第12話 街、そして出会い

「ねえ、見えてきたわよ」


 途中の村で一泊はさんで、馬車で移動すること数時間。ちょうど昼をこえたあたりで、その街が見えてきた。だが、建物は見えない。まず目に入ったのは大きな壁。


「すごい壁ですね」


 俺がそういうと、メルが尋ね返してきた。


「ん? “稀人まれびと”の世界に市壁はないの?」

「無いですよ」

「じゃあモンスターが出たらどうするの」

「モンスターがいないんですよ」

「へー! とっても平和な世界なのね」

「……まあ、そうですね」


 メルは俺の方を見ながら、とてもうらやましそうに声を出した。モンスターがいる世界が俺達の世界の幻想だったように、こちらの世界でもモンスターがいない世界は幻想なんだろう。


「さぁ、そろそろ着くわよ」


 馬車が門に近づくと、門兵たちがこちらをちらりと見て敬礼。そして、ゆっくりと街に入るための扉が開き始めた。


「顔パスか」


 俺が小さな声でそう言うと、メルがそれに反応した。


「ううん。この馬車にファウテル家の家紋が書かれてるからそれを見たんだと思うわ」

「……なるほど。けど、それならファウテル家の人たちがこの街を落とそうとしたときに対処できないんじゃないですか?」

「自分の街を落とそうとする貴族なんていないわよ」


 メルは当たり前のようにそう言ったが、わずかに顔が陰っていることに気が付いた。


「そもそも、ウチみたいに継承権をもってる子供がたくさんいる貴族のほうが少ないの」

「え、そうなんですか?」

「だって子供がたくさんいると、家督争いが起きるって分かるでしょ? だから養子に出したり、こっそり川に流したりするのよ」

「へぇー」


 なら子供を作らなきゃ良いじゃん、と思ったけど、ここまでの文明レベルを見ているとそんなに発展していないように見える。だから子供の生存率が高く無いのだろう。たくさん子供を産まなきゃ、家が没落するかもしれない。だが、産めば家督争いでいずれ面倒なことになる……。


 なるほど。大変だな。


 馬車が街の中に入ると、ごとごとと整備された石畳の上を走り始めた。馬も露骨に速度を落としているし、周りを見ると4、5階建ての石造りの建物で挟まれている。ということは、周囲は民家なのかな。


「……ん? あんまり人がいませんね」

「多分、ちょうどお兄様が戻って来られたのだと思うわ」

「人気なんですか?」

「……そうね。大人気よ。ひょっとしたらおばあ様よりも人気かも知れない」

「ノフェス様の話はボクでも聞いたことあるくらいだから、相当人気なんだと思う」


 レイが言うくらいならそうなのだろう。何しろファウテルの街からあれだけ離れているのに、そこまで人の名前が伝わるくらいだ。相当有名じゃないと知らないぞ。


「ノフェス様、ね」

「そ。“慈悲深き”ノフェスといえば王都でもそれなりに有名なのよ?」

「ふうん? そんなに有名人なのか……」

「5年前に起きた帝国の侵略戦争。それをまっさきに食い止めたのがお兄様ですもの」

「……いま何歳なんです?」

「23よ。だから、あの時は18ね」

「……18で侵略戦争か」


 いまの俺からすると2年後だ。2年後に自分が戦争の最前線に立っていることを想像できるだろうか? いや、出来ない。


「あの侵略戦争の手柄は全部“聖騎士”にいってるけど、ここの民たちは帝国の危機を頻繁に感じてたの。そんな時にお兄様が立ち上がって、みんなを引っ張ったんだからみんなお兄様を信頼してるわ。民の中にはお姉様よりもお兄様に領主をやらせるべきって話もあるくらいだし」

随分ずいぶんと、信頼が厚いんですね」

「うん。今回も『黒竜』討伐のためにおばあ様の私兵団を借りて山に向かったの。竜狩りなんて、お兄様以外が言い出したら笑っちゃうけど、お兄様ならおばあ様でも頷かざるを得ないのよ」


