王と夢

 ✝ ✝ ✝


 王の額には大粒の冷や汗が流れていた。

もともとこの王は頭脳明晰とは言いがたい。

 キレ者の依頼屋に異議を唱えて争うことは何より心臓に悪いことだった。

しかし彼とて政治に関して無知というわけではない。

このままではあの美女に政治をのっとられかねないという危機感を抱いていた。王太后に意見することはままならない。傀儡でなく自分で決断することが肝要だと思い始めていた。


「もう良い。過去の約束があるのは朕だ。そなたの計画は最大限に利用してくれる。私が直接動こうではないか」


 その瞳には暗く、淀んだ光が宿っていた。


 ✝ ✝ ✝


 私は夢を見る。遙か昔の夢を。忘れたいと思っているはずなのに鮮やかに蘇る。


「ユーリーは僕が守るよ。どんな事があっても、ずっと守って見せるから」


 あの少年はにこりと笑って未来の誓いを立ててくれた。

主の娘とその屋敷に仕える使用人の子供という関係ではそんな夢物語は叶わない。

わかっていたから、大好きな少年の言葉にも、つれなく答えた。


「現実をみなさいよ。無理に決まってるわよ。お父様が許婚を決めるって」


「そんな事ない。だってその人は僕の言葉に――――んだから」


 精一杯諭す私に彼はなんといったのだろうか。どうしても思い出せない。


 少し背が伸びて声が一段低くなった彼は心底心配そうな顔をしていった。


「もう行けよ。あの約束は守れないけど……アイツの手はとるなよ。

おまえの幸せのために」


「ちょっと。なんのことを言って」


 私の文句を聞かぬまま、私の背中を勢いよく押した。

私はそのまま明るい光に吸い寄せられた。


 ✝ ✝ ✝


「ユーリー、起きろよ」

「んん~~」

 ユーリーが眼を開けるとレンが顔を覗き込んできた。


「うなされていた様だけど大丈夫か?」

「あれ、……あんた。なんで今のレンに」

「今の? お前寝ぼけてんのか?」


 呆れたように言うレンの様子にようやくあの光景が夢と思い至る。

「な、なんでもないわよ。それより此処は?」


(私まだあの事を引きずっているみたい。この前見た夢も同じかもしれない。やだな)


 ツラツラと思案していると女神から説明を受けた。

「ここはわらわの第二の屋敷じゃよ」


 確かに、泊めて貰った湖の小屋と空気が似ている気がする。

「湖からどれだけ離れたの?」


「ここはバーン地方。つまり、国の最南端から最北端に移動したってわけだ」

「そう。……そういえば、アマリリスは?」


「はいはい。呼んだ? 希望の少女様。私なら大丈夫だから」


 ユーリーの呼びかけに、元気な姿のアマリリスが答えた。


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