1-4


 敵アサルトを突破した女は、そのままミサイラーが布陣する箇所へと自機を走らせる。

 開けた公園に6機のACWを捉えた。

 相手も機体レーダーで気付くも遅すぎる。

 

 ――いや、例え気付いたとしても余りの早さに対応出来ないだろう。

 

 振り向きと同時にN.O.A.S機は引き金が絞ったが、間に合わない。

 漆黒のACWが速度に乗せたナックルがミサイラー機を盛大に吹き飛ばした。

 十数トンの重量を誇るヴァンツァーが吹き飛ぶ様を見た敵機は硬直している。

 あり得ない光景を前に、N.O.A.Sパイロットはすぐに反応出来ない。

 ヴァルキリー隊率いる女のACWは両腕にナックルだけ装備した、近接格闘戦オンリーのストライカー機だ。


 ――普通ならこんな装備は選ばないな。

 

 並大抵の度胸がないと格闘戦なんて難しい。

 格闘戦を選ぶ時は、それこそ支援用の機体が敵機に接近された時の、防御戦闘に仕方なしに移行する時だけだ。

 にも関わらず、女は好んでこの装備にしている。

 視界が悪い都市戦こそ、この装備が生かされると確信していた。

 その一撃必殺で派手に敵を葬る偉業が、多少の皮肉を織り交ぜて“クラッシュ”というように呼ばれたのは記憶に新しい。

 女は棒立ちした敵機に無慈悲にナックルを叩き込む。

 息を吹き返したACW各機はようやく反撃を試みるが、極限まで軽量化したP.O.C.U軍が誇る漆黒のACWを照準に収められなかった。

 高速疾走に翻弄された敵機は視界外から、猛り狂う一撃をお見舞いされる。

 不意打ちみたいな一撃に、腕もろとも胴体を揺さぶられ膝を突く。

 残りの敵機は狂ったようにマシンガンを連射するも、女の機体を捉えることが出来ない。


「鈍すぎるぞ!」


 吠える女は瞬時に接近し、ACWの胴体を走り抜けざまに打ち砕いた。

 一方的に追い詰められた N.O.A.S機に更に苛烈な一手がお見舞いされる。

 愛機の各所が限界負荷の警報音を鳴らすも、身体全体にアドレナリンが行き渡る女には聞こえてなかった。

 しかし、頭は視界映像を冷静に見据え、敵の挙動が手に掴むように判断出来る。瞬き一つせず、自分が叫び声を挙げているのにも気付かず、考える前に機体を動かす。

 鈍重な N.O.A.S機のミサイラーは、その漆黒の機体の高速運動にまったく付いていけない。女は傍の敵機を盾にしつつ、間を置かずして飛び出し、苛烈な拳を放ち続けた。

 胴体を貫かれ、膝を着いたACWが傾き、僚機を巻き込んで倒れる。

 それには目もくれずに、残った1機に向かって温存したローラーダッシュで急接近。スピードを乗せたナックルが頭部を粉砕する。

 完全に敵機は沈黙した。

 女は愛機のコックピットで、荒い呼吸を繰り返していた。

 肩が上下に大きく揺れている。

 居心地が良かったはずの空間も、今では蒸し暑く不快な場所へと変貌していた。

 深呼吸で気持ちを静めると、改めて周りを見渡した。

 黒煙を上げているN.O.A.SのACW6機が地面に身を沈めている。

 勇壮な戦場の花形は、今やただのスクラップだ。


「こちらヴァルキリーリーダーだ。状況を報告せよ」


 足下に沈むN.O.A.S機のどれかが指揮官機だろう。

 前線に展開しているアサルトもこれで退くはずだなのだが……。


「ヴィル、応答しろ」


 通信機は砂嵐のような音を垂れ流すのみで、他は何も聞こえない


「ケリー、わたしの通信は拾えるか?」


 再度、呼びかけても誰も応答しない。

 漠然とした不安が、徐々に膨らむ。


 ――ジャマーがいたか。


「聞こえるかヴィヴィアン? アンジーでもいい」


 女の問いかけは砂嵐に消えるだけだった。


 ――まさか、分断されたのはこっちだったのか?


 女は操縦桿を目一杯倒し、最初の接敵ポイントに急行する。

 最悪の状況が頭に浮かんだ。

 

 ――包囲殲滅


 もはや後戻りできない状況になっているのは分かりきっている。

 軍人として、最悪の事態の想定は容易く浮かぶものなのだ。


「ケイ! 応答しろ!!」


 ふいにモニターの片隅で閃光と黒煙が幾度も舞った。

 瞬時に衝撃が機体を震わせる。

 

 今のは間違いなく砲撃だ。


 その衝撃におかげで思考が一瞬、冷静になる。

 距離から推定した威力半径に155ミリ砲と確信した。

 また、間断ない着弾数から大隊規模の砲兵が存在する。


 ――ACW二、三個大隊と砲兵一個大隊の戦闘団か。


 女は一度、機体を停止させ、モニター画面にセントラル市の市街地図を表示した。

 もし分断された場合、退路となる地点はどこか。

 また、仲間が戻ってこれるよう死守するポイントはどれか。


「この交差点か……」


 女は、無意識に溜息を吐き出した。

 方角は先ほどの砲撃地点。

 N.O.A.S軍はそちらに気を取られているだろう。

 今なら、交差点を大きく迂回すれば、敵機に会わずに済む。

 しかし、そんな選択肢は女にはなかった。

 自分の目で確認したかった。

 ちゃんと把握しておきたかった。

 

