第04話 ゴブリン狩り

 『隠密』を使っている時は、自分の身体の感覚があやふやになってしまう。例えるなら、夢の中にいるみたいな感じなのだ。どこまでが自分で、どこからが世界なのかの区別が曖昧あいまいになる。


 だから、俺は目の前にゴブリンたちが5体あつまって仲間の死体を指さしてどうのこうの言っているのを聞きながら、それを他人事のような気持ちで木の影に隠れながら見ていた。


「ガァッ!」

「ギギィ!」


 どうやらゴブリン5人組の中にいるちょっと大きな個体が班長みたいだ。他4人はその大きなゴブリンが言っていることを黙って聞いて、時々相槌を返している。何を言っているのか全然分かんないけど、多分人間と話していることは変わらないんじゃないかと思う。


 例えば……。

「遠くには行ってないはずだ。探せ!」とか。「見つけ次第殺せ!」とかかな。しばらく隠れて見ていると、4体のゴブリンたちは2人組に分かれてそれぞれ別方向に行ってしまった。犯人探しに行ったのかな。ここに居るのに。


 ちょっと大きなゴブリンは、胸をぽっかり空けられた死体に向かって空中に指で何かマークを書いた。あれが彼らなりの黙祷もくとうなのだろう。その後、目をつむって祈る様な唄を歌い始めた。


 ああ……。これは彼らの追悼なんだ……。


 だけど、悪い。


 俺は草をかき分けて外に出る。わしゃわしゃと音がしたから、ちょっと大きなゴブリンはちらりと後ろを見たけど何もない事を確認してまた同じように目をつむった。見つかるかも知れないと思い、とっさに地面に伏せていたのだがそれが功を奏したらしい。俺はバレない。


 ……『隠密』スキルってとんでもないスキルなんじゃないだろうか。


 そんなことを思いながら起き上がると、大きなゴブリンの背後に回って首元にそっとナイフを回す。そして、そのまま横に斬り抜いた。このナイフはとてもよく研がれているのか、何の抵抗もなく大きなゴブリンの首を斬れた。


 その時、ばっと大きなゴブリンが後ろを振り向いて、どうしてここに!? と言った具合に目が大きく見開かれて…………死んだ。


 流石にこの距離に近づくと見つかるようだ。それとも攻撃されたら解けるのかな?

 ここら辺はしっかり確かめておかないと、いつか大変なことになりそうだ。


 俺はちょっと大きなゴブリンの死体の胸を開いて、さっきの紅い石を取り出した。ビー玉くらいの大きさの石だが、これは何に使うんだろう。


 俺はさっき拾ったやつと同じように紅い石をポケットに入れると、森の中を見回した。どうやら、さっきまでいたゴブリンたちは俺がいる場所の捜索をやめたらしい。その代わり、下に下に向かっていく松明の光が見えた。


 あそこにいるわ――。天使ちゃんが顔だけ出して指を指した先には2人のゴブリンがペアになって歩いているのが見えた。一番近いし行きやすいな。ありがとう。天使ちゃん。


 どういたしまして――。


 俺はもう立ち上がって歩くことにした。中腰での移動になれていなくて、腰を痛めるし足のケガも痛い。それに『隠密Lv1』の効果がどこまであるのかを試したかったのだ。ほとんどのゴブリンたちが下に行ったので、上を警戒しているゴブリンはほとんどいないと考えた。


 まっすぐ歩いて談笑しているゴブリンのペアに近づくと、1匹心臓を貫いた。急に前のめりに倒れた仲間に駆け寄ろうとしたゴブリンの首を斬った。互いの石を取り出して、良い事を思いついた。


 木に吊るされているツタぐと、ゴブリンの死体に巻き付けて木に吊るすことにしたのだ。


 昔、マジシャンの本を読んだ時に書いてあったのだが、人はド派手なことをすると注意がそこに向いてしまって、それ以外のところに注目できなくなってしまうのだという。ゴブリンは群れで行動し、言語で意思を伝えている。それに武器や防具もちゃんとしたものを持っていた。


 なら、これも効くだろう。


 そう思ってゴブリンの死体を吊るしたままいったんその場から離れた。


 20分ほど経っただろうか。上に残っていたゴブリンは全て殺してしまった。ポケットの中にはゴブリンから取り出した石がゴロゴロしている。こっそり隠れながら吊るしたゴブリンの死体を見ていると、下に降りていたゴブリンたちが戻ってくるなり俺が吊るしたゴブリンの死体を見つけて騒ぎ始めた。


 それを聞きつけてゴブリンたちが一気に一か所に集まってくる。


 ぱきぱきとそこいらに敷き詰められた枝きれや樹木の皮を踏んで集まったゴブリンたちは、木に吊るされた死体を何とか降ろそうと四苦八苦しているように見えた。身長が低いからこういう時に大変だろう。


 だから俺は背後からそっと近づいて、松明を持っていたゴブリンを殺すとその火を地面に落とした。


 ボゥッ! と、落ち葉に火がつくとゴブリンたちを巻き込んで燃やしていく!!


