無双の隠形~チートスキル【創造魔法】を”奪われた”俺は気配を消すスキルで復讐する~
シクラメン
第1章 ゴミみたいな、こんな始まりでも
第01話 全ての始まり
小さな時から、天使が見えた。
その子は手に乗るくらい小さくて、だぼっとした白い服を着ていて、背中にはふわふわの羽が生えていて、ずっと俺の周りを飛んでいた。
そのことを話すと、父親も母親も心配そうな目で見てきたから、その話をするのはいつからか辞めた。でも、
言われてみると、確かに妖精のような見た目をしていたけれど。不思議と俺は、天使だと思ったんだ。
天使ちゃんは、よく俺の話を聞いてくれた。辛い時、悲しい時、どんな時でも話しかけるとじぃっと俺の方を見て、そのあったかい目でずうっと俺の目を覗いてくれた。その目を見つめていると、どんな時でも癒されていくのが分かった。
だから、俺は大丈夫だった。
両親が離婚した後も。その後やってきた新しい父親に暴力を受けていた時も。
学校でいじめられた後も。幼馴染が事故で死んだあとも。
俺は、大丈夫だった。天使ちゃんが、話を聞いてくれるだけで、どんなに辛いときでも心は、大丈夫だった。
人を恨むなと教えられたから。
前の父親は口をすっぱくして何度も俺に言ったから。みんなを許した。どんなことをされても、どんなふうに扱われても。俺はみんなを許していたんだ。
だって俺には天使ちゃんがいたから。どんなことをされても大丈夫だった。大丈夫だと、思えた。
けど心は大丈夫でも、身体は大丈夫じゃない。父親から家の掃除をしなかった罰として4日食事を抜かれて、学校のいじめの主犯格にしこたま殴られた時に意識を失って……。
失って……?
どうなったんだっけ?
「あのぉ……。
「……はい。俺がそうですけど」
よく女の子と間違えられるこの名前は、間違いなく俺の名前だ。
目を開けると、目の前に息を飲んでしまうほどに美しい天使がいた。あまりに現実離れした美人だったので、思わず俺は死んだのかと思って首を傾げた。
「ええっとですね。本日12時25分。結月さんは亡くなりました」
「はぇ?」
変な声が出た。
いやいや……死んだって……? 本当に……?
「で、でも、こうして喋れてますよ!」
「はい。だってここは“裁きの間”ですから」
「裁きの間?」
なんか俺が理解できないうちにどんどん話が進んで行くんだけど……。
そういえば、天使ちゃんはどうしたんだ?
「あなたの天使は、ちゃんと側にいますよ」
そう言って、目の前の天使が笑うと俺の胸ポケットからもぞもぞと愛らしい顔を天使ちゃんがのぞかせた。
「て、天使ちゃん!」
大声ださないで――、とでも言うかのように眠たげに瞼を動かす天使ちゃん。
良かった、生きてて……。って、俺は死んでるから天使ちゃんも死んでるのかな。
「さて、結月さん。あなたが送ってきた人生はとても辛く、苦しみに満ちた人生でした」
「そ、そうですかね……?」
「はい。そうです。神様は全ての人間の人生を管理されておられますが、貴方の人生は不幸な偶然でしか生まれないような産物だったのです」
「そ、そうだったんですか……」
「はい。だって普通の親は教育と言ってあなたの腕を火をつけたコンロの上に押し付けませんし、友達はあなたに洗剤を飲ませることを強要しません。先生だってあなたに体罰を振るうことはありませんし、警察も通報を受けたら動くんです」
「はぁ……」
