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 ――ガラウン砂漠。

 

 セントラル市とアドミラル市を挟んだ、海水湖が干上がって出来たウィノア島最大の砂漠地帯。今やその地域はP.O.C.U軍とN.O.A.S軍が乱れる激戦区に指定されている。

 そもそもウィノア島とは半世紀前の太平洋で火山活動の隆起によって生まれた島で、当初は国連管理下だったものが、その時期に発足したばかりの二大勢力、日本やオーストラリアを含む東南アジア等の太平洋共同連合Pacific Ocean Cooperative Unionと南北アメリカを併合した真米州機構New Organization of American Statesの入植と共に起こった第一次ウィノア紛争によって西はP.O.C.U、東はN.O.A.Sと分割統治されてしまった。

 話を戻すが、そのガラウン砂漠では原油産出が期待できる資源の宝庫で、北は“2ed Winoa Highway”に南は“1st Winoa Freeway”が砂漠を迂回するように敷設され、砂漠内の交通は不便だった。

 その為、砂漠を横断するルートの中継地点の確立を兼ねて建設された町がエスバレーだ。

 グレアム事件を理由に宣戦布告をしたN.O.A.S軍は、開戦劈頭に地上主力部隊を陽動とし、セントラル市の防衛線突破を狙って大規模な空挺作戦を決行した。

 これが、史上初の大規模なACW同士の激突である。

 結果、P.O.C.U軍の防衛線は崩され、僅か一日でセントラル市は陥落してしまう。

 N.O.A.Sがセントラルを占拠してからは、両軍はガラウン砂漠を挟んで対峙する、膠着状態が続いていた。

 多くの部隊の主な任務が砂漠の哨戒任務というから、まるで一世紀以上前にヨーロッパ大陸であった”まやかし戦争”にそっくりだとも揶揄されている。

 その情勢下で、1機のACWが偵察任務に当たっていた。

 砂に脚を取られないよう慎重に歩行している砂漠迷彩のACWには、六つの認識票を下げた女が搭乗している。

 彼女はセントラル撤退戦時、自ら指揮した部隊を全滅させてしまった。

 自分一人だけ生き残ってしまった事に自責の念を持ち続けているのだろう。

 それが敵地偵察を主任務とする偵察機動部隊に志願した動機であった。

 偵察機動部隊はACWからなる少数編成で敵地に侵入し、フォートグレース基地のN.O.A.S主力部隊や、ヘレナ市、グレアム市等の敵軍情報を収集する目的とする部隊である。

 最前線よりも危険で、生還率も非常に低い部隊だ。

 彼女にとってそれは、好都合だった。

 単独行動も多いのも真に都合が良かった。

 失態を犯して死ぬのは自分ひとりだけなのだから、と。

 しかし、偵察機動部隊は簡単に入れるものではなく、それ相応の能力が求められた。

 その一つに、ガラウン砂漠での単独偵察任務があり、これが彼女の選抜試験の内容らしい。

 数日間と限られた時間で、敵部隊の哨戒コースを割り出せというものだった。

 

 ――単独偵察は、思いのほか厳しいな。

 

