第05話 流離いのステラ

「そりゃ……。僕だって、喋れるさ……」


 目の前のスライムは身体をぶるぶると震わせてそう言った。


「い、いや……。だって、お前はスライムだろ! す、スライムって喋れるのかよッ!」

「スライム……。久々に……聞いたね。音が、可愛い……」

「か、可愛いって……」

「それで……。これは……お前が、やったのか…………?」

「……ああ」

「小鬼たちの……7氏族の長……。……魔核もしっかり抜いている…………。君は……。冒険者……?」

「冒険者?」

「いや、その姿は……。そうか……。“稀人まれびと”だね……」

「まれびと?」


 何だなんだ? 

 言葉は通じるのに言ってる意味が全然分かんないんだけど……!


「…………。お前は……この世界の住人じゃない、だろ?」

「ああ。そうだ」

「そういうのさ…………」


 そういうのさ、と言われても困る……。ただ、このスライムの言い方からして、この世界には別の世界からやってくる人間が知られているのだろうか?。


「けど……。“稀人まれびと”が、よく魔核をわかったね……」

「……教えてもらったんだ」

「そう……。それは……良かったね…………」

「あぁ……」


 スライムはそう言うと、ゴブリンたちの死体を身体に飲み込んだ。それも7体全部。


「……貰っても……良いだろ……?」

「そりゃあ、まあ」

「ありがとう……。お腹が……空いてたんだ……」


 スライムってお腹すくんだ……。


「足……。どうしたの……」

「……ゴブリンにやられたんだよ」

「ゴブリンに……。…………。ふうん。“稀人まれびと”なら、魔核を食べればいいのに……」

「魔核?」

「……………。モンスターの……心臓にある、石。全部、剥いでるじゃ……ないか……」

「ああ、これか……」


 俺はポケットに大量に入っている紅い石を取り出した。この世界の生き物全部にあると思ってたけど、モンスターにしかないんだな……。


「おいしいのか?」

「さぁ…………」


 っていうか、これ食べられるのかよ……。ちらり、と天使ちゃんを見ると、彼女は別に食べようしている俺を止めようとしているようには見えなかった。むしろ、食べればとまで言いたげである。


「……誰か、見えるんだね…………」

「悪いかよ」


 馬鹿にしたようにスライムが言ったのでちょっとムッとした感じで言い返すと、スライムは身体をぶるぶると震わせた。


「まさか……。“稀人まれびと”だから……そういうのもあるさ……」


 こいつの言っていることはよく分からない。だから、俺はそれを無視して魔核なる石をぺろっと舐めてみた。すると、独特の甘さが口の中に広がる。思わず口の中に1つ放り込んだ。


「…………。どうだい……?」

「パイナップルの飴みたいだ」

「パイナップルは、知らないけど……。美味しいなら…………。何よりだ……」


 1つ舐め終わると、次第に元気が湧いてきた。先ほどまで感じていた疲労感が吹き飛んだ感じがする。まるで足の怪我も治ってきたような気までしてくるのだから、凄い。まるで万能薬だ。


「……なあ。お前、何でここに来たんだ?」


 魔核をもう一つ口の中に放り込んで俺は聴いた。普通、スライムのように弱いモンスターがゴブリンの死体だらけになった場所に1人だけいる人間に近づくだろうか。常識的に考えて、そういうのは無いだろう。自分も殺されると思うはずだ。


「人間に……。用があるのさ…………」

「用?」

「僕は……。人の技術に興味がある……」

「どういうことだよ」

「強く……なりたいんだ…………」

「……? スライムが?」


 俺がそう言うと、ソイツは身体をぶるぶると震わせる。さっきからよくやるけど何なんだその動作。


「スライム……。だからこそ……さ」

「…………ふうん?」

「“稀人まれびと”なら……、なおさら都合がいい……」

「何がだよ」

「取引が出来る…………。僕は……お前に……この世界のことを教える……。お前は……僕を連れて……人の街を歩いてくれるだけで良い……」

「……ああ。そういうことか」


 この世界の情報。それは確かに知りたい。


「その話、受けるぞ」

「そうか……。それは……何よりだ……」


 スライムは、うにょんと形を変えると俺に向かって身体の一部を差し出してきた。


「“稀人まれびと”は……。こうやって……挨拶するんだろう……?」

「……ああ」


 握手かよ! 分かりづらいわ!!


