第08話 歓迎と”稀人”

 俺たちは、まず川で洗濯している人たちに姿を見せることにした。


「こ、こんにちは……」


 俺とステラが近づいてそう声をかけると彼女たちは、俺の姿をみてあんぐりと口を開けたかと思うと上から下まで何度も何度も視線を上下させて……そのまま後ろにぶっ倒れた。


「え!? ちょ、ちょっと!!?」

「良いって良いって。気絶してるだけだから」


 その時、俺の後ろの方から声が聞こえてきた。


「き、気絶って……」

「君、『最果て』から出てきただろう? そりゃあ、気絶もするよ」


 振り返ると、栗色の髪の少女が立っていた。肩にかからない程度にカットしてあるちょっとだけ小柄な少女だ。右手には木剣が握られている。だが、服は村人たちが着ているようなものとそう変わりない。


「あ、ああ。でも、『最果て』から出てくるのってそんなに珍しいことなのか?」

「うん。冒険者ならおかしく無いけど、防具もつけずにそんな恰好してる人が山から出てきたら驚くよ。その口ぶり、もしかして……“稀人まれびと”?」

「おお、正解。よく分かったね」

「ほ、本当に!?」


 目の前の少女はとても驚いたように目を丸くしたが、いったん落ち着いて「こほん」と咳払いをした。


「ようこそ、“稀人まれびと”さん。こんな格好だけど、歓迎するよ」

「ああ、ありがとう? ……で良いのかな」

「もちろん」

「ボクの名前はレイ。“彼方かなたの剣”のレイよろしく」

「俺の名前はユツキだ。よろしく」


 レイはそう言って、胸の前に手を持っていった。


「おっと、“稀人まれびと”にはこれじゃ伝わらないのか」

「挨拶?」

「そうだよ」


 レイは俺の質問にくったくなく笑った。


 それからしばらくして、村は大騒ぎになった。何しろ“稀人まれびと”がやって来たのだ。丁重にもてなさないと、村の沽券こけんにかかわるということで肉やら酒やらの大盤振る舞いで俺は出迎えられた。


「ようこそ、我が村にいらっしゃいました。ユツキ様」

「こ、こんな丁寧にもてなしてもらわなくても……」


 村長は深く頭を下げて、俺のコップに紫の液体を注ぐ。

 うわっ、アルコールの臭いがする。


「この村の特産品である山ぶどうのワインです。お口に合うとよろしいのですが……」

「うっ……」

「だ、大丈夫ですか? もしや、酒はお嫌いでしたか?


 顔が真っ青になった俺に、村長は心配そうに聞いてくる。


「え、ええ。ごめんなさい」


 本当は、アルコールの臭いで養父のことを思い出したのだ。アル中で、一日中仕事もせずに酒を飲みまくり、気分が悪ければ暴力を振るったアイツのことを。こっちの世界に来たというのに記憶は一向に薄まろうとしない。


「では、こちらはいかがでしょうか?」

「これは……?」

「同じ山ぶどうですが、こちらは酒ではなく果汁です」

「……いただきます」


 俺は新しいコップに注がれた果汁をちらりと見て、一口だけ口に含んだ。わずかなえぐみと、酸っぱさ。だが、それを上回るブドウの美味しさに目が丸くなった。味が濃い。だが、それは前の世界で飲んでいた不健康的な味の濃さではない。


 幾ら飲んでも身体に大丈夫だと、脳がはっきり叫んでいるような味の濃さなのだ。


「おいしい」


 俺がそういうと、村長は明らかにほっとした顔をした。“稀人まれびと”に粗相そそうを働いては一大事だと思っているようだが、“稀人まれびと”ってそんなに丁寧にもてなさないといけないのかなぁ?


「それは、何よりです」


 村長は次々と、俺に食べ物を差し出してきた。どれもこれも、正直言ってそこまで美味しくは無いのだけれど、食べればどこか懐かしさを覚えるようなものばかりだった。ステラはただのスライムの振りをして、あぐあぐと村人から差し出された料理を平らげている。


 ……お前が一番おいしいポジションにいないかそれ。


「それで、ユツキ様はどうしてこの村にいらっしゃったのですか?」

「……“稀人まれびと”を探しています」

「“稀人まれびと”を?」


 村長は俺の言葉に首を傾げた。


「はい。俺以外の“稀人まれびと”を。どこかでそんな話を聞いたことはありませんか?」


 俺がそう言うと、村長は胸の前で大きく腕を組んで考え始めた。


「この村は『最果て』に近いですからな、噂話は遠くてほとんど入りません」

「では、それを知れる場所は……?」

「ここから歩いて3日ほど先に『ファウテルの街』があります。あそこなら、多くの人が集まっておりますから“稀人まれびと”の話も入ってくるでしょう。そこでも駄目なのであれば、さらにその先の王都……。あそこであれば、間違いないかと」

「ありがとうございます」

「運が良い事にレイが『ファウテルの街』に行く用事がございます。もしよろしければ、道案内をさせますが」

「良いんですか!?」

「はい。いつ頃ご出立なさいますか?」

「なるべく早くが良いですね」

「では翌朝はいかがでしょう?」

「……レイさんは大丈夫なんですか?」

「ええ。アイツは親なしですから、止める者はいませんよ」

「そうですか。では、お願いしても?」

「お任せください」


 それからというもの俺の歓迎会は、夜遅くまで続いた。そこで俺はでの生活を根ほり葉ほり聞かれたのだった。


 あまり思い出したくない思い出が多いものの、こうも熱心に迎えられると答えないと悪いような気がしていじめられていたことなどは避けながら村人たちへの質問に何とか答えきった。


「…………。熱心だね……」

「歓迎が、か?」


 その後、俺達は村で一番の部屋へと案内された。


「うん……。まさか……僕まで……歓迎される、とは……」

「……レイさんに対してはどういう風に振舞うつもりなんだ?」

「ん……。そうだね……。考えるよ…………」

「まあ、“稀人まれびと”なら受け入れてくれそうな気はするけどな」


 この世界にやってきた異世界人、“稀人まれびと”。彼らは基本的に規格外として扱われており、彼らそのものが不思議の1つとして扱われている。そんなのが喋るスライムを1匹連れていたところで何もおかしくは思われないだろう。


「………………。随分と、慣れてきたね……」

「そうかもな」


 俺は、俺とステラに与えられた部屋の中で空を見上げた。満天の星、というのを生まれて初めて見たかもしれない。夜の空には、こんなに色々な星があったのだと俺は初めて知った。


 だが、どこにも月が無かった。


「これだけ星があれば、星座も作れるか……」

「どうか……した……?」

「いや、何でも」


 星ってこんなに綺麗なのね――。


 天使ちゃんはそう言いたげに、ぼうっと窓から空を見上げていた。


 俺はそれを後ろから見守りながら、ベッドに身体を預けた。この待遇を見れば、あの天使が言っていたことにも少しだけ信憑性があるような気がした。


「夢と希望にあふれる、か」

「どうか……した……?」

「何でもないよ」


 俺は空を見る。


「なんでもない」


 あの4人も、同じ空を見ているのだろうか。それを思うと、怒りがふつふつと湧いてくる。恨みつらみを吐き出したくなる。


 ――それが全て、俺の原動力だ。

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