第09話 馬車と貴族と冒険者!

「良く寝れた?」


 朝、レイが俺達が泊っている家に迎えに来てくれた。


「おかげさまで」


 日は既に高く昇って村を温かく包んでいた。そう言えば、この世界は異世界だと言っていたけど、太陽は1つだけなんだな。


 なんて下らないことを考えた。


「じゃあ、行こうか」

「そうだな」


 レイはそう言って歩き始めた。俺はその言葉で考えるのをやめて、レイの隣を歩き始める。俺たちは、村人たちから見送られながら村を後にした。


「レイはどうして、街に行きたいんだ?」

「姉さんがいるんだよ」

「出稼ぎ?」

「ううん。ファウテル家の従者メイドになったんだ。もうこの村には帰ってこないんじゃないのかなあ」

「へー」


 この世界でも過疎化みたいな話はあるんだな。何も無い村よりも何かがある街に人が向かうってのはどの世界でも共通のことなのかもしれない。


「けど従者メイドになるって凄いことなんだよ!? 姉さんは凄い強かったんだ。だから、護衛も出来る従者メイドってことで呼ばれたんだよ」

「強いって……剣が?」

「うん。村で一番強かったんだ。だから領主様はすぐに姉さんのことを知ったんだよ。それですぐに呼ばれて、採用されたってわけ。おかげでウチの村は税がほかの村よりちょっとだけ優遇されてるんだ」

「優遇? 従者メイドがいるから?」

「そうだよ。ここら辺の村は大体ファウテルの領主さまが土地を持ってる。ボクらはあくまでもそこに住んでるってわけ。借りてるんだから、お金をださなきゃいけないだろ?」

「それは、そうだな」

「けど、ウチの村は姉さんが強いからってその分ウチの村の税を軽くしてもらってるんだよ。そうしたら姉さんは仕事を辞め辛いだろ?」

「はは。なるほどね」


 賢いと言えば賢いが、ずる賢いとも言えるやり方だな。


「レイは強いのか?」

「ボク? ボクも強いよ。姉さんほどじゃないけどね」


 レイはそう言ってにっこり笑った。


「ユツキは強いの?」

「俺は弱いよ」

「“稀人まれびと”なのに?」


 レイは嘘でしょ? って感じで俺に向き直った。だから、俺は肩をすくめた。


られたからな」

「ふうん? それがほかの“稀人まれびと”を探す理由?」


 いまいち分かっていないようだったが、レイは重ねてそう聞いて来た。


「そういうこと」


 2人はどんどん進んで行く。ステラをちらりと見ると、そこらへんに生えている花の蜜を吸っていた。スライムって花の蜜を吸うんだな……。ってかなんでも食うじゃんこいつ。


「ファウテルの街までは遠いけど、そこまでに色々と村があるんだ。今日は2つ目の村に止まる予定」

「歩いて3日だっけ? 随分と遠いよな」

「『最果て』に近いからね。仕方ないのさ」

「どっから、その『最果て』なんだ?」

「後ろに山が見えるだろ?」


 ちらりと後ろを振り返ると、昨日ステラと2人で乗り越えた山が見えた。緑の山脈は視界の端から端まで続いていた。多分、もっとあるんだろう。


「あの山の向こうから『最果て』だよ」


 村、ちか……っ。


「ああ、『最果て』の説明もいるね。『最果て』ってのは人の暮らしている領域の外側。簡単に言えばモンスターの世界だよ。こっち側に時々やってくるから大変なんだ」

「モンスターって、ゴブリンとか?」

「そうだね。よく出るモンスターだ。けど、ここ数日は見てないな。何かあったのかもね」


 どうしよう。これ俺がやったって言ったほうが良いのかな?


 言ったほうが良いわ――。天使ちゃんはそう言って楽しそうに笑った。


「それ。俺がやったんだよ」

「どういうこと?」

「色々あってゴブリンの群れを全部殺したんだ」

「ご、ゴブリンの群れって数百体いるんだよ!!?」

「うん。流れで全部」

「ほ、本当に!? さっき弱いって言ってたじゃん! あれは嘘だったの!!?」

「いや、別に嘘はついて無くて……」


 一向は完全に山の裾を抜けて、平地に入った。けど、道は未だに土で出来ている。日本の田舎もこんな感じなのかな?


 日本はアスファルトだと、思うわよ――。


 そっか。私道とかならまだしも、公道なら流石にアスファルトとかだよな。ということは日本にいたら経験できないようなことを経験してるのか。


 ……夢と希望はどこ?