そんなことを急に言われても、どうしたら良いんだ。それを生きている間に知れたらちょっとは違ったかも知れないけど……。俺、死んじゃったしなぁ……。
「しかし、あなたの素晴らしいところは誰も恨まなかったところです」
「……まあ、そう育ったので」
俺がくすぐったそうに言うと、天使ちゃんが心配そうに顔を出した。
「結月さん。貴方は生前生きていた時にこんなことを聞きませんでした? 現実で苦しいのは、前世の罪があるからだって。現実で苦しいのは来世が楽になるからだって」
「いや、特にそんなことは……」
聞いたこと無いけど……。
「あ、そうですか? そう言われると困りましたね」
ムムム……。と天使さんは胸の前で手を組んだ。
「まあ、あの2つはどっちも間違いなんです。正しいのは、現世であまりに辛いと神様が慈悲をくれる、です」
「慈悲を……?」
「はい! 貴方の辛くて苦しい人生に、救いを!!」
そう天使さんが言った瞬間、急に周りの景色が晴れてきた。天から差し込んだ煌めく太陽の光に思わず目をつむってしまう。
「貴方には残りの人生を再び送る権利が与えられたのです!」
そういって、天使さんは4枚の羽を羽ばたかせて飛び上がった。
「夢と希望にあふれた温かい人生を送る権利を!!」
天使さんは俺の周りをくるりと回ると、そっと俺の胸に手を当てた。
「さあ、あなたの新たな人生を祝して神様からのプレゼントがありますよっ!!」
急に身体の中がぐっと熱くなる。どろり、と心臓の中に何かが入ってくる感覚。だが、気持ち悪くはない。暖かくて、心地よくて、まるで天にも昇ってしまうような気持ちになる。
「それは新しい世界で貴方が輝く鍵となり、新しい道を進む
ふと、光とともに道が示された。
「そのまま進んでください。結月さん。貴方の新しい旅路の仲間たちが待っていますよ」
天使さんに言われるがままに、俺はまっすぐ光にそって歩いた。天使ちゃんは、どうやら疲れていたらしく天使さんの話の途中で胸ポケットの中に落ちてすやすやと眠ってしまっていた。
「貴方で最後ですよ。部屋に入ってきっかり5分で転生の儀が始まりますからね」
天使さんがそう言っているのを聞きながら、光の中に入った。
その瞬間、中にいた6人の男女の視線が一斉に俺に注がれる。
「本当に5分ちょうどで入ってくるんだな」
眼鏡をかけた青年がそう言った。
「お前で最後か?」
「え、はい。あの天使さんにはそう言われました」
青年は結月を上から下まで舐め回すように見て、鼻で笑った。
「随分と、御大層なスキルを貰ったな」
「スキル?」
「何だ、聞かなかったのか? 天使が言っていただろう。神からのプレゼントだと」
「それは……。聞いたけど……」
「お前、自分のスキルが何か聞いていないのか?」
「えっ。別に、聞かなくても良いかなって……」
「良い訳無いだろッ! お前、これからどうやって生きていくんだよ! 天使は新しい世界だっつったろッ! 今まで俺たちが暮らしてた世界とは別なんだぞ!! 何でそんなに
「天使さん、良い人そうだったから」
「ああ、そーかい……」
目の前の青年は、俺の言葉に呆れたのかそう言った。そんなに呆れるようなことなのかな?
「おい、ユウ。意地悪してないで、その子に何のスキルが贈られたか言ってやれよ」
「あの、
俺の側に立っていたおじさんが、青年をたしなめる様にそう言った。名前を知っていたし、2人は顔見知りなのかな?
