心地よい鍛錬場



 屋敷にあったような彫刻作品がない住居をユーリーは初めて見た。

「へ~広い部屋なのね」

「凄く綺麗ですのね。ベッドもフカフカで清潔な小屋ですわ。ね? レン」


「……ああ。そうだな」


 女神が清めてくれたので使い心地は抜群だ。ありがたく眠ることにするのだった。ユーリーは本当の恐怖と絶望が忍び寄ることなどはまだ知らない。

 ✝ ✝ ✝


 翌日、女神の言う通り、波乱の稽古が幕を開けた。


「ユーリー、甘いぞ。そこで強く突くのじゃ」

(速いって。こんなの追いつけるものですか)


 剣の稽古をつけてくれるということで習っているものの

 女神フローラは容赦なくしごいてくる。

 少しでもよける動きが遅ければ、女神の水剣が体を翳める。

 周りには生い茂った雑草で足元も見えないから動くことさえ一苦労だ。


 そんな場所で一時間もすれば、体中に切り傷、打ち身、ついでに転ぶものだから擦り傷がついたことは必然だった。


「マリ~。頑張ってよ。女が一人だと女神の指導が集中しちゃうじゃない」

「すみません。無理です」

 マリを励ましても揺すっても、か細い声でこういうだけで、

 もはや立つ気力もないらしく、近くの木々に寄りかかっている。


 レンは女神の指導を楽にこなせているため

 指導はユーリーだけに集中することとなったのだ。


「そろそろ休憩にしようではないか」

 汗が滝のように流れているユーリーを見かねて女神は滅多にしない提案をしてくれた。

 攻撃がやんだ瞬間にユーリーは地面にペタリと崩れた。


「ユーリー、そなたはなかなか筋が良いな。これならばそう時間は掛かるまい」

 

 関心したように女神は言う。


「女神の及第点が出る前に私達が倒れますよ。手足は痛いし、汗が凄いし」


「そう、ですわね。辛いってものじゃないですわ」


 ユーリーとマリのげんなりとした様子に一人元気なレンが応じる。


「二人とも頑張ろうぜ。あと少しで実践として使えそうなんだから」


(ちっとも嬉しくないわよ。この体力馬鹿~)

 

 ユーリーの心の声は聞こえることはなかった。ユーリーと、マリの息か収まった頃、鬼畜な女神様は再開を告げた。


「先に言っておくが、わらわ達女神は呪文が使えるからの。気をつけることじゃ」

 

 女神が何やら唱えると雑草が意志を持って、レンの足を捕まえようとした。


「おっと。危ねぇ!」


 彼は草が肌に触れるか触れないかところで草を切り払った。


「まずはレンだけだが。慣れたらそのうちにユーリーにも使うのでの。覚悟しておくことじゃ。これならば数倍早く上達出来るゆえの」


(上達なんてしたくないわよ~!)

 

 そんな心の声を言えるはずものなく、まだまだ鍛練は続いた。

 ✝ ✝ ✝


「あれからもう三日か……大丈夫かな? アマリリス」


 ユーリー自身は気がついていないだろうが、かなり不安そうな顔をしている。

「大丈夫じゃよ。あやつはアイリーと馬が合う何かとこき使われているんじゃろう

 て」


「そうだぜ。それにあれから頑張ったから二人の戦闘能力は倍になりそうな勢いだ。そのアマリリスって奴が帰ってきたら驚くんじゃねーの?」


「そうね。きっと驚くと思うわ」


 パタパタと喚きながらユーリーの周りを飛ぶに違いない。それでその可愛らしい声でユーリーと五月蠅く呼んでくれるはず。


『――リー』

「え?」

『ユーリー、お願い。マリから離れて』

「アマリリス? マリから離れるってどういう」

 辺りを見回せばアマリリスが黒い霧を纏った少女を連れて飛んで来るところだ。


『彼女が密告者だって分かったのよ』

「密告者なんてとんでもないですわ。私はユーリー様の世話係を務めていますのよ。そんな馬鹿なことが有り得るはずございません!」


 マリが行う弁解の不自然さに気づいたレンは固まった。


「お、おい。マリ。今なんで急に密告者って言ったんだ?」


「え? だって妖精が私を密告者って……」


 そこまで言ってようやく自分の過ちを悟ったらしくマリは顔をしかめた。

「え? レンどういうことよ」


「俺達には聞こえないんだよ。妖精の声は……」


「レンが聞こえぬ声に反応したのなら、決まりじゃろうな」


 ユーリー以外の人物は状況把握ができた。

 しかし希望の少女が分かっていないのでは話にならない。

「何が決まりなっ――」

 肩に重い衝撃がきて、呼吸が一瞬停止する。






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