「まあ、2つ目の村までゆっくり歩いても間に合うだろうからのんびり行こうよ」

「レイはよくファウテルの街まで行くのか?」

「ううん。2回しか言ったこと無いよ。遠いからね」

「そっかー」


 歩いて3日ってどれくらいなんだろう?


 100kmくらいよ――。天使ちゃんはそう言いたげに目くばせしてきた。流石天使ちゃん! 何でも知ってるね!! そんな感じで天使ちゃんを見ると、思いっきり照れていた。


 100kmか。車を使えば大体1時間もかからずに到着する距離だけど、歩くと結構時間かかるもんだなぁ。


「馬車とかないの?」


 気になったからレイにそう尋ねると、


「あんなの貴族しか乗れないよ!」


 そう返された。どうやらそう言うことらしい。後々詳しく話を聞いてみると、馬車自体に高い税がかかっているらしく、持つだけでもかなりお金がかかるのだと。さらにそこからメンテナンスやら何やらを含めて、馬車を使えるのは貴族みたいな金持ちだけなのだという。


 俺達は昼すぎに一回昼食を挟んだ。ガッチガチのパンが出て来て、中々噛み切れずに食べるのに時間がかかったが、確かに日持ちはしそうなパンだった。


 それからしばらく歩いていると、突然レイが立ち止まった。


「あそこ」


 しゃがむようにレイが言った後、まっすぐ指さしたところにゴブリンが2体立っていた。


「ゴブリンだな」

「ゴブリンは普通6人組で動く……。ならあと4体どこかにいるはずだ」

「…………。左、斜め前方。木の影に隠れる様に……いる」

「ユツキ、声変わった?」

「いや、今のは俺じゃない」

「え゛!?」


 俺がステラを指さすと、レイは俺とステラを交互に見て口をぱくぱくと動かした。


「しゃ、しゃ、しゃべっ……」

「ユツキは……“稀人まれびと”だよ……」


 ステラがそう言うと、


「ああ、それなら仕方ないわね」

「それでいいのかよ……」


 レイはステラにそう言われると、何度か深呼吸をして落ち着いた。


 ……何でもありだな。“稀人まれびと”って。


「あそこにいられると面倒だし、ちゃちゃっと倒そうっか」

「倒せるのか?」

「ちょっとボクのこと甘く見過ぎじゃない?」


 レイはすっと起き上がると、今までずっと背中に背負っていた剣を抜いて駆け出した。俺とステラは目を見合わせると、互いに動き出す。俺は『隠密』スキルを発動。ずずっと、世界に溶け込む感覚と共に『隠密』成功。


「えいっ!」


 レイが剣を振るうとゴブリンの首が綺麗に舞った。仲間の死を恐れない2匹目のゴブリンがレイに短剣で襲い掛かるが、レイはそれをしっかりガード。ゴブリンは一歩後ろに引いて距離を取って睨み合いになった。


 その戦いに他のゴブリンたちが注目している間に、俺は近くに隠れていたゴブリンの背後に回り込み、首を斬った。ゴブリンの身体がぶるぶると震え、力が無くなっていくのを確かめたあとに“魔核”を引き抜く。


 ズドドドッ!!!


 重たく激しい音が急にしたので、慌てて音の方を見るとステラが殴打の連撃でゴブリンをミンチにしていた。あいつスライムなのに普通につえーからな……。


 速くしましょう――。


 見惚れていた俺を急かすように天使ちゃんの羽が羽ばたく。


 そうだな。


 俺は地面を這うように移動すると、ステラに急襲しようとしていたゴブリンと睨みあっているレイの後ろから攻撃しようとしていたゴブリンを殺した。


「せいッ!!」


 俺が“魔核”を取ったタイミングでレイの剣がゴブリンの身体を貫いた。


「や、やった!」


 笑顔で振り返ったレイの視界にはゴブリンの“魔核”を3つ抱えた俺。ちょうど『隠密』スキルを解除したタイミングだったので運よく目があった。


「ぼ、ボクよりも倒してる……」

「はやく“魔核”を取ろう」


 何体倒したとか興味がないので俺がそう提案したところ、ステラがそれを制した。


「……あれを」


 うにょんと身体から一本、伸ばして刺した先には馬車とそれを囲むようにして身なりの汚い複数人の男たちが武器を構えている。馬車の近くには護衛らしい人たちが立っていたが、多数に無勢に見えた。


「冒険者崩れの野盗だね」


 レイがこっそりそう言う。


「…………チャンスだ」


 ステラは馬車を指さしたままにぶるぶると震えた。

 笑っているのだ。


「は?」

「……貴族に、恩を売ろう」

「はぁ……?」

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