2-3
女はエスバレーから離れた場所に駐機させていたACWに辿り着いた。
すぐさま愛機に乗り込み、起動キーを挿してモニターのチェックに入る。
ここに駆けてくる間にも、他の赤外線マーカーから続々と反応があった。
二点の反応地点から正体不明機のルートを割り出し、待ち伏せが出来る体勢に持ち込みたい。
――待ち伏せ……、わたしは何を考えているんだ。
今は偵察任務が主体だ。
なのに、敵を待ち伏せてどうするんだと、自分の馬鹿さ加減に苦笑する。
頭は未だ最前線にいるつもりなのだろう。
大体、赤外線マーカーに反応があっただけで、その機能自体はACWクラスの物体が通過した時に反応するものだ。
敵味方の識別機能が備わっているわけではない。
女は自機に搭載させているセンサーバックパックを確認する。
操縦桿を傾け、自機の反応を極力隠す為にゆっくりとACWを進めた。
センサー遮断効果のあるネットで敵センサーを欺瞞出来るが、慎重に越した事はない。
赤外線マーカーの反応地点にセンサー範囲を絞ってを向ける。
反応は、
――なかった。
それはそうである。
反応を拾った時間から大分、経過しているのだ。
ACWであればその数十分間に離脱出来てしまうだろう。
女はどっと疲れが出て、肩を落とした。
何の成果も得られない。
このままの状態で選抜試験が終われば、間違いなく偵察機動部隊に入れない。
僅かばかり途方に暮れてしまい、何気なくパネルを弄くる。
初めてレコン仕様のACWに搭乗したが、運動性の悪さに操作感が掴めない。
セットアップ次第で速度は出せるものの、高性能のセンサーを積もうとすると重量が増し、偵察用の狙撃ライフルも持てないとくる。
軽量化を求めれば低性能のセンサーしか積めず、ライフルを持つアームも反動補正の効かない軽量パーツになり、役立たず甚だしい。
選抜試験が始まる前のセットアップに、女は相当の時間を費やしていた。
どうにか余剰出力の遣り繰りをして、狙撃ライフルを持てるようにもした。
良好な反動補正が得られない代わりに、胴体のメインカメラとライフルの照準をリンクさせるようにCPUを調整して、遠距離の偵察にも支障がない程度までにはなった。
これでアームの射撃補正を多少なりとも補えるだろうし、そもそも狙撃が任務でもないので可もなく不可もないセットアップだろう。
ふと、女の目はパネルに表示されている、ある機能に吸い寄せられた。
ECMDだ。
これを、一度も試していない。
軽い胸騒ぎに身を震わせ、嫌な記憶が頭の片隅に表れてきた。
セントラルでの苦い記憶に頭痛を起こしそうだったが、激しく頭を振って振り払った。
ついで、深呼吸をしてからセンサーをECMDに切り替えた。
予感は的中し、ECMDは一点の敵ACWを捉えたのである。
センサーを無効化するECMを搭載したジャマー機だ。
ということは単独行動ではない。
ECMに隠れて複数機が存在しているのだろう。
ただ、動きを見る限りではこちらに向かっている様子は無い。
では、どこへ向かっているというのか。
敵影は赤外線マーカーから離れた場所に位置し、ルート推測でもマーカーの範囲外から来ていたようだ。
速度も最大戦速に近い。
女は、はっとなった。
敵の進行方向にもセンサーを向ける
一瞬にして動悸が高まった。
――フレンドリー反応
「赤外線に引っかかったのは友軍機か」
反応はたったの3機。
哨戒部隊ではなさそうだが、数が少ない。おそらく数機が撃破されたのだろう。
これは完全に、敵の追撃を受けている状況だ。
友軍の構成はレコンが1機、後は足の遅い重武装のミサイラーのようだ。
センサーで敵を捕捉すれば、長距離ミサイルで破壊が可能なのだが、いかんせ敵の構成が上手のようである。
ECMを搭載したジャマーがミサイラーの攻撃を完封するのだ。
ジャマー機のアンチロックシステムは優秀で、誘導ミサイルの軌道を完全に狂わす。
彼等にとっては天敵の相手だ。
選抜試験の内容は偵察であり、単独行動の自分だけで友軍機の救援は論外。
