2-5


 ガラウン砂漠の小さな戦闘は一方的に終わった。

 ECMのアンチロックシステムが働かないジャマー機の末路は言うまでもない。

 追撃されていたP.O.C.U部隊から放たれた五線の軌跡はN.O.A.S軍機を鉄屑に変えた。

 女は愛機から降り、脚に背中を預けて煙草を吸う。

 激戦区のガラウン砂漠で、しかも機体を晒したまま降りて一服などは本来なら論外だ。

 あまりに無防備で、孤独な状態の中だというのに。

 しかし、今の女にはそんなことはどうでも良かった。

 どうしてか、満足感が得られない。

 セントラル以来、戦いに対して感じる事が変わったのかもしれない。

 とにかく、心が空虚に感じる。

 大きく煙草を吸って吐き出した紫煙が、砂漠の風と混ざる。

 敵機撃破後、ドラグーン隊は感謝の意を述べて基地に帰還していった。

 その際、女が偵察機動部隊の選抜試験中だったことを告げたら、今の戦闘記録が良い結果になっているとも言われた。

 おまけに、彼等は威力偵察した時のN.O.A.S軍警戒ラインの情報を寄越してくれた。

 これは、正直に言えば有難い手土産だ。

 警戒ラインの情報は選抜内容の課題だから。

 女は左手に六つの認識票を握る。

 静かに目を閉じ、苦い味を噛み締めて思う。


 ――ヴァルキリー隊は、解隊か。


 東の空から響く轟音で、女の静寂は切り裂かれた。

 不吉な飛行音、まるで戦闘機を想像させる、何かが空を飛んでくる。

 

 上空を薄い噴煙を引いて通り過ぎるのは――


「巡航ミサイル!?」


 あの高度は、着弾目標が近い事を示している。

 女がACWの影に退避した瞬間だ。

 眩しい閃光が砂漠を覆った。

 ついで、砂塵を巻き上げた突風が女を襲ったのである。


「どこに、落ちた……?」


 方角を確認しようとして、愕然とした。

 エスバレーのある空に黒煙が昇る。

 意味は明白だ。

 エスバレーに、巡航ミサイルが着弾したのだ。

 

 ――あそこには数百人の人間が住んでいる。

 

 なんの軍事拠点もない、ただの町だ。

 戦争孤児が集う、孤児院のある町だ。

 両肩を抱いて震えだした女は、恐怖に慄いた。

 あの町には女将がいた。

 女将が世話をする子供達だっていたはずだ。

 それがあの巡航ミサイルで犠牲となった。

 

 ――なぜだ。なぜこうなってしまうのか。

 

 女将とは最後に険悪な雰囲気となったのは分かっている。

 自分ではどうしようもない、悪い感情が芽生えたのも、自覚している。

 

 ――だからといって、こんな事を望んでいたわけでは、断じてない。

 

 関わりを持った人間は全員、こうなってしまうのか。

 先程は友軍を救えた。

 でも、それの代償がエスバレーの破滅なのか。

 これが、抗えない罪に対しての罰だとでもいうのか。

 力なく地面に崩れ落ちた女の脳裏に、仲間を失った時の情景が再生される。

 消そうと思っても消えず、死に間際の姿が映って、初めてそこで消えていく。

 最後には、棺が並んだ状態で、暗幕が閉められるように映像が消えた。

 女にとっては、ただの悪夢にしか見えなかった。

 ACWの影で、一人打ちひしがれ、しゃがみ込む事しか出来なかった。

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