「ああ、俺か。俺は
「そ、そうだったんですね」
「つっても、お前も似たようなもんだろ? ここに居るってことは大なり小なり、
ヘー。そうなんだ……。
天使さん、そこらへん全部教えてくれればよかったのに。
「んで、ユウが手に入れたのが【鑑定】ってスキルだ。何でも相手の情報を見れるんだとさ、ここに居る奴らはみんなユウがスキルを見て、教えてくれた」
「そうだよー! 私たちも見てくれたんだからその子も見てやりなよぅ」
誠さんがそう言ったとき、一番遠くにいた女の子がユウさんを嗜めるようにそう言った。
「だーかーらー! 何でお前たちは全員揃いも揃って“プレゼント”の中身を聞かねえんだよ! アホかッ!!」
「キレてないで教えてあげなってば」
「はぁー。しょうもねえな。良いよ、見てやるよ」
2人からそう言われて折れたのか、ユウさんは俺のほうに近づいてきて目を覗き込んだ。
「……へえ。良いモン貰ってんじゃねえか」
「何だったんですか?」
「【創造魔法】」
「……? 何です? それ」
「物なら何でも作れるスキルだ……。すげえ、創造神レベルだぞ……。お前のスキルは」
「ほ、本当ですか!?」
「……何なら、試しになんか作ってみろよ。この空間でもスキルは使えるみたいだしな」
「じゃ、じゃあ……」
そんなに言われるんだから、何を作ってみようか。何でもできると言っていたけど、本当に何でも出来るんだろうか……?
俺は何を作るか色々考えて、口を開いた。
「じゃ、じゃあ皆さん。食べたいものありますか?」
「お、気がきくねえ。けど、食べ物じゃなくても良いか?」
誠さんがそう言った。
「はい。試してみるだけなので」
「じゃあ、タバコつくってくれよ。銘柄は何でも良い」
「なら、これでどうですか?」
そう言って俺が創ったのは、もう10年は会っていない昔の父親が良く吸っていたタバコだった。俺の手の平から光があふれると、そこにはタバコが1箱生み出されていた。
す、すげえ……。
本当に考えた通りの物が出たっ!!
「へえ。渋いの知ってんじゃねえか。悪いけど、ついでに火もくれよ」
「あ、す、すいません」
確かにタバコを吸うならライターがいるな。
すぐにライターを創造すると、誠さんに手渡した。
「ありがてえなぁ。別の世界って言ってからよ。もうタバコが吸えないんじゃないかと思って焦ったぜ」
「はは。これくらいだったらいつでもやりますよ」
久しぶりに誰かに喜んでもらえた。そう思うと、自然と心があったかくなる。
「あ、じゃあ私、イチゴのパフェ食べたい! 作れる?」
そう言ったのは先ほどユウさんに、俺のことを鑑定するよう促してくれた女の子だった。
「勿論、出来るよ」
そう言って手の平を上に向けると、光が集まって来てパフェが出来る。
「どうぞ」
「すぷーん!」
「あ、ごめん」
「ありがとうね」
女の子はそう言って俺からスプーンを受け取ると、美味しそうにパフェを食べていた。
「あの、他の人たちも何かいりませんか?」
「俺はいらん。腹は減ってない」
ユウさんはそう言って断った。だからその隣にいた女性に声をかけたのだが。
「私も、今はちょっとそういう気分じゃなくて……」
そう言って断られた。
「じゃあ、僕はいただこうかな。バウムクーヘンは出せる?」
そう言って来たのは、驚くほどのイケメンだった。金髪で、碧眼で、多分日本人の血だけじゃないんだろう。もしかしたらハーフなのかもしれない。けど、そんなことはどうだって良いほどにイケメンだ。
男の俺ですらイケメンだと思うほどだから、生前は凄くモテたんだろう。
「出せますよ」
バウムクーヘンを作ると、金髪イケメンに手渡した。彼は包装のビニールを開けると1口大きく頬張って。
「おいしい。ありがとね」
と言った。
「じゃあ、君は何かいる?」
ぽつり、と1人端の方に座っていた女の子に話しかけた。この場には俺も含めて7人いるが、1人だけずっと端のほうに居るから気になっていたのだ。
「……要らない」
