下巻
術からの目覚め
目を開ければかつて約束を交わした相手に抱き締められていた。
「れ、レンよかった~」
「……ユー、リー」
「もう、目が覚めないのかと思ったじゃない。この馬鹿。アマリリスが平気って言ってたのに反応が遅いのよ」
喧嘩越しの言葉ではあるが涙目で言われれば説得力に欠ける。
「悪い」
「そんな言葉じゃ済まないんだから。
あんたを呼び続けて声がガラガラになったんだから」
そういえば声が割れているような気がしないでもない。
だからもう使うなと悲鳴を上げている喉を酷使して声を発した。
「あれ?顔が赤くない?」
「あんなこと読まされたこっちの身にもなりなさいよ」
「まさか照れてんの?恋愛にはまったく縁がないユーリーが」
からかい半分で問い掛けたが問答無用の平手打ちが飛んできた。
「いって~」
「煩いわね……マリに感謝しなさいよネ」
「ああ」
「はい。マリからの手紙。しばらく前に渡すように言われたから。早く渡せばよかったわね。ごめんなさい」
「いいさ。結局お互いに不器用だったってことだろ」
二十にもおよぶマリの丁寧な手紙を見て俺は眼を白黒させた。
「えっ。手紙ってこんなにあったのかよ」
「マリはかなり思い詰めた顔してたわよ。この鈍感男」
開こうとしたが一瞬躊躇した後、読まずにマントにいれた。
「それよりどうなったんだ?」
ユーリーは怪訝な顔をしたが何も言わずに質問に答えた。
「依頼屋って人はその場で気絶しているのよね」
ユーリーが示した先には倒れる小柄な女性の姿があった。
「大丈夫かよ? この女自称マリの姉らしいぜ」
ユーリーに分かった事を報告しつつ彼女を結界の中に連れ込んで、介抱を試みた。
といっても技術もないので、たいしたことは出来なかったのだが……
「心配だね。フローラ様たち」
代表して言葉にしたユーリーの呟きは深刻な響きを伴い、消えていった。
✝ ✝ ✝
『此処は何処だ』
わらわが気づいたときには一人きりで海の中を漂っていた。ぐるぐると今までの幾千年が走馬峡の様に駆け巡る。
人間たちの喜怒哀楽が蘇る。笑った顔、怒った顔、哀しんだ顔。そして、楽しそうな顔。
「こんな感傷に浸っている場合ではない。どうなったのじゃ」
状況を確認しようとした時にはクラリと目眩がして過去が映像化してフローラの心に流れてくる。
『人間の男女がふたり?』
「何なんだよ、この霧は!」
男が苛立ったように地面を蹴った。
「きっと霧の神がお怒りなんだわ」
人間の前には札の貼られた岩があった。フローラにはそれが何なのかわかった。あれは――
「アイリーと初めて遭った場所じゃ。ここはアイリーの縄張り」
《私ではない》
微かに違和感があり数拍おいて彼らには聞こえないのだ。とフローラは理解する。
「そうかな?神様なんて気分しだいで掌返す都合のいい信仰物なんだよな」
《私はそんなことはしない》
アイリーの弁解だって聞こえてはいないのだ。
「アッハハ。いっそのこと封じちゃう?」
「いいね。ホントにいたってたいしたことは出来ないだろ。可愛い人間に手は出せないってもんだ」
遊び半分でアイリーを封じようと男女は力ある修道院の札を取り出して、
棲んでいた村から追い出したのだ。
守り神として名を馳せていたアイリーはそれ以来、
憎しみの神として恐れられることになったのだ。
本来ならば平和の神として信仰されるはずだったものを。
愁いを帯びた、少し翳りのある笑顔の裏には、人間に裏切られた壮絶な哀しみがあったのだ。
かつてアイリーに言われた言葉が思い起こされる。
《ウィンデーネは私のように人間を信じられなくならないで。いつまでも綺麗な心を持っていて。憎しみと哀しみを知らないで》
何故あんなことを言ったのか分かった気がした。彼女にはもはや信じるだけの心の余裕すらなかったのだろう。
理解したと同時にクラリとまた目眩がした。
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