2倍になるのだが、“稀人まれびと”は清潔好きということでつけてくれたのだ。これを選んでもらっている時の申し訳なさ……イタタマレナサ……。


 しかも店主に“稀人まれびと”だと伝えていないので『え、お前は金を出さないの!?』みたいな顔してこっちを見てくるんだからより一層罪悪感が引き立てられる。これは早く自分で金を稼がなければと思った次第です。


 そのまま夕食――まずかった――を食べて、水浴び……と言ってもお湯だったが、これを終えて眠りについた。この世界のベッドは硬いが、不思議と虫がいなかった。ダニとかいそうなものだけど、どこも噛まれていないということはそういう薬か何かでキチンと洗浄をしているのかもしれない。


 翌朝、3人は狩人ギルドを目指した。とにかく、この世界の身分証を手に入れることが大切である。しかし、どこを探しても狩人がない。街の人に聞いても要領を得ない答えが返ってくるだけ。


 しかし諦めることなく、根気よく探すこと2時間。大通りから路地裏に入って、さらに路地裏に入って、その奥に入った所にぼろぼろの建物があった。掠れかけた文字のところには『狩人ギルド』と書いてあるようにも見えなくもない。つまり、見えない。


「ここぉ?」

「…………多分」

「多分」


 ステラもレイも半信半疑。しかし入るしかない。間違えてても、それはそれでしょうがないからね。


 ということでレッツゴー。扉を開くと、すげー暇そうな顔した女の子が頬杖ついて不満げな顔を浮かべていた。


「こんにちはー」

「え、え!? お客さん!!?」


 しかし、俺達の顔を見ると急に元気を出して飛び上がった。


「あ、ども……」

「い、依頼ですか!? それとも狩人志望!!?」


 女の子は受付から飛び出すと、俺達のほうに走ってやってきた。


「志望です」

「ほ、本当に!!? やったぁああああああ!!!!」


 少女は俺の手を取って飛び上がって、着地して、足をくじいて、涙目になった。

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