敵機の数も把握できない現状、下手に介入したらこちらの身が危うい。
――だが……、今は、見過ごす事が出来ない。
敵の背後を取れる最適なルートを探し出すと、女はACWを急がせた。
――いや……。
知らないうちに膨れ上がった憎悪が、女の心中を覆っていた。
砂塵を巻きあげて疾走する部隊は、必死に敵の追撃を逃れようとしている。
しきりに救援要請の通信を送っているようだが、残念ながら近くにP.O.C.U軍はいない。
女のACWは割り出したルートに先回りしていた。
機体の半分を砂の下に埋めて、更に上から砂漠迷彩用の防護ネットを被らせている。
相変わらずのポンコツセンサーはまったく役に立たず、敵の位置が特定出来ない。
かろうじて拾える友軍の通信だけが頼りだった。
選択したルートは最適解なので、友軍に通信が繋がるのも時間の問題だろう。
女に焦りも不安もない。
だが、未だに機体レーダーの反応がないのに、少々の苛立ちを感じていた。
呼吸を落ち着かせ、神経を集中させる。
今は、待つしかないのだ。
待つ事が、偵察部隊の矜持なのだから。
その時、女の耳に友軍の逼迫した声が届く。
「こちらACW軍遊撃機動中隊のドラグーン隊だ! 現在敵の追撃を受けている。誰か応答してくれ!」
快活明瞭な音声が通信機から流れる。
近くに友軍が現れた証拠だった。
「こちらヴァルキリー隊……」
返信しようと女が口を開いたが、すぐに言い直す。
「こちらは、偵察部隊所属のクラッシュだ。状況を知らせてくれ」
一呼吸遅れて、安堵の応答が返ってくる。
「ドラグーン隊のクロウだ。セントラル威力偵察中に敵部隊と遭遇し交戦した。仲間が何機もやられて後退したが、敵は俺達を逃す気がないらしい。相手にジャマー機がいるおかげで、ミサイルが当たらないんだ」
「相手は何機だ?」
「アサルト4、ジャマー1だ。敵のほうが脚は良い。いずれ追いつかれてしまうだろう」
「了解。援護する」
友軍は明らかに安心した口調で礼を告げてきたが、女は苦笑して言った。
「ただし、わたしも偵察中で単機の応援だ。出来る限り援護するが期待しないでくれ。貴君の現在地を知りたい」
女は相手の返答が戻ってくる前に、モニターの有視界角を広げた。
遠く豆粒のように映っているのは、後退している友軍機だろう。
敵ACWはその手前ぐらいを駆けていた。
友軍の情報通り、ジャマー機が1、アサルト機が4だ。
ルート計算通り、背後は取れた。
しかし、大きな問題がある。
「敵機を確認した。が、この距離では敵機の装甲を撃ち抜けない」
狙撃ライフルと連動させたメインカメラでようやく捉えられるほどの距離だったのだ。
とてもじゃないが敵機の脚すら破壊不可能だろう。
「なんてこった……」
通信機から友軍の悲壮な声が漏れてくる。
女は唇を噛み締めた。
それは、自分で意識していない行為だった。
友軍を救えないかもしれないという気持ちではなく、
敵機の撃破が叶わないかもしれないという想いからの行為だからだ。
女は更に、自機の脚の遅さに呪詛を送った。
ストライカー仕様の愛機だったら、自慢の脚で悠々と追いつけた。
――迂回せずに正面から行けば、まだマシだったか。
そうすれば配置に付く時間はかなり短縮され、狙撃ライフルの有効射程圏内に収まっていたはずだ。
しかし、静かに燻る憎悪が、女の思考を冷静にさせていた。
すぐさま一筋の閃光が奔る。
「ドラグーン隊、応答せよ。ミサイルの残弾はどれくらい残っている?」
「メヌッティ社製ミサイルの残弾はたっぷり残っているけどよ……」
アンチロックが確認できた時点でミサイル発射を抑えたのだろう。
上出来だった。
「了解。これより背後からジャマー機のECMバックパックを撃ち抜く」
バックパックの破壊なら、この距離でも可能だろう。
「後はそちらのミサイルで撃破してくれ」
「分かった。貴君のスナイプに期待する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます