嘆願書と王宮

 ✝ ✝ ✝


「ん~と。こんなものかな?」


「荷物の整理して半日待って言っていたが、ずいぶんかかるよな」


 ユーリーが手に握っている数十枚の紙は政治に関する嘆願書だ。

 南に、北に移動したときに泊まった宿の店主に思ったことを書きつずってもらったり、陰口を言っている連中にも書いてもらったりした。


「しっかし随分、汚い筆跡だな。これは誰が書いたんだ?」


 レンがその中の一枚をとり、馬鹿にしたような響きがあった。


「汚いってさ。ユーリー」


 アマリリスは嫌味たらしく言った。


「えっ? これユーリーが書いたのか?」


「悪かったわね。旅先で思うことを書いて下さいなんて言えないでしょ。

 だから聞いて書き留めたのよ」


 ページをめくっていくと、一枚だけ綺麗な筆跡があった。


「これ、マリが書いたんだ」


「いつの間に書いたのかしら? 書き留めてあるとは言ってなかったのに」


 その言葉を皮切りに、しんみりした雰囲気になった。


「アイツの遺体、葬れなかったな。せめて埋葬したかったな」


「そうね。私はマリを見ていないから余計に信じられないわ」


 結界の中には生きているものしか入れないのだ。

 だとしたら彼女の遺体はどうなるのだろう。焼かれるか、邪険にされ、触りたくもないと放っておかれるのだろうか。


「確か、あそこら辺の地域だと土葬か?」


かなりの手間と金がかかる。だれか世話をしてくれたのだろうか……


「マリはどうなったんだろう」


 仲間思いの二人の思考は重なった。

 ✝ ✝ ✝


 王宮の地下室でのこと。


「やっと目覚めの呪文が成功したのですね。やつらはどこにいるのですか?神よ」

 王は膝まづいて神に懇願していた。


『こんなに眠ったのはひさしぶりだ。寝起きに気分がよいのもな。そうだな。やつらは今北東に向かっている。もうすぐ郊外へ行くはずだ』


「ありがとうございます。全能の神よ! 時がくるまでしばしの間お休みください」

 是と返答があったのちに気配がなくなった。


「さてと。依頼屋は用無しだ。それにしても可哀想な姉妹だな」


 これから起こることを想像して王は勝ち誇った笑みを浮かべたそのとき。


 ガンガン


「何の音だ?」


「陛下、失礼いたします」


 重い鉄製の扉の向こうから聞こえる面会を求める声に、王は固まった。

「その声は宰相か。今開ける。入るがいい」


 鍵を外すとゆっくりと扉が開き青白い顔色をした宰相が見え、後ろから素早く影が動きこちらに近づいてきて――


「な! 依頼屋」

 王がそう認識した時には彼の首筋にナイフが突き付けられていた。


「お久しぶりでございます、陛下。連絡が取れなくて淋しゅうございました」


 美人の冷めた微笑は背筋が凍るほどこわい。

 それに宰相がいるからなのか彼女は極上の敬語で話を進める。

 それがこの上もなく怖い。


「っつ! 朕がだれか知っての暴挙か?」


「ええ。オムガッチム・サドンリー皇帝陛下」


「そうだ。皇帝にナイフを向けるなど罰あたりが」


「私の要求を勝手に変えることが悪いことではないと仰いますか?」


「朕は剣客ぞ。剣を向けて勝てると思うな」


 ずいぶんと声が上ずっている。皇帝の腕が剣を取る前に――


「その前に首を切ってしまえばいいことですわ」


「どうしてだ? こんなことを」


「依頼屋の基本は相手の弱点を突かなくてはなりませんから。私もいいえ、それ以前から依頼屋の家系は騙されるのが一番嫌いなもので」


 後ろで宰相がなおも蒼い顔をしている。


「なるほど。宰相の弱みを掴んで脅迫か」


 現状をわかっても依然として彼の首筋には光るものが翳されたままだ。


「人聞きの悪いですこと。それに私相手に裏切りは通用しませんので」


「なにも言わなかったことは謝る。皇太后を説得できなかったのだ。……どうしたらその剣を下ろすのだ?」


「今までと同じように計画への参加と今回のような裏切り行為の防止として陛下の弱みを教えて頂きたい」


「わ、解った。参加を許可しよう。それと私の最大の弱みを教えよう」


「ぁあの、あの――陛下。わたくしは決してやましいことは」


 皇帝は彼の弁解を煩いといって退出させた。


「早く情報をちょうだい」

 そして皇帝は彼女に耳打ちをした。


「それが弱みだというの?」

「ああ。朕にはこれ以外後ろめたいことなどないぞ」

「解りました。では協力いたしましょう」


 

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