3-1


 熱気と油の匂いが充満するハンガーでは、自機のセットアップに夢中な者や無茶な改造で整備士と激しい口論をする者達で溢れていた。

 カペラ近郊に建設されたこのP.O.C.U軍基地は、アドミラルに次いで前線に近い。

 補給で戻って来る部隊や、これから補給に行く部隊、ACWを破壊されて救出されたパイロットなど、様々な兵達が募っている。

 そのハンガーの一角には、女と男が揃ってACWを見上げていた。

 煙草を銜えた長身の女が、横にでっぷりと太った髭だらけの整備士と、他と例外なく舌戦を繰り広げているのだ。


「まだ重いな。もっと軽量化できないのか? 余剰なパーツを極限まで減らしてくれ」

「おいおい、ダイエットに夢中な女みたいに言うんじゃねえよ! 既に削れる部品は全部とっぱらっちまったぜ。てめえの無茶な要求をすべて満たしたはずだろうが」

「そうか? この程度のわがままで根を上げるようでは、一生独身で過ごすぞ?」

「ってめえが女に勘定されるってんならそうだろうな!」

 

 げんなりした様子で女を見上げる整備士のボブは頭を抱える羽目になった。

 とにかく女のACWの改造は、それまでにない装備の追加ばかりだったからだ。


「膝に付けたワイヤーカッターが長すぎる。削って軽くしてくれ」

「ヘリにくっ付いている既製品の流用だ。削ったところでてめえ分も軽くなるまい」

「左肩の脱着式のチャフグレネードなんだが、スモーク弾と閃光弾も入れたい」

「使いきりでよければ問題ない。ただし、弾数はそれぞれ一発ずつだ」

 

 女は頷いて言葉を続けた。


「機体の赤外線放射は抑えられたのか?」

「動力部を特殊な繊維でコーティングしたからな。多少はマシになったろう」

「レーダーセンサーの方は?」

「そっちはレーダー吸収塗料でどうにかなった。Aセンサーには大丈夫なはずだ」

「頼りないな。Bセンサーにはどうだ?」

「さっきのコーティングで動力音も抑えられている。が、ゼロにはできてねえからな」

「右肩のシールドにヴァーゼ社製シュラングライフルをスリリングベルトで下げられるようにはなるんだろうな?」

「ジョイント式のワイヤーを注文している。もうすぐ届くだろうよ」


 ヴァーゼ社製の長距離ライフルであるシュラングは威力と命中精度に優れる反面、非常に重いのだが、整備士が優秀なのか機体出力内に収まっているようだった。

 女は要求した装備がほとんど片付いている事に満足そうに頷く。


「ったくよ、シュラング吊り下げたって重量オーバーで他武器が持てねえだろうに」

「おいおい、ボブ。ACWの武器は何も重火器だけじゃないだろう? 耄碌するのがちょっと早いんじゃないか、おじいちゃん?」


 とボブがもっともな感想を言うも、女は笑いながら煙草を持った拳を突き上げる。


「っけ。そういやおめえ、元はストライカーだったな」


 ボブはこれ以上の皮肉を聞きたくないとばかりに背中を向けたが、女は煙草の吸殻を近くの缶入れに放り込んで話を続けた。


「この間なんだがな、ある任務でオーラフ高地を偵察していたんだ。そうしたら戦車師団特機中隊の戦車部隊と遭遇したよ。あの砲塔正面の重装甲には辟易したし、主砲の威力も半端じゃない。なんとか逃げ果せたが、こちらのライフル弾を弾き返された時には冷や汗が出た」


 オーラフ高地とはセントラル市より東のアルマンド河を挟んだ更に奥、完全なN.O.A.S勢力下であるウィノア島東の防衛拠点であるオーラフ要塞のことを指す。


「なんでい、てめえでも逃げる場合があんのか?」


 ボブは白い歯を出してにやりと笑った。


「まあ、ACWに地上の主役を取られたとはいえ、分厚い装甲に大口径の主砲を備える鋼鉄の棺桶は恐いものさ。おまけにACWよりも安価とくりゃあ、なかなか侮れない存在だろうよ」


 同意を示したボブを見てから、女はまたしても無茶な要求を突き付ける。


「対戦車ロケット砲が欲しい。使い捨ての携帯式対戦車擲弾発射砲が理想だ。そっちのほうがより軽量になるだろう。弾頭の予備も括り付けられるタイプがいいな。装着場所は脚の部分ですぐに対応出来る形にしたい。どうにかならないか、ボブ?」


