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『いいか良く聞け。クリスタはな、大口径で破壊力は抜群だが、冷却機構に難があるんだよ。数発も撃てば銃身が加熱して使いもにならねえ。射撃管制システムが強制的に撃てなくする。まあ、冷えれば復活するが、これもパイロットの生存率を上げるシステムだよ。撃ちすぎて銃身が駄目にならにようにな』
脳裏に過去のレクチャーが再生された。
ACWの銃器に詳しい禿親父の教訓が、今になって唐突に出てくる。
――なぜこのタイミングで思い出すんだ。
女は固まっていた。
敵機は背を向けている。
バックパックを狙撃するには絶好のチャンスなのも分かっている。
だが、超長距離狙撃は初めてであり、アームの射撃補正にも不安がある。
CPUには予想される射撃の補正を入力済みだが、初めての経験を補える程なのかは不明だ。
初弾を外したら再度補正をし、すぐに二発目を撃たなければならない。
それなのに連射が不完全なクリスタを選んでしまったのは不運だ。
一発必中で終わらせなければ、敵機は狙撃に気付くだろう。
狙撃に失敗したら友軍機はやられ、こちらの位置も知られてしまう。
そうなれば、脚の遅いレコン仕様機では逃れられない。
――死んでからもプレッシャーを与えてくるのは、何の冗談なんだ。
開きっぱなしの目は乾き、額から流れる汗が入っても閉じることはない。
胸の鼓動がコックピット内で響いているように聴こえ、心臓は激しく踊り狂う。
女は自分でも意識しないうちに、独り言を呟き始めた。
「ヴィルのクソッタレ。謝る気があるなら、狙撃が成功する事をあの世から祈れ」
女の呼吸が徐々に浅くなっていく。
鼓動が落ち着いていき、視界が鮮明になってくる。
驚くように汗が引き、自分が身体をコントロールできている事を実感している。
時間が、静止したかのようだった。
モニターの敵機が、歩みを止めたようにゆっくりと動いている。
女の首から下がる六つの認識票が光った。
口が、
胸が、
肩が、
腕が、
手が、
指が、
すべてが、一連の素早い連動をみせた。
クリスタは、照準を合わせた敵に、高速の一撃を解き放つ。
弾丸は音速を超え、砂塵を巻き上げて一直線にジャマー機に突進した。
しかし、だ。
ジャマー機のバックパックは無傷だった。
後方斜め地上に着弾。
女の狙撃は、
ただ、虚しく砂塵を巻き上げただけだった。
「ヴィルのクソ馬鹿野郎!!」
思わず咆えた女は盛大に毒づいた。
ものの見事に初弾を外してしまった。
途端に冷や汗が溢れるが、異変に気付いたジャマー機が歩みを止めたのが僥倖だった。
静止した状態の好機は逃せない。
『あとな、言い忘れてたが、ACWでの狙撃に姿勢は影響を与えないぜ。なんたってACWは人間じゃねえ。呼吸やガク引きで乱れたりはしねえよ。おまけに立ったほうが視界が広がるから、最初はむしろおすすめだよ』
伏せていた女のACWは砂塵を上げて立ち上がり、防護ネットが風で靡く。
「先に言えよ、死に底ないが!」
自分の記憶にしか残っていない相手に、女の罵声が止まらない。
それほど精神的に追い詰められているのだろう。
クリスタから薬莢が排出されて地面に落ちる。
その間、素早く射撃補正をインプットし、照準に反映させた。
女は補正されたメインカメラ越しに、二発目を撃った。
数秒ほどして、今度は敵ACWの肩に浅く当たって弾かれた。
「――――!?」
またしても外してしまう。
言葉にならないあらゆる呪詛が、コックピット内に漏れる。
更に悪いことが起こる。
たった二発の射撃で管制システムが銃身のオーバーヒートを告げた。
砂漠の熱と連続射撃で、予想以上に加熱したのだろうが、あんまりだった。
『オーバーヒートつっても、銃身が過熱し過ぎているわけでもねえ。射撃管制システムを切れば普通に撃てる。機関銃でもねえからそこまでライフリングにも影響してねえよ。弾も曲がるこたあねえ』
何の悪夢だろうか、敵機の動きがゆっくりと映し出される中、ひたすら禿親父のレクチャーだけが妙に鮮明に蘇ってくる。
「管制システムを切って狙えとか、正気の沙汰じゃない……」
メインカメラとの連動を切れば、照準を合わす事すら困難だ。
当たる筈もない。
『だーかーらー、頭部カメラで直接、狙撃スコープを覗いて撃つんだよ』
女は半ば無意識に記憶に従って、ACWにエイムさせる。
頭部カメラに映るのは、標準的な光学照準器だ。
倍率が小さすぎて敵機は豆粒よりも小さい。
これで、どう命中させろというのだ。
『狙撃はレーザービームじゃねえ。放物線を描くんだよ。十字線のグリッド単位は、ACWに合わせた標準規格のスコープで大体400メートルってとこか。それを自分で補正するんだ。後は風向き、湿度、距離が滅法離れてたらコリオリも考えなきゃいけねえが、まあCPUに射撃補正させればすぐに分かるさ。そこまで神経質にならんでもいい』
CPUの射撃データから相手との距離、風向き、湿度、ついでにコリオリまで加味した補正情報を片目で確認する。
スコープの中心線を上方に向け、やや左に移動させる。
敵ジャマー機が振り返ろうとする。
大きくを息を吐き出して、止める。
操縦桿から伝わるACWの指先を、全力で感じ取る事に神経を集中させた。
女はACWの操縦桿越しに、引き金を絞った。
――まったく、クソッタレな教官だよ。
スコープ越しに見えたのは、
火花を散らせた敵機のバックパックだった。
その戦果が成功と言える証が、すぐに確認出来る。
遠い友軍機から撃ち上がった幾筋の軌跡が、何よりの証だった。
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