3か月後

 ✝ ✝ ✝


 ユーリーが住んでよいと言われた場所は城下の比較的余裕のあるものが住んでいる地区だった。屋根は雨漏りがするし、壁はレンガが崩れて風を通してしまうなど欠点はあるにせよ今までの暮らしを思えば暮らしやすい環境だ。

「あれから三カ月か。そろそろ話が来てもいいんだけどな」

「淋しいの? 陛下が王太后を説得できることは期待してないっていったくせに」

「それもそうだけどせっかく作った嘆願書を渡していないしね」

 陛下と別れてからも嘆願書はふえ続けている。

「近所のおばさんは面白かったわね。大罪じゃって叫んで気絶しちゃって」

「そんなこともあったな。聞いたのが役人でしばらく目をつけられたりな」

 三人で笑い合った時に数人の兵士が家を訪ねてきた。

「ユーリー・フラン様。陛下より朝議に出るようにと礼状が届いております。丁重に来ていただくようにとのことです」

 レンはその知らせを聞いて安心したように笑顔になった。

「お迎えだ。頑張ってこいよ」

『行ってらっしゃい。私はもう要らないわよね。希望の少女様』

「ええ。大丈夫よ。じゃ、最後の大仕事に行ってくるわね」

 ユーリーは慌ただしく支度を整えて満面の笑みを見せた。

「行ってらっしゃい。頑張るのよ」

「いってきます」

 それがアマリリスとの最後の会話となることをユーリーは知らない。


 ✝ ✝ ✝


 元気なユーリーを見送ってから妖精は呟いた。

「ユーリーには新しい場所があるわ。きっと面倒見てもらう約束は無駄になるわね」

「そうだな。けど、しばらくは俺がいるぜ」

「嘘ばっかり。あんたはマリがいなくなって道を見失っているだけ。それに覚悟はほとんど決めたんでしょ?」

 ユーリーにばれないように旅支度をしていたことは知っていた。

「解っていたのか。じゃあ黙ってくれて感謝だな。あんたも別れが近いんだろ」

 アマリリスは見抜かれていたとは思っていなかったようでぽかんとしている。

 レンは苦笑した。

「ユーリー以外の前で気を抜き過ぎなんだよ。多分、依頼屋だって気がついてんぜ」

「構わないわ。ユーリーに分からなければ。なぜ言わなかったの?」

「ばれたくないのかな。ていうかお互いさまジャン」

 知らなくていいことなのだ。お互いに。

「どうするの? これから」

「ん~そうだな。俺の過ちとマリの後悔を背負って、気ままに旅芸人でもするかな」

 相変わらず軽く言う。レンの手には数枚の紙があり、そこにはマリの筆跡で何事か記してあった。

「新しい道を歩いてってのがアイツの願いだったんだよ。知らなかったけど。もう失敗はしたくないんだよな」

 レンの目にはマリへの誓いがあるのみで過去は吹っ切れたようだ。

「じゃあな」

 そう一言のこしてレンは新しい路へ颯爽と足を踏み出した。

「人間はすごいわ。私もあなたたちの道を見れたら良かったのに……残念だわ」

 彼女の手は透けていて、気を抜けば輪郭さえ空気にとけこんでしまう。彼女もまた決断の時が間近に迫っていた。彼女は休息を求めて羽を広げた。


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