夜の足音の正体は...
冬の夜道を歩くことほど怖いものはない。季節の変化で何が変わるかと思われるかもしれないが、冬は寒さと相まって闇が濃く感じられる。
実際、夏は夜道でも賑やかな声があちらこちらで聞こえてくるため、暗い道を歩いているという感覚はない。後ろから人が歩いてこようとも、全速力で自転車が過ぎ去っていこうとも気にならない。
それが、マフラーに顔を埋め、肩を縮ませて歩いていると、微かな音でさえ気になってしまう。
自転車を漕ぐ音。
どこかで鳴り響くクラクションの音。
後ろからだんだんと近づいてくる足音。
夏ならば後ろから足音が聞こえたって、軽快に歩きながら過ぎ去っていく。しかし、冬というのは誰もが足を一歩進めるのを億劫に感じてしまう。後ろから近づいてくる足音も、とてもゆったりとしている。
車の少ない道だから、周りから聴こえてくる音も少ない。静寂といっても過言ではない状況で、足音だけが鳴り響く。
音楽でも聴いていれば良かった。
いつもイヤホンを鞄に入れているのに、今日に限って職場に置いてきてしまった。
ゆったりとしていて、どこか警戒しているようにも感じられる足音。意識しだすと、もう耳はその音を逃さずにはいられない。
『振り返ってしまえ』
心の中の私が呟く。
そんなことは、足音が聞こえてきた時からわかっていた。
手袋をはめた手に、スマホを握りしめる。スマホ操作ができる手袋を買っておいて良かった。
聞くところによれば、女性の中には110番を開いた状態で夜道を歩くらしい。私は110番ではなく、よく知る番号を開いた。
どのタイミングで通話ボタンを押そうか、このままでいようか。相変わらず一定の距離を保つ足音に耳を澄ませながら、スマホに表示された番号に目を落とす。
『正体はとっくにわかっているじゃないか』
心の中の私が、私を安心させるように呟く。もうわかっている。とっくにわかっている。だって、足音の正体は私のよく知る音だから。
私は意を決してスマホの通話ボタンに指を這わせる。後ろから大きな着信音が鳴り響き、私は後ろを振り返った。
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