第06話 戦い慣れ

「ユツキ……。君は、戦い慣れて……ないの?」

「どうして?」


 森の中でこけに注意しながら川沿いを下っていく途中で、ステラがぼそっとそう言った。俺は喉が渇いたので適当に川の水をすくって口に入れる。近くにモンスターの影はなし。


「身体の……動き、かな。なんか、そういうのが分かるんだ……」

「へー。武道家みたいだな」


 テレビでそう言うのを見たことがある。一流の武道家は、歩き方や身のこなしでその人が強いか弱いのか分かるのだという。ほんとかよ、と思うがスポーツ経験者は、似たようなスポーツをしたときに明らかに身体の動きが違うので、そう言うことなのかも知れない。


「武道家……では、ないけど……。分かる、よ……」

「そうかい」


 それが何だというのか。俺は顔の高さまで降りてきていたつたを手で払いのけた。1人と1匹は川にそってひたすら下る。ステラ曰く、この川を降りていけば人里の近くに着くのだという。


 ちなみにその話を聞いてから1日以上歩き詰めているが、未だに人間味のある景色にたどり着けていない。たどり着けていないが、身体は全く疲れない。こっちの世界に来てから身体が生まれ変わったようだ。


 身体の能力があがっているのだろう。どこまで上がったのかは分からないが、ゴブリンたちを殺して回って、さらに続けて山を歩き回っても筋肉痛の1つも出てないから、相当身体能力が上がったんだと思う。“魔核”を食べたおかげかも知れないが。


「んで、どうして俺が弱いのにゴブリン殺せたのかが聞きたいのか?」

「……違う。……強く、なりたくないか……?」

「…………そりゃ」


 ステラはこちらを振り向かずに問いかけてきた。俺はステラを追いかけながら、すぐに返した。


「そりゃ、強くなりたいさ」


 アイツらを殺す。なんと言われようとも殺す。そう、心に誓ったのだ。


 だが、今のままじゃ届かない。【創造魔法】を奪われた俺には『隠密』スキルしかない。しかもレベル1。レベル1と言えば雑魚も雑魚。レベリングしなければ最序盤でやられしまうような雑魚スキルだ。


「教えようか……? 戦い方を……」

「……教えてくれんの!?」


 願っても無い話だ。喧嘩をしたことも無ければ、格闘術も習ったことが無い俺にとってアイツらを殺すってのは至難の技だから。


 スライムから、教わるの――? 天使ちゃんはマジかこいつ、みたいな目でこっちを見てくる。確かにそう言いたい気持ちは分かるけど、誰にも教わらないよりマシだ。何も知らないより、知っていた方が戦いやすい。


「“稀人まれびと”に……。戦い方を教える……。誰も……やったことが、ない……からね……。おもしろ、そうだ……」

「それならステラ先生さんよ。最初に何やればいいんだ?」

「……そうだね。じゃあ、あれ……殺して」


 ステラがうにょん、と身体から触手のように伸ばした指の先にいたのは大きな猪。木の影が邪魔をして俺たちには気が付いていなかった。


「それだけで良いのか?」

「うん……。それだけで、良い。あれは『ファング・ボア』……。ゴブリン、より……強い、よ」

「モンスターなのか?」

「うん」


 なら倒した後に“魔核”を抜くのを忘れないようにしないとだな。俺はゴブリンから奪った短剣を構えて、腰を低く落とすと『隠密』スキルを発動。下に生い茂っている草や落ちている枝に注意を払いながらファング・ボアに近づいていく。


 相手が野生動物くらいの知能があるなら近くでなった音には当然、敏感なはずだ。なら音には注意を払っていくべきだ。それに相手は大きな猪。単純な体長だけで言ったら3mくらいはあるはずだ。


 そんなの相手にこんなナイフ一本で勝てるだろうか?


 勝てるはずがない。ってことはもっと別の武器を考えないとだな。俺は代わりの武器がないか周囲をみた。だが、特にこれと言って武器になりそうなものはない。周りにあるのは木の枝くらいだ。


 ……木の枝?


 木の枝なら使えるんじゃないか? 俺は周囲を見て回ると、自分の腕くらいはある立派な枝に目を付けると体重をかけて、折った。バキバキッ! と大きな音がして枝が地面に落ちる。


 それを聞いたファング・ボアが驚いて、


 ……逃げずに振り向くのか。


 俺はそれに驚きを覚えながらも、折った枝をナイフで槍状にとがらせていく。即席だが、立派な武器だ。ファング・ボアは警戒するように鼻をすんすんと鳴らしたが、俺の場所には気が付かない。


 当たり前だ。俺はいま『隠密』状態。見つけられるはずがない。


 槍を作った俺は立ち上がると、ファング・ボアに近づき木に登る。そして、槍を抱えた状態でファング・ボアに飛び降りた。当然、槍を向けたまま。


『GYAAAAAAAA!!!!』


 ファング・ボアの悲鳴が森の中に響き渡った。俺が手に抱えていた槍はファング・ボアの身体深くにしっかり刺さると、そのまま肉をえぐり取って大きく出血させたのだッ!


 止めを――。


 冷徹な天使ちゃんがファング・ボアを見下ろす。いや、これは冷徹なんじゃない。優しさなんだ。獲物を狩るのであれば、苦痛を長引かせない。天使ちゃんの言葉は、優しさから生まれているんだ。


「シッ!」


 俺は息を吐くと、地面を蹴ってファング・ボアの首にゴブリンのナイフを突き立てた。だがその瞬間、ファング・ボアは大きく身体をよじって俺を落とそうとしてきたのだッ!


 く、クソッ!!

 このままだと降り落とされるッ!!!


 俺は必死になって首にナイフを突き立てた。命を奪う。生き物を殺すということは微塵も頭に無かった。ただ、目的を遂行するためだけにナイフを振るった。


 身体深くまで槍が入っているというのに、ファング・ボアは思ったよりも抵抗して首を斬るのに時間がかかったが、ある瞬間に急に身体の動きを止めるとそのまま地面に崩れ落ちた。……死んだ。


 俺はナイフでファング・ボアの身体を裂くとそこから小さな“魔核”を取り出した。


「……お疲れ様」

「血まみれになったよ、ちくしょう」

「機転の、利かせ方……は、良いと、思う。スキルも、上手に使ってたし……」

「どーも」

「慣れれば……スマートに、やれる。何事も、慣れが……大事だ」

「……殺しもか?」

「あたり、まえ」


 ステラはうにょんうにょん、と動くと俺がファング・ボアに刺した槍を引き抜いた。


「なあ……。ユツキ、君は……“稀人まれびと”だから、知らないと……思うが」

「なんだよ」

「この猪、美味しいんだ……」

「……もしかしてさ」


 俺は血だらけになったナイフを払ってステラに尋ねた。


「食いたくて、殺させたの?」

「そうだよ……」

「つ、強くなるための練習は……?」

「……積み重ね、だよ」


 よく分からんことを言いやがる。

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