負け戦でも負けられない

 ✝ ✝ ✝


 わらわとアイリー、そしてマリが来たのは神が作った異空間だった。


「解るだろう。君たちが勝つことはありえない」


「全能の神よ。わらわが出来ることはたいしたことではないが、それでも僅かながら出来ることもあるのじゃ」


 ずっと考えてきたことだった。大昔の事なれど、微かに覚えている全能の神の弱点。

「出来ることなどないだろう」

「わらわ達を取り込むがいい。そしてわらわ達と勝負じゃ……」


 全能の神はそんな考えをあざ笑った。どんな策を巡らせても無駄だからだろう。


「そなたたちが我を抑えることは不可能だ。混ざり合っても我が勝ろう」

 幾つのも神の意識を取り込んで出来たように、

 たとえ挑んでもわらわ達の意識が取り込まれるだけ。――けれど


「わらわは先代の希望の少女に約定を立てた。次があるのならば何をおいても助けると。ならばこれで終いじゃよ」


 自然と透き通る声は固く、無機質なものになったのだろう。

 それに構わずに同胞に依頼した。

「頼む」

 低い声でアイリーは呪文を詠唱し始めた。


 幾千年、水、霧の神として勤めてきた事が脳裏に浮かぶ。

 怨まれたことも。感謝されたことも。

 幸せな時が永遠に続くと思ったことも。

 消えたくなる時もあった。

 自分の生は、愚かで、弱くて、一人では何も出来ないが、

 時に何よりも強い人間の為だけにあると思っていた。


「だが、オウカは違うと言ったのじゃ」


 ――あんたはそれで嬉しいと思えたの? 神様だって時には自分主義でいいわよ。人間なんていい加減で、簡単に意見を覆す生き物なんだから。たまには殻を破って好きな事しても迷惑かけなきゃそれでいいと思うわよ――


「どれだけ救われたかなど分からんのじゃよ」


 呪文も中盤に差し掛かった時、予想通り全能の神が最初で最後の揺さぶりにきた。

「俺はまだ生きたいと思うがね。水と霧の女神はどうしてこんなにも潔いのかね?人間が好きだからか?」


「そう。わらわ達に悔いはない。人間を愛したことも、これから起こるであろう事も……」

《トキハナテ。ウラミモカナシミモ》


 掛け声を元にマリの中の憎しみが解き放たれた。


「禍々しいが、これぐらいが丁度よい」


 霧の神がウィンデーネの代わりに答えた。


「何と可笑しなことか。力量も測れぬ愚か者には神と名乗る資格さえない」


 正論だろう。神の視点で見るならば。それでも互いに尊重したいものが違うなら、どんな判断で動こうと咎められることを恐れてはならなかった。わらわは「サンデクサン」と終焉の言葉を紡いだ。


《さよなら》という意味の太古の言葉だった。

「悔いは無いと言い切れることだけが救いじゃな」

 刹那、無意識に動かした透明度の高い青色をした唇は独白の様に動き、光りに負けて見えなくなった。

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