第07話 『隠密』スキル

 あれから1週間、俺達は山の中を歩き続けた。こちらの世界に来てからというもの、不思議と身体は疲れづらい。どれだけ歩いても息が1つとして切れないのだ。まるでプロのアスリートになったような気がして、とても楽しい。


「森の中で……。『隠密』は……便利な、スキルだ…………」

「だな」


 俺たちはさっき仕留めたばかりの猪っぽい動物を解体して、肉を焼いていた。


 『隠密Lv1』の効果を、あれから数回調べてみて分かったことがある。


 ・1つ。『隠密』中は周りの生き物に気が付かれなる。

 ・2つ。『隠密』中に生き物に触れた際、その生き物は俺の姿を視認出来る様になる。

 ・3つ。2つ目の条件は俺が持っている物、着ている物にも同様にして作用する。

 ・4つ。2つ目の条件は再度『隠密』スキルを発動した際にリセットされる。

 ・5つ。敵に注目されている状態で発動した『隠密』スキルは効きが甘い。


 とりあえずはこの5つが分かった。他にも色々と条件はあるんだろうけど、それらはまた今度ということで。とにかく、不意の一撃を撃てるのは良い。この猪っぽい動物は『ファング・ボア』と違ってとても警戒心が強いそうだが、俺がどれだけ近づいても気が付かない。


 普通に狩ろうとすれば罠を仕掛けて、その罠にひっかかるまで待つ必要があるらしいが俺なら近づいて矢を撃てばいい。あとは木の上から槍で突くとか。とにかく、警戒されないのだからどんな攻撃も不意打ちになるのだ。


「なあ、人がいる場所までどれくらいかかるんだ?」


 俺はイノシシ肉をかじってそう言った。口の中にイノシシ独特の風味が拡がるが、それを上回るほどの脂の旨み! 肉を噛めばじゅっとあふれ出して、鼻へと抜けていくこれこそまさに至高。どれだけ食べても飽きないね。


「……もう少しだ」

「ここはそんなに離れたところなのか?」

「ここは……。……『最果て』」

「ん?」

「人族が……勝手にそう呼んでいる……」

「最果てねぇ……」


 さらに肉にかぶり着いた。歯を肉が受け付けると、心地よい弾力と共に喰いちぎられる。直火で炙った焦げ臭さが、うーんたまらん。俺はすぐにそれを食べきると、指についた脂をぺろりとなめとった。


 下品よ――。天使ちゃんがたしなめる様にジト目を向けてきた。


 ここにはステラしかいないし、気にする人もいないから大丈夫でしょ。


「俺たちが向かうのはそんな『最果て』の村なのか?」

「……『最果て』と、人が住む場所……その、ふち……」

「ふうん」


 ステラはわずかに震えると、猪の内臓を全て消化しきった。彼(彼女?)は、あんまり肉というよりは内臓を食べたがる傾向にある。野生のライオンもシマウマの内臓から食べるというし、野生のモンスター特有の何かがあるのかもしれないな。


「じゃあ……いこう……」

「この余った肉はどうするんだ?」

「好きに……すれば…………」


 じゃあ持って行こうっと。別に数日くらい放っておいても大丈夫でしょ。俺は生肉をゴブリンから奪ったナイフで斬ると、彼らが持ち運んでいた袋に入れておく。


 取り過ぎよ――。

 

 全部食べるからへーきへーき。


 天使ちゃんは俺の返答に本当? と言った具合で首を傾げてふわりと浮かび上がると、肩に止まった。


「こっちだ…………」


 ステラが山を下り始めた。俺はその後ろをついてまっすぐ降りていく。しばらく歩くと、遠くから変な臭いがしてきた。多分、俺が森の中にい過ぎたから森以外の臭いに敏感になったせいだと思うけど、確かに変な臭いだった。


「そろそろだ……」

「村か?」

「うん……」


 ステラは歩みを止めることなく、ぎゅっと身体を小さくした。


「僕は……。ユツキの……モンスターということに……する……」

「……テイマーね」

「そう……。別に、おかしくない…………。“稀人まれびと”のテイマーは……スライムをよく……テイムするらしいし…………」

「へえ。詳しいな」

「そうでも……ないよ……」


 そうは言うけれど、ステラはとても嬉しそうだ。もしかしたら照れているのかもしれない。スライムなのに……というのもおかしな話だが、ステラはとても感情豊かだ。それをあんまり言葉に出さないだけで身体の震え方とかで何を思ったりするのかが案外分かったりする。


 もしかしたらスライムは身体の震えでコミュニケーションをとっている種族なのかもしれない。


「村人が……。襲われて……助けるみたいな……状況があれば、最適なのに…………」

「それの何が最適なんだ……?」


 急に物騒なこと言いだしたな、こいつ。


「だって……村人を助ければ……村に馴染みやすくなるから…………」

「あぶねえこと考えてんなぁ」

「そう……かな………」


 ステラは、ポツリと言った。


「“稀人まれびと”は……甘い、から……ね……」

「甘い?」

「そうじゃないのも……いるらしいけど…………」


 ステラはいまいち要領を得ない返しをして、ぶるぶると笑った。ステラは時々こういう風になることがある。


「“稀人まれびと”は……吉兆の……印…………」

「うん?」

「……。だから……とにかく………………」

「うん」

「ユツキの……探す“稀人まれびと”が……見つかれば……いいね」

「そうだな」


 ステラはそう言って、大きな岩を飛び越えた。俺もその岩をよじ登って、森の外を見るとそこから小さな集落が見えた。家の数は8こほど。よく見ると、村人たちと馬っぽい動物……だけど、牛っぽくも見える動物が農具を引っ張って畑を耕しているのが見えた。


 村の側には綺麗な川が流れていて、その側では洗濯をしている村人たちの姿も見える。


「ひ、人だ……。本当に、いたんだな……」

「そりゃ……。いるよ…………。人だから…………」


 そうは言うが、ほぼ1週間ぶりに見る普通の人間である。


「そう言えば言葉って通じるのかな……?」


 ステラとは会話が通じていたので、サラッと忘れていたがよくよく考えてみればここは別世界。異世界である。日本語が通じるとは到底思えないが……。


「“稀人まれびと”の……言葉が……通じない、という……話は……聞いたことがない……」

「そっか、じゃあ安心だ」

「言葉は……『詞神ことばのかみ』の名の下に……統一されたから……」

「言葉の神? 他にも神様はいるのか?」

「……いるさ。『才の女神』。『剣神つるぎのかみ』。…………“古き神々”、“外なる神々”。……たくさん、いるよ」

「へぇー」


 日本神話に近い考え方なのだろうか?


 というか多神教の世界って大体似たような考え方になるし、こっちの世界でもそれは同じなのかもね。


「じゃあ……行こう……」

「そうだな」


 俺たちは村に着くべく再び歩き始めた。

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