3-2


「これは君のACWかな?」


 唐突に声をかけられた女は、いつの間にか横に立っていた男に目を見張った。

 立派な軍服をきちんと着用し、背筋はぴんと伸びている。

 基地司令官のラインマン大佐だった。


「なんでぇ、おめえがここに来るのも久々じゃねえか。逃げてきたな?」


 一介の整備士であるボブが、基地司令官の大佐をお前呼ばわりするのにも驚いた。

 上官に対する口の利き方ではない。

 名の知れた整備士だからといって一つ間違えれば営倉行きは確実だろうに。


「私はこちらのクラッシュ・ウィザード大尉に会いにきたのだよ。貴様の横に広がった醜い姿をわざわざ見に来るわけがないだろう」

「ちっ、階級も上がれば毒舌も磨きがかかるんだな。昔は俺達の隊で足手まといのマイクで通ってたのを忘れるなよ?」


 豪快に笑いながらラインマン大佐の肩を叩くボブだ。


「……ボブ?」

 二人の交わす親しい会話に、女は首を傾げて説明を求めた。


「ああ、こいつとは前の紛争からの付き合いだ。まあ、昇進したほうだよ」

「何の話をしていたのかね?」


 大佐が興味をそそられた様に問いかける。


「俺とおめえのACWの操縦が下手糞すぎたって話よ。ヴィルの野郎に大分仕込まれたってえのに、てんであの野郎の足元に及ばねえってな」


 またしても笑い出すボブに、大佐も昔を懐かしむように同意していた。


「君、知っているかね? クラッシュという名はヴィルが付けたんだ。格闘武器のみで突っ込む無茶な行動で敵を葬るとは、我々にはない大変な度胸でもある」


 大佐が可笑しそうに顔を綻ばせる。


「だが、私は偵察機動部隊のウィザードのほうに興味を引かれた。君が作成した報告書は実に面白い。フォートグレース攻略において、もっとも脅威なのがオーラフ要塞だ。山岳地帯で堅牢な要塞を相手にするのは骨が折れる。なので、オーラフ要塞の大口径要塞砲群ランドデストロイヤーを素通りしてフォートグレースに前進し、要塞には少数精鋭部隊による奇襲をかければ容易に攻略可能。要塞砲の脅威が排除されれば本隊の側面に危険はなくなり、フォートグレース攻略も難しくないとね」


 ラインマン大佐の目付きが鋭くなった。


「我が軍が開戦初頭にセントラルでやられた陽動作戦の意趣返しで面白いじゃないか」


 女は身動ぎ一つせず大佐の話しに耳を傾け、その会話の真意を探ろうとしている。


「闘技場での遊びもその一貫かな? シュライク社製ACWのフロッシュにジェットバックパックを積み、立体機動で頭上からナックルをぶち込む。オーラフ要塞を空挺による奇襲で破壊する想定をしているようにも見受けられるがね」


 女は軽くボブを睨み付けた。

 素知らぬ振りで明後日の方向を向いている髭親父だが、闘技場の出所はこいつしかいない。

 フロッシュはACWの民間モデルなので非常に安価でウィノア島に限らず世界中に流通している。また、ウィノア島ではACWスポーツが盛んで、互いに整備調整したACW同士を争わせる競技もあり、特に人気なのが迫力のあるACW同士の戦いだ。

 女も例に漏れず、自費でフロッシュを購入しており、闘技場に参加していた。

 偵察機動部隊の任務の性質上、近接格闘をする機会はほとんどない。

 だからこそ、元ストライカーとしての腕を落としたくなかっただけなのだ。

 別にオーラフ要塞奇襲を想定したつもりなんてない。


「私がそのオーラフ要塞奇襲の部隊を率いて貰いたいと言ったら、どうする?」


 背筋が一瞬の内に凍りついた。

 鼓動が高まり、口の中が乾いてくる。

 女は基地司令官の言葉に、何の言葉も返せない。


「少数精鋭での奇襲だ。相当な被害が予想される。君は、その被害を承知で報告書を上げたんだろう? まさか断るという選択肢を持っていないだろう?」

「おい、マイク……」


 ボブは基地司令官を窘めるが、それを手で制止して言葉を続けた。


「君の経歴はよく知っている。激戦区でそれなりの戦功を上げたのだから、適任だと思われるがね。それとも、また同じ目に合いたくないからといって、まったく別の兵士に、まったく同じ思いをさせたいのかな?」