 大通りを駆け抜け、角を曲がった先には――

 

 コックピットの中で、微かな息漏れが聞こえた。

 仲間の誰かと思ったが、ほどなくして自分の口から出ていることに気が付く。


「じょうだん、だろう…」


 交差点中央は無残なものだった。

 黒焦げになったACWが燻っている。

 膝を突いているのは、形状からしてケリーのレコン機で間違いない。

 仰向けで突っ伏しているのはヴィヴィアンの機体だろう。

 肩に装着されたミサイルで分かる。

 少し離れた所では、建物に背中を預けて座っているアンジーの機体があった。

 

 ヴィルの機体は、

 それこそ砲弾の直撃を受けたかのような腕や脚のパーツが吹き飛んでいる。


 ――わたしの、せいか?

 

「ケイは……、どこだ?」


 少なくともここにケイのACWは見当たらない。

 だが、これほど激しい砲撃だ。

 ヴィルと同じように直撃して機体がばらばらになったのかもしれない。

 まともに考えれば、ケイも敵に捕捉されているはずなのだから。


 ――わたしだけが、生き残っている?


 女は信じたくなかった。

 いや、現実では認めている。

 ただ、受け入れられなかった。

 

 ――ヴァルキリー隊のリーダーとして、一人だけ生き残ってしまった残酷な事実に。

 

 ふいに機体レーダーが反応した。

 N.O.A.Sを示す敵影を映し出したのだ。

 

 ――それでも、女は機体を動かせないでいる。

 

 自分の責任で部隊を壊滅させ、部下を死なせてしまった。

 自責の念が、女に枷を掛けていたのだ。

 女は生気の失った目で、その画面を眺めているだけだった。

 もうすぐそこまでN.O.A.S軍の増援が迫ってきている。

 女が急行してきた通りから、ACW機が姿を現した。

 女はぼんやりと機体の映像から敵ACWを眺める。

 しかし、その瞳は何も映していない。

 

 今の女に出来ることは、


 茫然として敵に倒されるほかなかった。


「馬鹿野郎! さっさと逃げろ」

 

 その時、コックピットの通信機から声が聴こえた。


 ――ケイ?

 

 反対側の通りからケイのACWが飛び出してきた。

 自慢の重装甲に多くの弾痕を刻ませながらその勇姿を誇る。


「ケイ……か? わたしは……駄目だ……」


 女が力なく呟くと、大きく機体を軋ませながら、N.O.A.S軍にチェーンガンをお見舞いする。


「ヴォルキリー隊のリーダーはお前だけだ。お前がいればヴァルキリー隊はいつでも再建できる。俺の機体は脚が遅いから敵を粉砕してから合流する」

 

 ケイは厳しい口調で話しかけた。


「お前は良くやった。こうなったのは誰のせいでもない。戦線を離脱しろ」


 一呼吸おいたケイは、穏やかに言葉を紡ぎだしていた。

 女は部隊の現状に、嗚咽を漏らすのみで一歩も動こうとしなかった。

 激しい後悔の念が後から後から湧いて出てくる。


 もっと考えていれば、


 もっと慎重にしていれば、


 もっと状況を把握していれば、


 もっと戦術を考えていれば、


 ――調子にのっていなければ


「迷うな」


 連続した爆音が市街に響き渡った。


「俺はお前の盾だ」


 ケイのACWの姿は、もはや大破といっても過言ではない。

 それでも立ち塞がるケイは、チェーンガンで群がる敵機を寄せ付けない。


「だが……、わたしは……」

「いいから、早く行け!」


 有無を言わせない口調だった。

 ケイのACWが女の愛機を肩で押しのける。

 まるで戦意喪失した兵士はいらないとばかりに、何度も強引に押しのけるのだ。

 女は機械的に機体を動かし、一歩ずつ漆黒の愛機を後退させる。


「そうだ。怖気づいた兵士は戦場に必要ない。とっとと失せろ!」


 機体を反転させて速度を上げ、ケイから離れていく。

 速度を上げて全速力で戦線を離脱する女を捉えながら、ケイは口角を吊り上げる。


「その……、調子……だ……」


 徐々に通信機がノイズで乱れ始めた。


「おまえは……、死ぬ……なよ…………―――」


 最後の言葉がECMに邪魔をされた。

 後は砂嵐の音しか流さない壊れたテレビのようになった。

 女は何も考えられなかった。

 何も考えずに、ただひたすら敗走していった。

 ようやく戦域を抜けた頃に、市街のほうで爆発が起こった。

 ゆっくりと黒煙が立ち昇り、やがてそれも見えなくなった。

 それが、ACWの撃破された瞬間であったのは、周知の事実であった。

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