 黒竜、という単語が出てきたときにステラの身体がぶるりと震えた。今まで不動を保ってきたステラが急に動いたものだからメルは少しだけ驚いて、ステラをちらりと見た後こちらに視線を戻してきた。


「お兄様が生きて戻ったのか、それとも死んじゃったのか知らないけど戻ってきたのならみんなそっちに行くでしょうね。冒険者ギルドを新設するための視察なんてつまらない仕事で外に出てる私の方にくるはずがないわ」


 ちょっとねたように、しかしそれが当たり前だというようにメルはそう吐き捨てた。自分に人気が無いのをちょっと気にしているらしい。そういうところはとても年頃の女の子っぽいと思う。


「メルさん、俺達はそろそろ降りたいんだが……」


 そういって馬車を止めてもらおうとした瞬間、バチン! と脳内に電流が走った。そして、必然的にある方向を向いてしまう。街の東側。そちらにある大門の方を……。


「どうかしたの?」

「……降ります」

「ここで? 良いけど」


 いる。何かがいる。


 俺たちは馬車から飛び降りると、逃げる様にメル達に別れを告げた。


「ちょ、ちょっとー! どうしたの!? ユツキー!!」


 後ろの方でレイが叫ぶ。だが、そんな言葉は耳に入らない。俺の頭の中でずっと誰かが叫んでいるのだ。その声に導かれるようにして、東大通りに向かうとそこには大勢の人で溢れ返っていた。


 まるでパレードのような最中、街の人々が大声を出して盛り上がっている。


「何があったんですか?」


 何が起きているか分からなかった俺は近くにいた人にそう尋ねると、


「ノフェス様が戻って来られたんだよ! しかも黒竜も倒したって!」

「そ、それは本当に……?」

「ああ。俺もまだ信じられねえんだ!!」


 目の前の男の目には何かに熱狂する者特有のそれが浮かんでいる。その時、街の端の方から一際大きな声が上がった。俺はその声を聞くと反射的に『隠密』スキルを使った。その行動が正しかったのかは分からない。


 そもそも、これだけ人数がいるのだからからこちら側を見つけることは出来ないだろうと思う。


 けれど、俺は反射的に使った。『隠密』スキル特有の、ずずっと世界に溶け込んでいく気持ち悪さ――いや、心地よさを覚える。


「ノフェス様だー!」「おめでとうございます!!」

「竜狩りノフェスだぁああああ!!!」


 市民の声が俺の耳を打つ。その時、苦い顔をして馬を進める金髪の青年が見えた。その身体は筋骨隆々。一目見ただけで強さが分かる様な姿をしている。彼はまっすぐ街の中心、大通りの先にある領主の屋敷を見てまっすぐ馬を進めている。


 だが、その後ろにいるのは――。


「……ッ!」


 少女は白銀に煌めく人型の上に乗っかって、周囲に手を振っていた。ずっと笑顔を浮かべており、真顔のノフェスと対極的に俺の目には映った。


「ナノハぁぁぁああ!!」「“稀人まれびと”ナノハぁ!」

「この街を救ってくれてありがとう!!!」

「ナノハちゃあああん! こっち向いてぇぇえ!!」


 ……“稀人まれびと”。


「黒竜は私と大将でやっつけたからみんな安心してね!」


 ナノハがそういうと、街全体が揺れるほどに大きな歓声が上がった。だが、それと対照的に俺の心の中にはどす黒いヘドロが溜まっていく。


「…………ふうん。あれが……そうか……」

「ああ」


 ステラに、俺はそっと返した。


「俺の殺す、相手だ」


 ナノハは俺に気づいているのだろうか。それとも、気が付いていないのだろうか。パレードに包まれて、彼らは領主の屋敷へと消えて行った。

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