 ラインマン大佐は厳しく女を見据えている。

 女は、そんなつもりで報告書を書いたつもりはない。

 ないが、大佐の言った事は、事実だ。

 偵察任務の観点から、もっとも有効かつ効率的な作戦を提案した。

 しかし、内容は自分の過去を棚上げにした、損害覚悟の決死作戦でもある。


「勘違いしないで貰いたいのだがね」


 大佐はそこで咳払いをする。


「このP.O.C.U軍劣勢の状況下で選べる選択肢は少ない。正攻法で戦争に勝てるのは戦力が相手より上回っている時だ。もし、仮に、国防軍が攻勢作戦を実施するのだったら、君の作戦は有用だと、個人的には思っている。もちろん、この奇襲作戦に君が参加したいと思っているならば止めはしないが、私としては攻勢が決定した暁には、最前線に出て欲しい。優秀な士官が不足しているのでね、君さえ良ければ、いつでもその席を用意できる」


 一転して、ラインマン大佐からの部隊スカウトに変わった。

 これが大佐の真意なのだろうが、即答が出来ない。

 即答どころか、返事の声さえ出せない。

 女は、自分がここまでメンタルの弱い人間だとは思わなかった。

 たったこれだけの揺さぶりに動揺して、舌が動かないとは情けない。

 情けないとは思うが、それでも、どうしても、


 ――仲間の顔が、視界に張り付いて消えてくれない。


「そのへんでいいだろう、マイク」


 ボブが間に入り、ラインマン大佐を遮った。


「ったくよう。おめえのヴィルを真似した”からかい”は”からかい”になってねえんだよ」


 整備士の背中が、大きかった。

 大きく逞しい、巌のような背中だった。


「私は本気で言っているのだがね」

「うるせえ。いいから司令室にでも帰りやがれ。ここはパイロットと整備士の楽園なんだよ」


 まるで部外者は引っ込んでろといった態度だ。

 しかし、大佐に気分を害した様子はない。


「分かった」


 と、その一言であっさりと身を引き、踵を返した。


「最前線はいつでも君の帰りを待っている」


 去り際の台詞が、放心状態の女を刺す。

 呪いのような言葉だ。

 最前線での単機の偵察なら構わない。

 むしろどこへだって行ってやる。

 そこが地獄だろうとなんだろうと、臆する理由もない。

 ただし、仲間だけは、付けないで貰いたい。

 部隊なんて、いらない。

 

 一人でいい。

 

 だが、単機では、駒にすらなれない。

 大佐が欲しがっているのは、部隊の指揮官だ。

 戦況を、戦術単位で動かせる、優秀な駒だ。

 女は、そんな駒にも、なれないのだ。


「不器用なスカウトだ。てめえの頭がいかれて(クラツシユ)いるのも気付いちゃいねえしな」

「…………、何の事だ?」

「この楽園に女はいねえし、例えいたとしても誘い方が下手糞だ。頭のネジが残らず外れてる男みてえな女に気付けねえ察しの悪さに同情もねえわ」


 大袈裟に肩を竦める茶目っ気たっぷりのボブだ。

 おまけに、察しの悪さが自分にも当て嵌まってるのを忘れている。


「……か弱い乙女に何て事を言うんだ。おまえも”真似事”は下手糞だよ」


 女は静かに笑い、足取り重くハンガーを去ろうとする。


「大佐以外にもてめえをスカウトしたい物好きが腐るほどいるぞ。辛いかもしれねえけど、せいぜい上手くかわしやがれ」


 不器用で世話焼きな髭親父だ。

 後ろを向きながら、女は手を振ってハンガーを後にした。

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