「ギギャ!?」「グェ!!」「ガァー!!?」


 急に地面が燃え始めたのに焦ったゴブリンたちは逃げ出そうとする。集団の外側に居た者たちはすぐに逃げ出せたが、真ん中に居た者たちは身体に火が燃え移ってしまっている。それもそのはず。地面には樹木の皮や木々の枝など燃えやすい素材の中に隠して松明の油を撒いていたのだ。


 そして、逃げ出したものも無事では済まない。俺は火傷を負っているゴブリンの首を斬り、心臓を突いて殺していく。炎は大きく燃え広がるが、木を燃やすことは無い。まだ葉っぱが青々としている木は水をたっぷり吸っているからだ。燃えるのはあくまでも松明の油を撒かれた地面だけ。


 成す術もなく、火に巻かれるゴブリンたちを殺していく。1匹、また1匹と殺していく。こんなのただの八つ当たりだと分かっている。だが、俺が生き延びるためには必要なことだ。粗方殺し終わると、天使ちゃんが石を取っておけというので死体の胸を切り開いて石を取っていく。


 すると、1匹のゴブリンが一生懸命仲間の蘇生をしている姿が見えた。


 手に持っていた軟膏みたいなものを火傷の傷口に必死に塗っている。ふと、そのゴブリンがつけている装飾が周りのゴブリンと違うことに気が付いた。少しだけ他のゴブリンたちよりも装飾が派手なのだ。


 ……もしかして、こいつはメスなのだろうか。なら、必死に傷を治しているゴブリンはこのメスの恋人だったのかも知れない。


 俺はとりあえずソイツを無視して、他のゴブリンたちの胸から石を剥ぎ続けた。全てのゴブリンの石を回収したのは、すっかり付けた火が収まってしまった後だった。残るゴブリンは必死になって死んだゴブリンを治療していたソイツだけ。


「……なぁ」

「ギッ!?」


 俺が話しかけると、そのゴブリンはびっくりしてこっちに振り返った。どうやら俺に気が付いていなかったみたいだ。そいつはさっきまで一生懸命治そうとしていたゴブリンの身体を抱きかかえて、俺から逃げ出そうとした。


 だが、死体を抱えて逃げ出してすぐにつまづいてこけた。


 そして、とても怯えた瞳でこちらを見た。殺さないでくれ、見逃してくれ。そう言いたげな瞳でこちらを見た。


「なあ、何で俺を襲ったんだ?」

「…………」


 言葉は通じない。通じるはずがない。


「まあ、そうだよな……」


 俺はまっすぐ歩いて、そのゴブリンの首を刎ねた。


 終わったの――。


「いや、まだだよ。上にいるかも知れないからね」


 そう――。


「眠い?」


 ううん――。


「じゃあ、悪いんだけどもうちょっと付き合って」


 良いわよ――。


 俺はゴブリンたちの死体を後にして、来た道をまっすぐ戻った。上に上に上がっていくと、木々も草花もない開けた場所に出た。そこには7人のゴブリンが輪になって座っており、その中心には男の首が吊るされていた。


 その首は、俺を指さした男の首だった。


 そうか、死んだんだな。


 その顔は笑っているのか、泣いているのかよく分からないような表情で焚火の光で闇夜にぼんやりと浮かんでいた。


 殺すんでしょ――。


 勿論。


 俺は『隠密』スキルを使った。身体が背景に溶け込んでいく独特の感覚。癖になってしまいそうだ。俺は素早くゴブリン1体の背後に近づいて心臓を貫く。刺し過ぎてもうゴブリンの心臓を刺し過ぎて場所を覚えてしまった。


 そして、そのまま死体を燃え盛る焚火の中に投げこんだ。


 残る6体の視線が一斉に焚火に投げこまれた死体を見て、そして死体となったゴブリンの座っていた場所を見た。だが、そこに俺はもういない。そこから6体狩るまでにそう時間はかからなかった。


 随分、殺したのね――。


「そうだね。思ってたよりも多かったよ」


 これで、スッキリしたかしら――。


「……どうだろ」


 何のために集まっていたゴブリンたちだったか知らないが、とにかく石を剥ぐ。その7人の石は他のゴブリンたちの石よりも1周りほど大きかった。


 俺は焚火の側に腰を降ろすと、暖を取った。ぱちぱちと薪が爆ぜる音と、時折風が吹いて吊るされた首が動く以外は何も無く、ただ漫然と時間が過ぎていった。


 動かないの――。


「……疲れちゃった」


 休むと良いわ――。


「うん。そうするよ」


 足の傷を見ると、いつのまにか大きなかさぶたが出来ていた。完治できるのか分からないが、歩けるならそれでも良いかなと思う。


 そうして、どれくらいの時間経っただろうか。火の前でうつらうつらしていると、急に天使ちゃんが慌ててポケットから飛び出した。


 何か来るわ――。


「何か?」


 その時、茂みの中から1匹の生き物が飛び出してきた。


 全体的に丸みをおびて、身体は半透明。そして、身体の中心に石が見えた。こいつも石を持っているのか。もしかしたら、この世界の生き物はみんな石を持っているのかもしれないな。


 そいつはずるずるとゆっくり移動しながら、俺の方にやってくる。……スライム。正しい名前は分からないが、こいつの名前は多分スライムだ。


 スライムは胸の開かれた死体の側で立ち止まると興味深そうに覗き込んだ。と言っても目がないから覗き込んでるかどうかなんてわかんないんだけど……。そして、ソイツはこちらに振り向くと。


「これは……。お前が、やったのか……?」

「喋った!?」


 スライムは、喋った。

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