少女はそれだけ言って、そっぽを向いた。
「そろそろ5分たつ。転移が始まるぞ」
ユウさんがそう言った。
「転移ってさ。全員、同じ世界なのかなぁ?」
パフェのクリームを口いっぱいに付けて、少女が不思議そうに言った。
「あの天使の言ってることを信じる限りはそうなんだろうな」
ユウさんが吐き捨てる様にそう言う。
「いやあ、羨ましいよね【創造魔法】。私もそんなのが欲しかったなぁ」
「何貰ったの?」
パフェを口いっぱいに頬張る少女がそう聞いて来たので尋ね返した。
「私? 【
「同じ世界に行くんだったら、いつでもパフェくらい作るよ」
そう言うと、目の前の少女は目を輝かせる。人に感謝されるってのは、良いことだと思った。
「ほんと? 君、良い奴だねぇ。でもさ」
ぱぁっと、7人の身体が光に包まれていく。
「そういうのじゃ、ないんだよね」
少女がそう言った瞬間、隣に立っていた誠さんが急に俺の身体を押さえつけた。
「ちょっと! 何するんですか!?」
「【
ぎゅるり、と身体の中が渦巻いて先ほどまであった熱が誠さんの手に向かって流れて言く。……【
分かるはずもないのに、不思議とそれが分かった。
俺は必至にもがいたが、栄養失調の身体でおっさんの身体をどかせるはずもない。
「何で! 放せよ! おい!!」
「うるせえな」
誠さんが、そう言った。
「この7人の中にイレギュラーがいることは分かってたんだ。それが、見ず知らずのお前で良かったぜ」
光がどんどん強くなっていく。もうすぐ、転移する。それを直観的に知れた。
「おい、分割すんぞぉ」
誠さんはそう言って、手を開いた。
「【
俺の身体から奪われた熱は、綺麗に四等分されると、ユウと、誠さんと、パフェを食べた少女と、食事を断った女性のそれぞれに飛んでいき体内に入った。
「ふ、ふざけんな! 返せよ! それは、俺のスキルだぞ!!!」
「もうお前のじゃねえけどな」
「おい! ふざけるな! 何でだよ! 何で!!」
やっと変われると思ったのだ。心を削ってまで、誰かを許さなくてもいいと思ったのだ。
誠は俺の身体を押さえつけたまま、嗤う。
「ひでえ言われようだ。俺は俺のスキルを使っただけなのに」
「クソ! くそぉ! 俺の物だぞ! 返せよ!!!」
ぱぁああっと、光が激しく光り始めた。もう時間がない。涙が両方の目からあふれ出した。もうあんな目に合わなくて済むと思ったのに。やっと新しい人生を歩めると思ったのに。
それで、良いの?――。天使ちゃんが、何も宿さない瞳で、そう聞いた気がした。
良いわけがない。
前の人生に、満足しているはずがない。
何で、俺ばっかりが。
どうして、俺だけが。
どろりと恨みが渦巻いた。
「何で、何で邪魔するんだよぉ!!」
「俺たちはこれから飛ぶ世界を知っているし、対処も出来る」
俺は必至に身体を動かしていると、気が付けば押さえつけられている圧が弱くなっていることに気が付いた。いや、これは身体が姿を保てなくなっているだけだ。
「どうせお前みたいなのはすぐに野垂れ死ぬ。ま、お前のスキルはせいぜい俺たちが上手く使ってやるからよ」
「君のスキル、ありがたくいただいたよ! 向こうでも元気でね!!」
「馬鹿なお前にはお似合いな結末だな」
「これで、向こうのスタートも順調に始められそうですねぇ」
4人の声が聞こえる。皆が俺を嗤っている。
心が
恨みだけが、つのっていく。
「ちくしょう! ちくしょう!!」
「「ははははははっ!!!」」
既に声も届かなくなってきている。ここでどんなに叫んでも、負け犬の遠吠えだ。
届かない。何もかもが、届かない。
だから。
「お前ら、覚えてろッ!」
嗤い声がどこまで反響していく。
「絶対に取り返してやる!!」
光と声が、渦を巻く。
「俺の、新しい人生をッ!!」
そして、光が弾けて、
「絶対にだッ!!!」
7人は、消えた。
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