第02話 窮地とスキル

 光が爆ぜた。


 反射的に目を閉じると、どすん、と身体がどこかに落ちたのが分かった。


 ピピピっ! 遠くから、鳥の鳴き声が聞こえて来る。そして風によって葉っぱがこすれるような音も。


 ……遅れて、ゆっくりと目を開く。


「……森?」


 周りにはいくつも木が生えていて、葉っぱが風になびいていた。どうやら俺が落ちたのは土の上だったらしい、ふかふかの土の上に身体がどしっと乗っかっていた。


「ここ、どこだ……?」


 地面が斜めになっているし、木々の隙間から遠くの景色が見えた。どうやら、山の真ん中あたりにいるらしい。遠くに見える景色は、一面の木々が連なっていた。さらにその奥、遠い遠い先に白く雪の積もった山も見える。


 ってことは向こうが北なのかな?


 違うか。普通に標高が高いだけか。


「……どうしよ」


 コンパスがあればどうにかなるかもしれないと思い、手に力を入れてみたが何も起こらない。本当に【創造魔法】は奪われたようだ。


「……クソッ!!」


 少し怒るが、それじゃ何も変わらない。

 俺は頭を冷やすために首を振った。


「水が……いるな」


 食事は4日しなくても生きられることは既に自分の身体で証明済みだ。けれど、水がないとすぐに死んでしまう。まだ身体は元気に満ちているが、これは生まれ変わったからだろう。けど、すぐに限界が来るはずだ。水がいる。


「【創造魔法】があれば簡単に水作れたんだろうなぁ」


 独り言をつぶやいて、起き上がった。


 川か、湖を探す必要がある。


「クソッ! 覚えてろよ」


 悪態をついて、とりあえず上に向かった。今いる山は綺麗な葉っぱをつけた木がたくさん生えている。ということは定期的に雨が降るのか、それとも地下水が流れているのか、それとも川がどこかにあるはずだ。


 ……前の世界では、だけど。


 上に向かえば川の上流があるかもしれない。そんな簡単な考え。ただ、上に向かえば下の景色が見えるし、そうしたらどこかに人里が見えるかもしれない。そう考えると、案外悪い案じゃないだろう。


 その時、胸ポケットがもぞもぞと動いた。


「……天使ちゃん」


 どうしたの――、と言いたげに目を瞬きさせた。


「川を、探しているんだ。水がないと死んじゃうから」


 そっか――。天使ちゃんは胸ポケットから出て、ぱたぱたと羽を羽ばたかせると上に上に飛んでいった。


 急にどうしたんだろう? もしかして川を探しに行ってくれたのかな。


 天使ちゃんが戻って来た時、俺がここにいないと天使ちゃんが行方不明になってしまいそうだから黙って待っていることにした。


 時計がないから具体的な数字は分からないが、まあ大体2、3分ほどだろう。それくらいたってから、天使ちゃんが戻ってきた。


 こっちだよ――。まるでそう言うのかのように、俺の服を数回引っ張って、山の斜面を登り始めた。それについて、山を登っていると途中で天使ちゃんが向きを変えた。当然、それについていく。


 30分くらい歩くと、遠くから水の流れる音が聞こえてきた。天使ちゃんがこっちを振り向く。それに、俺は頷いた。


「ありがとう」


 良いの――。


 天使ちゃんはくすぐったそうに笑った。水の音がする方に走っていくと、綺麗な川が流れていた。……水だ。良かった。


「生水って飲んでも良いのかな?」


 俺の呼びかけに天使ちゃんは首を傾げた。どうやら天使ちゃんも知らないみたいだ。けど、ここまで歩いてきて、とても喉が渇いてた。とりあえず、手ですくって水を飲んでみる。その水はとても冷たい。雪解け水かな。


 飲んでみると、ほうっと声が漏れた。


 腹の底にはまだドロドロとした感情が煮詰まっていたが、頭の中はかなりクリアになった。


「じゃあ、行こう」


 どこに――。


「とりあえず、上に」


 川沿って登っていけば何かが見えてくるかもしれない。そう思って、山の上を目指すことにした。山登りなんてほとんどしたことは無いけれど、どれだけ山を歩いても身体が全然疲れない。


 お腹が空いたので、川に入ると川にあった大きな岩に近くにあった大きな石をぶつけて魚を気絶させると、火を起こして魚を焼いて食べた。


「人間、意外となんとかなるんだね。天使ちゃん」


 そうね――。


 天使ちゃんはとろん、と眠たそうな目を向けると大きくあくびをした。どうやらあれだけ眠っていたのにまだ眠たいらしい。俺が胸ポケットを指さすと、ふわふわと飛んで、ポケットの中に入った。


 さて、天使ちゃんが眠ったことだし上を目指そう。


 何時間くらい歩いただろう。太陽が沈み始めて、黄昏時に差し掛かった時、森の奥からがさがさと音がした。


「人かな?」


 熊とかだったらヤバいので、木に隠れながらこっそり音のする方に近づいていくと、森の中を歩く6人組の姿見えた。


「……何だ、あれ」


 しかし、その姿は人間ではなかった。身長は小学生くらいに小さく、服は動物の毛皮を剥ぎ取った物を着ている。手には小さなナイフを持っており、背中には弓矢を背負っていた。


