秘密の作業

「ホ、ホントに平気なの? アマリリス?」


「アマリリスが大丈夫って言ってんだ。平気だろ。少なくともユーリーよりは元気そうだぜ」

「何よ、その言い方――え?」


 会話にレンが入っている――彼は妖精を見れなかった筈なのだが。


「なんでレンがアマリリスの状態を知ってるわけ? 視えない筈じゃ」


「マリとユーリーのおかげで見えるようになったんだ」


 病み上がりの頭にはまったく理解できない。


「マリが最期に教えてくれたのじゃ。幼い頃にユーリーの血を舐めたことがあるとな」

 レンが神の言葉の補足をする。


「眠っているユーリーから血を失敬して、俺に一滴舐めてみたってわけ」


 意識のない間に血液をいじられるのは意外に気持ち悪いものだった。

ユーリーは顔をしかめた。


「冗談じゃないわよ。体に支障が出たらどうしてくれるのよ」


「まあ、俺も気持ち悪かったけどな。マリも血は見るのもいやって言ってたし、辛かったと思うんだよな」


 同じように妖精が飲んでも同じ効果があった。

つまりアマリリスは人間に触れられるようになったのだ。

もっとも飲んだ量が微量だったため何もしていない人間に見えることはないが。


「蝶が花の蜜を吸うように、華麗に作業したわ」


 そうのたまい、胸を張る妖精にキツイ一言。


「アマリリス、蜜だったらその表現だけど、貴方がやったのは血。むしろ吸血鬼っぽいから」


「ち、違うもの。あくまで必要に応じてだったから吸血鬼じゃないわ!」


「吸血鬼だって生きるためじゃない」


 ユーリーの訂正にアマリリスだけが意義を唱えたが、他の人々は視線を逸らしただけだった。


「そういえばユーリーはどんな夢みていたの」

「ああ。昔のことだから心配しないでね」


 ユーリーは顔を赤らめて言った。幼い頃、嘘でも、叶わない夢でも嬉しかった事柄は今でも夢に見る。忘れることができると思っていたのにずるずると過去に出来なかった。


 何よりも当人がここにいるのだから、言いにくいことこの上ない。


「それよりも今どうなったっていうの?」


「ユーリーは二日眠っていた。その間に政府の奴らに見つからないように移動したんだ」


「それで?これからどうなるの?」


「安心するのじゃ。アイリーが霧で目くらましをしておる。軟弱な人間には分からぬじゃろう」


 アマリリスが急に真剣な目で此方を凝視した。


「だけど、そうのんびりもしていられないわよ」


 言いたいことは分かっているウィンデーネが引き継いだ。


「全能の神が王に味方して、わしらをみつけだすつもりなんじゃ」

 ユーリーが眠っている間に鬼ごっことなっていた。


「そんなことって……」


 だとしたら霧の神、水の神では敗れることは避けられないはず――。


「勝算はあるの?」


「今のところは確実に負けるのう。それに、王がお主に執着しておるようでの。一筋縄だいきそうにないんじゃ」


 弁解をした時に聞きなれない声が響いた。


『ウィンデーネ、ここも限界だ。移動するわね』


 初めて聞くアイリーの声は女神・フローラよりも格段に低く、

人間の男の声に似ていた。


「わかった、アイリー。ご苦労じゃったな」


 稽古の時よりも一層険しい顔をして、続ける。


「では、どこに行こうかの」


『なるべく王都から離れたほうがいいのでは?』


「そうじゃの。近つく訳にはいかぬから北東しか逃げ場がないな」


 全員は異口同音に返答をした。


「アマリリス、アイリー、もう少しがんばれるか?」


「もちろんでございます」


『ああ、平気だ』


 フローラはユーリーに向き直って刻限を告げた。


「猶予は半日じゃ。呪文をかけるのに随分かかるからの」


 そして、女神たちは移動のための呪文を唱え始める。


 ✝ ✝ ✝


 此処はこの世で最も穢れた土地。死体が廃村を埋め尽くしている。

 此処に打ち捨てられたものは身寄りがないか、さもなければ不自然な死を遂げ、気味悪がられ埋葬されなかった遺体を近くの住民が運んできたものだった。


 彼女もまた、不自然な呪によって死んだ不幸なものだった。

 実の姉によってもたらされた悲しみは他の死者の比ではなかった。


「殺してあげますわ。サイ姐さま。貴方が幸福と、

 成功する姿などみたくもありませんから」


 あなたは気がつかなかっただろうが、私は決して忘れない。

 怨むべきものは予言にある少女でも、この世の制度でもなく、

 自分だけ助かり私を殺した実の姉のみ。


 暗い、焔の中で彼女は誓った。


「この世に幸せなどありはしない。あの者に死を」


 空ろな目で歩く彼女を甘い囁きが待っていた。

 ドロリと生理的に受け付けない音が響いたので、彼女は振り返った。


 ――その恨み。旨そうな香りがするぜ。俺らと恨もうぜ。世界を――

「え?」

 彼女の思考はそれきり途絶えた。

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