1-1
遠くでうっすらと立ち昇る黒煙をモニターに捉えながら、女の黒一色で塗りつぶされた愛機は疾駆していた。
その隣を並走しているのはP.O.C.U軍の標準カラーリングを施したACWで、両手にショットガンを握っている。本人同様、威圧感たっぷりのヴィル機だった。
ここは既にセントラル市街地だ。
両機は周囲を警戒しながら目標地点に向かっている。
「ケリー、敵の反応はどうだ?」
「衛星画像を拾ったが、絶賛友軍を追撃中。こちらにはまだ気付いていないようだね」
おそらく戦局が優勢の為、警戒を怠っているのだろう。
好都合である。
「作戦通りで行くぞ、ヴィル」
「おっかない作戦だけどな」
「何か不満か?」
「いやあ、これしかないだろうよ」
忍び笑いを噛み殺したかのようにヴィルが呟いた。
「ボスと俺が接敵間際、ヴィヴィアンとアンジーとケリーがミサイルとロケットの砲撃支援、敵の機先を制して側面から突撃し、相手を攪乱。その間に友軍に戦線離脱してもらう。まあ、うまくいけば最高のビールが飲めそうだ」
ヴィルはもう基地に帰還した時の事を考えているようだ。
「安心しろ。標的をわたしたちに変えて追撃してきたところをケイが待ち伏せて一網打尽だ」
「熱いね、お二人さん」
「いまこの場で貴様の毛髪を毟り取るぞ」
女は軽く舌打ちをして、荒々しい語調となる。
「とはいえ一個大隊にたったの2機での突撃じゃあ肝が冷えるぜ?」
「わたしがすべてを一撃で葬る」
その断言に通信機から口笛が漏れた。
隊内通信なので今の会話は全機に聞こえている。
口々に褒めているやらからかっているやらの”お喋り”が始まった。
「無駄話はここまでだぞ、
「リーダークラッシュ、撤退中の友軍から通信ですよ。今、繋ぐんでどうぞ」
「クラッシュはやめろ」
もはや自分の名前がクラッシュと定着しつつあるのが頭痛の種になりそうだった。
「こちらP.O.C.U陸防軍機動部遊撃機動隊所属のヴァルキリー隊。現在、撤退中の友軍援護を任務している。息をしているのなら応答しろ」
問いかけから応答がない。
女は若干の間を置いてから再び同じ通信を繰り返すが、やはり反応がない。
「本当に通信回線が開いているのか?」
「ちょっと、待って下さい……、今、市内に現存する防犯カメラ映像をハッキングしてるので」
やはり双方向通信に異常があるのだろう。
ケリーは別の手段で状況を伝えようとしている。
「これは、通信が妨害されているか、思った以上の激しい追撃か、二つに一つだろうな」
いつもの軽い調子を抑えて真面目に呟いたヴィルだ。
「あるいはその両方、か」
女も冗談を言う気になれなかった。
「よし、ハック完了。映像合成まであと15秒」
「合成は不要だ。すぐに映像を流せ」
「了解。これが生のライヴ映像です」
女のモニターに防犯カメラ画像が乱立した。
そこには友軍ACWが何か対して発砲している様子や、退避中の軍用トラック列の最後尾にいる装甲車から幾度もマズルフラッシュが煌めいていた。
別の映像ではN.O.A.S軍のカラーリングを施したACW数機が、建物の陰から発砲を繰り返している。
「クソッ、尻に噛みつかれてやがる!」
窮屈なコックピットで猟犬のように唸ったヴィルだ。
―――これは悠長な光景ではない。
友軍ACWの機体はどこもかしこも損傷していて満身創痍だ。
トラック列の最後尾を守る装甲車から発砲は、すぐ近くまで敵機が迫っている証拠。
「全機前進、近接格闘戦準備!」
女の決断は早かった。
中陣に控えていたケイは、その重武装を前面へと動き出す。
ヴィヴィアンとアンジー両機は遠距離砲撃支援を中止、前線にて近接火力支援に移行の為、移動を開始した。
ケリーも同様に、より前へと進出し、少しでも多くの火力を敵に集中させようとする。
当初の作戦では友軍に誤爆の恐れがあり、かといってたった2機が側面を突いたところで、火力支援のない状況では一個大隊を攪乱するのは難しい。
たちまち包囲殲滅の憂き目にあうだろう。
残された手段は一つ。
部隊の火力を一点に集中し敵の追撃を押し止め、その火力の飽和中に敵アサルト勢を突破、後方にいる指揮官機を潰す。
まったくもって女向きの作戦だった。
「ケリー、敵の詳細は?」
「ただいま前進中。そろそろセンサー範囲に収まるはずだ」
レコン機を操るケリーはヴァルキリー隊の目だ。
いかに有利な位置取りが出来るかはケリーの腕にかかっている。
「急げよぅ、お前の千里眼だけが頼りなんだぞ」
ヴィルはまるで獅子のように残り少ない頭髪を逆立てていた。
これから始まる絶望的な火力戦、5対1の圧倒的な火力差に戦慄でもしているのだろう。
「敵構成はアサルト9、ミサイラー6が現時点での詳細だけど……」
ケリーのセンサーが捉えた詳細は各機体に表示された。
「大隊規模にしては少ない。もっといるはずだが」
「悩んでいる暇はねえぞ」
女の懸念にヴィルが口を挟む。
逼迫した状況に敵戦力が不明瞭だからといって、前進を止めるわけにはいかない。
撤退する友軍の援護が任務なのだから、躊躇はしていられないのだ。
「こちらP.O.C.U陸防軍機動部遊撃隊第67BGワイルドグースのエドガー! 無線が通じている味方は応答を願います! 繰り返します、こちら―――」
ふいに撤退中の友軍からの通信回線が開いた。
女は直ちに応答する。
「ワイルドグース、聞こえたぞ。わたしはP.O.C.U陸防軍機動部遊撃機動隊所属のヴァルキリー隊。現在、撤退中の友軍援護を任務している。そちらの状況は?」
一瞬の静寂後、無線からは悲壮の叫び戻ってきた。
「現在、敵機と交戦中! 状況は劣勢です! 弾薬が尽きれば全員が死にます!」
「落ち着け、ワイルドグース! そちらの戦力はどうなっている?」
「―――ワイルドグースは自分1機を残して全滅。隣で共に交戦中なのはP.O.C.U軍遊撃機動中隊のドラグーン隊最後の生き残りであります!」
「了解した。もう間もなく到着する。それまで頑張れるか?」
「弾がある限りはなんとか!」
女はその通信を聞き終わる前に、更に自機の速度を上げた。
部隊一の最軽量仕様のACWである女の機体は、随伴するヴィル機を徐々に引き剥がしていく。
他の隊員のACWは重武装なのでもっとも顕著に離されていった。
「へい、ボス。一人で突っ走っても死ぬだけだぞ!!」
ヴィルの注意は耳を素通りするだけだ。
もう少しでバトルゾーンだ。
焦る衝動を抑えようにも、女の性格はそれを許さない。
―――いま、すぐそこに迫る危機があるのだから。
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