弱みを握る女


 ✝ ✝ ✝


「何をしている! あいつらは弱っている。全能の神をだまし続ける気力は残っていないはず」


 依頼屋の女は、部下に怒鳴っていた。


「し、しかし、われらの探索では見つけることができません」


 瘠せ過ぎの貧弱な部下に、睨みを利かせつつ問いかけた。


「何故だ?国中が捜索範囲なんだろ?」


「い、いえ。探索範囲はルイール地方からマキスタ地方まででそれ以外は……」


 それは国の南側だけの範囲だった。


「ふざけるな! そんな範囲で見つけられるわけがないだろう」


 依頼屋が激高すれば部下はさらに叩頭して弁解した。


「陛下からは大々的に捜索するなと命じられております。この範囲とて命令に逆らわないぎりぎりの線なのです」


「なに?」


「なんでも王太后様に見つかるとまずいとかなんとか」


 依頼屋の表情は一気に曇った。

(そんなことは聞いてない! 王太后が何? 部下になにを言ったの? あの野郎)


 依頼屋は状況が理解できず、疑問符だらけだ。依頼屋は話をつけるため、陛下の仕事場である正殿へ向かった。


 ✝ ✝ ✝


 国の中枢である王宮の内部であり、王が日常を送る正殿は、国内でもっともすぐれた技術が集まる場所でもある。

 まだ人の手で作業したほうが綺麗なものが出来る時代だ。掃除も人の手で行われる。


 早朝から係りの者が王宮を拭き清めただけあるようだ。

 廊下にも手すりにも塵一つない。


 国王のために敷かれた赤い絨毯の上に佇んでいた。どうやら許可を待っているようだ。バタンと扉が閉まる音がして、宰相が彼女の所へ向かっていった。


 国の中で上から数えて三位の宰相が返答を伝えた。


「は?」

「ですから貴殿には会う時間がないのでしょう。陛下の日程は王太后が管理されておられる。知っての通り三か月先まで時間がないとのことです」


 宰相に頼んで仕事ついでに問うてもらった返事がこれ。

 予想していたことだが依頼屋は怒鳴りたくなった。


「些末なことを。依頼屋との商談は必須ですわ。謁見を求めます」


 優男の宰相は普段から操り人形と化していたが、

 今日は、いつもよりもまして話にならない。


「どうしても話がしたいというのなら王太后に謁見されて、話を通してから。可哀想だが私にはどうにもできない」


 依頼屋とは政治的には国の宰相と同列の位を持つ。


 だが事が、血筋、格式となると話は別だ。一転して、蔑みの対象になる。


 ましてや今の王太后は格式を重んじている。


 彼女とはそりが合わず、苦労している。


「王太后が聞いてくれるものですか」


「そうでしょうな。王太后様の教養を取り込み知識で認めてもらうしかないでしょうな」


「なっ」


 生まれに関して後ろめたさや後悔はない依頼屋はこの言葉に切れたのだ。


(やりたくはないが、今は時間がない……申し訳ない)


「お待ちください。宰相様。妻子のいる身にも関わらず女性と密会していたそうですわね」

「……し、失礼な。仕事の話だ。そんな関係ではない」


 依頼屋が懐から出したのは、宰相から女性へのラブレターだった。


「愛しているぜぇハニーなんて仕事相手には使いませんわよね~しかも四十過ぎのダンディとは程遠いおじさまが」


 宰相は暴言に絶句したのか、微動だにしない。


「私の望みは陛下と面会がしたいだけですわ。それを取り計らっていただけるならこの件は忘れて差し上げますが?」


 コク、コク、コクリ。


 首を縦にふる仕草を確認して依頼屋は指四本分はある証拠品を宰相に手渡した。


「速やかにお願いいたしますわ。火急ですの。無事に準備して下さらないと口が滑るかもしれませんわ。例えば、貴方の部下にとか」


「か、必ず」


 宰相は宮廷を全速でかけぬけた。これが依頼屋が宮廷で生き残る手段だった。


「さて、陛下にどう理由を言わせるか」


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