 俺はスライムに差し出された手を取って、握手を交わした。


「…………。名前、聞いても良い……?」

「ん? 俺の?」

「それ以外に……。ないだろう…………」

結月ユツキだ。俺の名前は結月っていう」

「ユツキか…………。良い名前だ……」

「お前は?」

「僕は……ステラ……。“流離さすらい”のステラ……」

「ステラ。よろしくな……」

「ああ……。こちらこそ……」


 俺とステラは再び握手を交わすと、焚火を維持するための薪を集めることにした。


 

 次の日、俺は激しい殴打おうだの音で目を覚ました。ドン、ドン、ズン、と規則正しく音が響く。


「何の音だ……?」


 身体を起こして音のする方を見ると、ステラの身体から何本も生えた腕が木を殴っていた。それは人の格闘術に似ているが、本当は全然違うんだろうと素人の俺でも分かった。多分、あれは我流だ。


「おはよう……」

「おはよう。……何やってんの?」

「決まってるだろ……。トレーニング……」

「熱心だな」

「僕は……。弱いから…………」


 ヒュドドドッ!!!


 激しく連続した音と共に、今までステラが殴っていた木が、ミシミシミシッ!! と、へし折れて森の中に倒れこんだ。


「足は……。もう、いいのか……?」

「えっ。あ、そうだったな……」


 そう言われて、足に傷を負っていたことを思い出すとちらりと見た。けど、そこには普通の足があった。かさぶたも何にもない。ただの、足だ。


「治ってる……」


 そういうと、ステラは身体をぶるぶると震わせる。


「流石……。“稀人まれびと”だね…………」


 ああ。分かったぞ。この身体の震え。

 こいつ、これで笑ってんだ…………。


「今日は……。どうする……?」

「人のいる場所に行きたい。知ってるか?」

「もちろん……。知ってるさ…………。一番、近いところで……良い?」

「なるべく人の多い場所が良いな。知りたいことがある」

「僕じゃ……駄目なこと…………?」

「他の、“稀人まれびと”のことなんだ」

「他の……? ユツキ以外にも……来てるんだ………」


 それに俺は頷いた。


「ああ。絶対そいつらを見つけないと俺の気が済まない」

「……。契約の……範囲内なら…………手伝うよ……」


 そう言って、ステラはまっすぐ進み始めた。その歩みは、速い。少なくとも、俺が歩いている速さと同じくらいかちょっと速いくらいだ。


「……“稀人まれびと”は……何かを持っている……」


 ステラは山を登りながら、突然喋り始めた。


「知識……。技術……。暴力……。……けど……ユツキは……何も、無いんだろう……?」

「……分かるのか?」

「分かる……。ユツキの心に……余裕がないから…………」


 ステラはそういって、倒木の上をぴょんと飛び越えた。俺もその後を続いて、倒木をまたぐ。


「それは……。他の“稀人まれびと”と……関係があることだ……」

「……よく分かったね」


 ステラはぶるぶると震えて笑った。


「見ることには……。自信があるんだ……」


 そう言って、ステラは。


「ユツキは……面白いね…………」


 さらに笑った。


「……じゃあ、お前はなんで強く成りたいんだ」


 俺は意趣返しをするようにそう尋ね返した。なんだか自分のことばかり読まれてちょっと嫌な気持ちがしたので、そう聞き返したかったのだ。


「倒したい、相手が……いるんだ……」

「誰だ?」


 俺の問いかけにステラはぶるぶると震える。


「黒竜、オリオン……」


 スライムはいつもと同じように震える。しかし、その体には明確な殺意が宿っていた。


「“輝ける”オリオン……さ……」









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