 ゴブリン。


 不思議とそんな単語が頭の中に出来てた。


 そして、その6人が引っ張っているのは。

 

 ……人だ。


 殴られて気絶しているのか、それとも死んでいるのか。力なく開けられた目は、あらぬ虚空を見ており、鼻からはだらりと血が流れている。ぽっかり空いた口には折れた歯がいくつも見えた。


 突然その目がぐるりと動いて、俺と目が合った。


「おい、小鬼ども! あそこに人間がいるぜ!!」


 その瞬間、息を吹き返したかのように男が叫ぶと俺を指さした。ゴブリンたちは殴って男を黙らせると、指さした方に視線を運ぶ。そして、その先にいる俺を見つけた。


 ……ヤバいッ!!


 1匹のゴブリンが弓をつがえる。その瞬間、俺はきびすを返して脱兎だっとごとく逃げ出した。


 その瞬間、後ろに木にドスッ! と重たい音がして矢が突き刺さったのが聞こえた。


 何なんだよアイツ!!


 殴られた男は、笑っていた。俺を見つけて笑っていた。1人で死ぬのが怖かったのだろうか。それとも、自分の巻き添えを見つけて嬉しかったのだろうか。


 死ぬなら1人で死んでくれよ!


 川の側は走りやすいが、弓を防いでくれる障害物がないから危ないと思った。だから悪路である山の中を選んだのだが、これは正解だった。後ろから弓の音が聞こえるのだが、どれも木にぶつかって身体には当たらない。


 それに加えて、走っていると急にあたりが暗くなり始める。


 ……夜だ。良かった。


 太陽が山の影に完全に入ってしまったのだろう。それによって、追手おってけたはずだ。そう思っていたら、急に山の中にガン! ガン! と鐘を叩く音が響き始めた。その音に反応するように、わらわらと無数の松明を持ったゴブリンたちが飛び出してくる。


「何で……」


 もしかしたら、この山はゴブリンの縄張りだったのかも知れない。縄張りに入った侵入者は殺される。それは、当たり前のことだ。


 その時、左脚に鋭い痛みが走った。


いた……ッ!」


 見ると、矢が足に刺さっていた。そのまま、前方に倒れそうになって――胸ポケットに天使ちゃんが入っていることを思い出した。だから俺はそのまま地面に手をつくと、ぐんと押し返して一回転。


「すごっ!?」


 自分の身体能力に驚いた。何と転回ハンドスプリングをして、そのまま態勢を立て直したのだっ!!


 足を付いたが、不思議と痛みは感じない。アドレナリンが出ているのだろう。多分。


 今度は撃たれないように身体をかがめると、咄嗟とっさに地面にぽっかりと空いていた根っこと土の間に飛び込んだ。


「ハァ……ハァ…………」


 ……俺はもう走れない。


 足を見ると、綺麗に骨と骨の間に矢が突き刺さっていた。じくじくと鈍い痛みが走る。矢を抜こうかと思ったが、漫画でこういう時は抜かないほうが良いと言っていたのを思い出して、やめた。


 何でもこういう時に矢を抜くと失血死するらしい。本当かどうか知らないけど、こんな状況ではわらにもすがっていたかった。


 暗闇の中、ゴブリンたちの鳴き声が聞こえる。


 ギィッ! ギィッ! ギャァ!! ゴッ!!


 どうやらこの場所には気が付いていないようだ。


 だが、ゴブリンたちの鳴き声が聞こえる度に息を殺す。黙り込む。足からは血がぼたりぼたりと垂れていく。


 頼む、気が付かないでくれ。


 気配を殺す。それはまるで、実家にいるときのようだった。義父はいつも家にいて、酒を飲んでいた。その日その日で対応がころころ変わり、コンロで腕をあぶられたこともあれば、よく食べているつまみをくれることもあった。


 見つかれば、何を言われるか分からない。そんな状況で、なるべく目立たないように。なるべく目立たないようにと振舞う術を身に着けた。呼吸の回数を減らし、深く重たく呼吸を繰り返す。


 それで呼吸の音を減らすのだ。

 そして、心臓の音も消すように隠すように――――。


 もし【創造魔法】があればこの状況は違ったのだろうか。


 違ったのだろう。

 あのゴブリンたちが来れないようなバリケードを張ったり出来たはずだ。


 もしあのぼろぼろの男が俺に気が付かなければこんなことにはならなかっただろう。ゴブリンたちはあの男を引っ張っていって、それで終わりだったはずだ。


 あの天使は言った。夢と希望にあふれた新しい人生だと。


 これのどこが夢と希望にあふれているんだと今すぐに詰め寄って殴ってやりたい気持ちになった。前の人生と同じだ。人の目につかないように隠れて、こそこそ生きて、みじめに死んでいく。


 一緒じゃないか。何が違うんだ。


 人を恨むなと言われたから、俺はみんなを許そうとした。けど、みんなを許しても俺は許されなかった。けど、それに気が付いた時にはもう遅かった。もう、全てがどうでもいい。


 死ぬ。俺はここで――――、


“『隠密Lv1』を入手しました”


 遠く。どこか遠くで。


 そんな声が、聞こえた気がした。

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