 盛大な溜息をついてから、ボブは大声で喚いた。


「てめえは本当に無茶なことばっかり言いやがる! そんなものは兵器開発局にでも頼め! こっちはてめえのACW整備で手一杯なんだよ!!」


 女は目を丸くし、意外そうに言った。


「そうか。奇跡の早業師と云われた名整備士ボブも、所詮は一介の整備士だったか。悪かった、出来ないことを頼んでしまって。残念だ。歳には敵わないか」


 ボブにとっては毎度毎度、女のこの言い方は可愛くないものだった。

 この女は発破をかけるのが旨い。

 乗せられるのは癪に障る。

 だが、それで出来ないと認めてしまっては整備士としてのプライドが許さない。


「勘違いするなよ。民間のいくつかには心当たりがある。今すぐは無理だが、手が空き次第にでもやってやらあ」

「期待しているぞ」


 ボブの答えに満足した女は、用は済ませたとばかりにハンガーを出て行こうとする。


「てめえのACWだし、どんな改造を施しても勝手だがな。いくら軽くしたいからって前面の装甲を削り過ぎるのはよくねえ。これじゃ被弾した時に脱出装置作動が先か、コックピットを貫通した弾丸が先かは微妙ってもんよ」


 去ろうとする女の背中に投げかけた、ボブからの老婆心からなる忠告なのだろう。

 いくら機体の軽量化をしたいとはいえ、装甲を薄くすることは自殺行為に他ならない。

 女はゆっくりと振り向くと、不敵に笑った。


「機動性を優先した結果だ。仮にそんな事態があったら、呆気なく死ぬだけだろ」


 恐らく、女の本音は後者であろう。

 ボブは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

 未だに仲間の死を引きずっている女が痛々しい。

 が、それだけではない。

 あのエスバレーが壊滅した日にも女が付近にいたのを聞いた事がある。

 N.O.A.S軍の非道な無差別攻撃にはボブも怒りを感じ得ないものがあった。

 戦争にだって一定のルールがある。

 特に非武装の民間人を攻撃対象にすること自体が、軍としての資質を問われる依然の、腐った頭の連中が行う愚劣な行為であろう。

 虐殺に等しい行いを目前で見せ付けられた女はそれ以来、偵察機動部隊の任務から帰還する度に顔から精彩が消えていく。

 それでも、敵地の奥深くで友軍の支援なしに、数週間も潜伏して情報収集する過酷な任務にも一切弱音を吐かない。

 期限までに決められた回収ポイントに来なければ、二度とP.O.C.Uの土を踏めないのにだ。

 未帰還兵の数も多いと聞く。

 しかし、女だけは必ず貴重な情報を持って帰還するという。

 いつしか女はクラッシュではなく、ウィザードと呼ばれるようになっていた。

 魔法使いのように、ACWで鮮やかに情報収集をする姿にだ。

 ボブは何かを懐かしむよう、虚空に向けて話し出した。


「ヴィルとは第一次ウィノア紛争を共に戦った仲だ」


 女の歩みが止まる。


「当時、俺とヴィルを残して部隊が全滅したことがあってな、あいつも悔やんだ時があったよ。だが、これは戦争で仲間を失うのは仕方ないと納得し、俺達は戦い続けた」

「……何が言いたいんだ、ボブ?」


 これといった感情も浮かべずに女が訊く。


「最前線にいるとな、部隊の壊滅なんてものによく出くわすのさ。生き残った奴らは大抵の場合、後悔している。それが隊長であっても、部下であってもだ。軍属を離れる者、後方勤務に行く者、昇進する者。後悔を乗り越えて、再び最前線に戻ってくる者……」


 ボブは口髭を撫で付けて、昔を懐かしむように語った。


「俺と違ってな、そうやって戻っちまったんだよ、あいつは。覚悟は二十年前からとうに持っている。あん時は誰も助けられなかったが、今度はちゃんと救えて満足してんだろうよ」


 それは、ボブなりの慰めなのだろうが、今の女には不要だった。

 女に必要なのは優しさや気遣いなんてものではない。

 自分の失態で仲間が死んだのだ。

 軍はそれを栄誉という形で、名誉勲章と階級特進を与えた。

 

 ――お門違いな話だ。

 

 今の女が求めているのは、断罪。

 断罪がもっともふさわしいとさえ思っている。

 死んでしまった仲間に許しを請いたい。

 おまえのせいだと罵声を浴びたい。

 だが、死んだ者が口を利くわけがない。

 エスバレーの女将のように、はっきり言われても構わない。

 誰でもいいから、自分の罪を罰して欲しい。

 しかし、誰も女に罪を問おうとしない。

 戦争なのだから、軍人なのだから、戦死は当たり前なのだから、

 罪ではないのだという。

 女はそれが許せなかった。


「わたしは……」


 逡巡した女は言いかけて、止めた。

 都合のいい話だと自嘲する。

 断罪を受ければ、仲間から許されると思っている。


 ――浅はかだよな、わたしは。


 沈黙してしまった女に、ボブも掛ける言葉がない。

 女は微かに首を振り、自分のACWを見上げた。

 黒一色の面白みのないACWが、女の内面を投影しているように佇んでいる。

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