 女は自分の気性を把握していたからこそ、もっとも適正のあるストライカーを選んだ。

 だからこそ、忍耐力を試される偵察任務は性に合わない。

 ひたすら待つ続けることが必要な、退屈で過酷な職種だった。

 敵機を発見し、確実にやれる時があっても、あくまで任務は偵察であり戦闘ではない。

 ただただ、女にとってストレスの溜まる内容ばかりであった。

 しかも、今回の選抜場所は砂漠地帯だ。

 関節部の異常は日常茶飯事である。

 おかげで多くの時間を野外整備に取られてしまった。

 まだ不満はある。

 砂漠特有の日が沈んでからの急激に冷え込みにも辟易した。

 最初は余りの寒さに寝付くことが出来ず、サバイバルキットにある防寒用アルミシートを身体に巻いて、ようやく安眠を得た始末だ。

 装備のほうにも不満はあった。

 重量軽減の必要性から、もっとも軽いセンサーを積んだのだが、探知能力が低く、砂嵐が吹き荒れてしまうと使い物にもならない”ポンコツ”センサーだ。

 これのせいで選抜試験が始まってから、一度も敵影を捉えられない。

 女は大きく肩を落として溜息をつき、コックピットのハッチを開け放った。

 蒸しきったコックピット内の空気では気が滅入る一方だ。

 闇雲の歩き回ったところで成果はない。

 そう判断した女は、情報収集とヒューマンメンテナンスも兼ねて、エスバレーに立ち寄ることにしたのだ。

 砂漠で唯一の町でP.O.C.U軍勢力圏にも近いから補給にはぴったりである。


「選抜試験だからと自重していては、良い結果も出せない、か」


 言い訳がましく呟いた女は、付近に索敵用赤外線マーカーを設置し始めた。

 一時間ほどかけ、監視所に指定した付近を中心にして網を張る。

 女は携帯端末と連動したのを確認し、問題なく作動しているのを念入りに確かめてから機体を降りたのだった。




「あんた、余所者かい?」


 恰幅の良い女性が訝しげに声をかけてきた。

 歳は四十代くらいで気っ風が良さそうな人だが、目を細めて警戒するかのように、女のいるカウンターへと近付いて来る。

 女には、その”女将”に見覚えがあった。

 記憶が確かならば、エスバレーにある孤児院の職員もしていたはずだ。

 そこでの愛称は“優しいお母さん”だったが、目の前にいる女将の目付きは険しい。


「ん? 前にこの町に来たことあるかい?」

「……まあ、一度……、観光で」


 呟くように答える女に対して、女将の口調は更に険しくなった。


「ああ、そうかい。……あんた、軍人だったんだね」


 吐き捨てるように言い放つ“優しいお母さん”を見て、女に後ろめたさが圧し掛かった。

 人口数百人にも満たないエスバレーは、観光地として発展しているわけではない。

 数件の雑貨店があるだけで、観光として見るべきものは皆無だ。

 唯一、町にある孤児院が戦争の傷跡を物語り、現在のウィノア情勢の一端を知らしめる場所として、エスバレーの存在を際立たせている。

 このエスバレーには、部隊の仲間と、一度だけ訪れた事があった。

 紛争勃発以前の、とある休暇時だ。

 部隊員全員でガラウン砂漠を四輪駆動で走破するツアーに参加したが、アルマンド河を超えてフィンレイ市へ行くはずがなぜだか見事にコースを外れ、予定時間を大きく過ぎてしまった。

 思い出が蘇る中、女は心臓がきりきりと締め付けられるのを感じていた。

 

 ――息が、苦しい。

 

 今にでも吐きそうななり、眩暈も覚えてきた。

 それでも、脳裏は過去の出来事の再生を止めない。

 結局、その日にガラウン砂漠を横断するのは困難になった為、一夜の宿を求めてエスバレーに立ち寄ったのだ。

 砂漠の寒さを経験出来なかったのは、季節柄なのか夕暮れ時だからなのか。

 とにかく、雑貨店に併設されたモーテルに入った時に、たまたまこの女将がいたのだ。


「用が済んだらとっとと出て行っとくれ。あんたらの馬鹿騒ぎでまた戦争孤児が増えちまう」


 女将の敵意を隠そうともしない態度で、脳裏の過去は潮が引くように消える。

 不快な表情を浮かべ、女の動向を監視するかのようにカウンターに佇む。


「……これを」


 女はカウンターに注文の紙を置いた。


「必要な物を受け取ったら、すぐ出て行く」


 女将は注文用紙を無造作に掴むと、のしのし歩きながら紙袋に品物を詰めていく。


「戦争が始まってからここいらも物騒になってね。P.O.C.UとN.O.A.Sだかがしょっちゅう戦ってんだよ。あんたもその一味なんだろ? まったく、いい迷惑さ」


 偵察機動部隊の選抜内容は戦闘行為ではない。

 だが、そんなのは女将に関係のない事だ。

 向こうから見たら、同じ軍人だのだから。

 いつだって戦争は理不尽に始まる。

 その理不尽の犠牲になっているのは、女将自身であり、孤児の子供達だ。

 女にとっても、その理不尽で部下を失った事に変わりはない。

 ただそれが、はっきりと自分の失態と理解しているだけに、軍人であるがゆえに、理不尽という言い訳が通用しないだけのだ。


「だいたい戦争の発端が、P.O.C.U軍のグレアム地区襲撃だって言うじゃないか。まったく、いい加減にしてほしいわね、こっちは」

 

 ――グレアム事件。

 

 耳朶に響くその言葉に唇を噛み締めた。

 P.O.C.U軍のACW4機が、グレアム地区非戦闘区域で工場を襲撃。

 N.O.A.S側の発表で死者62名を出した悲惨な事件である。

 この事件に対してN.O.A.Sは条約違反と抗議するが、P.O.C.Uは事実無根とした為、互いの関係が更に悪化し、緊張が高まった。

 それを契機に始まったのが、この第二次ウィノア紛争だった。

 当時の詳しい状況は分からない。

 しかし、偵察任務の失敗がこの事態を招いたとすれば、そのせいで仲間を失ったとも言える。

 女は、女将に気付かれないよう小さく溜息を付いた。

 こんな考えは、ただの逃避だ。

 仲間を失ったのは、ヴァルキリー隊のリーダーである自分のせいだ。

 偵察した兵士達だって、まさかこうなるとは思ってもいなかったに違いない。


 ――どうしても人のせいにしたいのか、わたしは……


 またしても胸がきりきりと痛み出したので、強く抑えつける。

 偵察機動部隊の入隊を決意した理由のもう一つは、任務の特性上、グレアム地区にも潜入できるからだ。

 詳細を知りたいという思いがある。

 グレアム事件が戦争の直接の起因であるならば、現場を確かめてみたい。

 それが、自分の仲間に対する一つの償いでもあると、信じたいのだ。

 ふいに胸を抑えている腕が震えた。

 女の腕にある携帯端末が振動しているのだ。

 設置した赤外線マーカーが何かの反応を捉えたのである。


「悪い、女将。急いでくれ」

「女将なんて気安く呼ぶんじゃないよ」


 そう言って、品物の詰まった紙袋を乱暴にカウンターへ置く。

 女は、仕方がないとはいえ、その理不尽な対応に胸をざわつかせた。


「……助かるよ、”優しいお母さん”」


 つい口から皮肉が飛び出してしまった。

 代金をカウンターへ置き、紙袋を掴み取ると、急いでその場を離れようとする。

 その背中に大声が飛んできた。


「あたしにはミンダリアって名があるんだよ! ただね、いいかい? あんたにはその名も、あたしの愛称も呼んで欲しくないね!」


 女は振り返ることなく、身体で扉を押しのけ、雑貨店から逃げるように駆け出して行く。

 やるせない怒りと悔恨に、唇を強く噛む事でしか耐える術がない。

 誰かに当たる事で気が晴れるなら、女だってそうしたい。

 だが、しかし、女がやれる事といえは、ACWに乗って戦うしかないのだ。

 

 ――結局は、それしかない。

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